同じ顔でも、直前に嗅いだにおいで印象は変わる?

同じ顔でも、直前に嗅いだにおいで印象は変わる? 香りの科学

同じ無表情の顔でも、直前にジャスミンの香りを嗅ぐと、空気だけのときより少し快く評価されました。反対に、腐ったキャベツのようなにおいの後では、評価が低くなりました。

2015年の研究は、この印象の変化だけでなく、顔を見たときの脳波も調べています。香りと顔を同時に提示せず、においが終わってから1秒待って顔を見せたのが特徴です。直前の嗅覚体験が、次に見る顔の評価へ持ち越されるのか。そのとき、情報処理のどの段階に差が現れるのかを探りました。

香りが終わって1秒後に、顔を見せる

事前に23人を調べ、においの識別課題の基準を満たした20人が実験に参加しました。平均年齢は約25歳です。使ったのは、男性18人、女性18人の、中立的な表情をした36枚の顔写真でした。

においは、快いジャスミン香料、不快なメチルメルカプタン、対照の清浄な空気という3条件です。鼻の近くの管から一定の空気を流し、その中に3秒間だけにおいを入れました。空気の流れが急に変わる感覚を、においの効果と取り違えにくくする工夫です。

においの提示終了から1秒後に、顔写真を300ミリ秒表示しました。その後1.7秒待ち、顔の快さを0〜100で答え、続いてその試行のにおいの強さを評価します。顔を見ている間も、129チャンネルの脳波と呼吸などを記録しました。

課題は36試行ずつ3ブロック、合計108試行です。どの顔も各ブロックに1回ずつ、全体では三つのにおい条件それぞれと1回組み合わせました。顔そのものの違いに左右されず、同じ顔をにおいの条件間で比較できる設計です。

顔の快さは、ジャスミン、空気、不快臭の順

顔の快さの平均は、ジャスミン条件で55.26点、空気で53.19点、メチルメルカプタンで50.19点でした。ジャスミンは空気と不快臭より高く、不快臭は空気より低いという、三つの比較すべてで有意差がありました。

100点尺度で、空気との差はジャスミンで約2点、不快臭で約3点です。大きく印象が逆転したというより、直前のにおいに沿って、同じ顔の快さが少し動いた結果です。顔の信頼性、性格、恋愛相手としての魅力を判定した試験ではなく、測ったのは「快いか、不快か」という評価でした。

予備試験では二つの香料の強さを近づけていましたが、本試験の前後に測ると、メチルメルカプタンの方が強く感じられました。一方、顔を評価する課題中の強度評定では、二つの香料の差は有意ではありません。快不快の違いに加え、強度の違いが一部残った条件として読む必要があります。

脳波の差は、顔を見て約0.6秒以降に現れた

研究のもう一つの中心は、顔の提示に合わせて脳波を平均した「事象関連電位」です。顔を見た後の時間経過を追い、どの時点、どの頭皮上の場所でにおい条件による違いが出るかを探索しました。

顔を見て約621〜633ミリ秒後、右の頭頂部付近の電極では、ジャスミン条件の電位が、空気・不快臭条件より負の方向に大きくなりました。空気と不快臭の差は有意ではありませんでした。著者らは、比較的遅い段階の評価や情動に関わる処理に、快いにおいの影響が表れた可能性を論じています。

さらに約926ミリ秒後には、左右の前頭部と側頭部の境界付近で差が現れました。左側ではジャスミンが不快臭より正の方向に大きく、右側では不快臭と空気がジャスミンより大きくなりました。ただし、左側のジャスミン対空気、右側の不快臭対空気には有意差がありません。単純に「左は快、右は不快」と割り切るより、条件ごとの比較を保つのが適切です。

呼吸の動きにも条件差がありましたが、それを考慮した解析では、呼吸がこの脳波差を説明するという有意な結果は得られませんでした。一方、顔の快さの評点と脳波の大きさとの相関も有意ではありません。脳波が大きく変わった人ほど、顔の印象も大きく変わるとまでは確認されていません。前後に測った不快臭そのものの快さと、約926ミリ秒後の左側の電位には負の相関が一つ残りましたが、著者らはこの関連も慎重に解釈しています。

印象の持ち越しを示す、探索的な脳波研究

においと顔の間に1秒の空白を設けても顔の評点が変わったことから、著者らは、においで生じた肯定的・否定的な反応が、その後の顔の評価へ持ち越されたと解釈しました。同時に嗅いでいるにおいの快さを、そのまま答えただけでは説明しにくい設計です。

脳波の結果は、次の研究の手掛かりとなる探索的な証拠です。最初に多数の時間・電極を、多重比較未補正の基準で探索し、差のある場所を選んだ後、同じデータを再解析しています。後段の解析は独立した再現確認ではないため、場所と時間を決めた別の実験で確かめることが重要です。

繰り返し嗅ぐうちに効果がどう変わるかについては、原著内の記載に注意が必要です。ブロック別の結果には「有意」と記しながらp=0.14を併記する箇所があり、不快臭の影響が弱まるという考察も、結果欄の顔評点の低下と整合しません。全体としての三条件の比較は示されていますが、慣れによる変化の方向は、この報告から確定しない方がよいでしょう。

まとめ

ジャスミンの後では同じ顔の快さが空気条件より高く、不快臭の後では低くなりました。においが終わって1秒たってから顔を見せても、直前の嗅覚体験に沿う印象の変化が残った点が、この研究の大切な成果です。

顔を見て約0.6〜0.95秒後の脳波にも条件差が見つかり、遅い段階の評価処理に関わる可能性が示されました。ただし、顔の評点と脳波の大きさは直接対応せず、解析も探索的です。短いにおいの体験が、その次の視覚的な判断へつながる様子を、主観評価と脳波の両面から捉えた研究と言えます。

研究の背景・開示:ESRCのCASE学生研究支援とUnilever R&Dの追加支援を受けた研究です。研究当時、共著者2人はUnileverの社員でした。論文では、使ったにおいは同社の商用製品には使われていないと説明しています。ほかの著者は利益相反となり得る商業的・金銭的関係がないと申告しています。

参考文献

Cook, S., Fallon, N., Wright, H., Thomas, A., Giesbrecht, T., Field, M., & Stancak, A. (2015). Pleasant and Unpleasant Odors Influence Hedonic Evaluations of Human Faces: An Event-Related Potential Study. Frontiers in Human Neuroscience, 9, 661. 原著論文/公開全文