香りのある場所に入ると、最初は気になっても、しばらくすると弱く感じることがあります。この「慣れ」は、どの香りでも同じ速さで進むのでしょうか。32種類の香料を2分間ずつ提示した研究では、強さの下がり方は香料によって異なり、感じる強さや刺激感、分子の性質を組み合わせて考える必要がありました。
香りが薄くなるのではなく、感じ方の変化を測る
2017年の研究には二つの狙いがありました。香料ごとに慣れ方が異なるかを確かめることと、その違いを感覚や物理化学的な特徴から説明することです。ここでいう「慣れ」は、一定濃度の香りを提示し続けたとき、本人が感じる強さが下がる現象を指します。
健康で嗅覚検査に問題のない若い成人を対象に、32種類を4回のセッションに分けて調べました。原著には人数が58人と51人の両方で記され、方法欄の男女内訳は計58人になるという不整合があります。解析については、欠席、記録の乱れ、反応の大きな遅れなどで229本の評定曲線を除き、1531本を使ったと報告されています。
香りは装置から120秒間、一定濃度で鼻へ送りました。嗅ぎ直しで感覚が戻る影響を抑えるため、参加者は口で呼吸し、鼻から積極的に吸い込まないよう練習しました。香料の提示順は参加者間で調整され、次の香りまで90秒の間隔を置きました。
手で押す力を変えて、強さの推移を記録する
参加者は空気の入ったシリンジを押し、感じる香りが弱まれば力を緩め、強まれば押し増しました。押す圧力は数値へ変換され、光の目盛りでも確認できました。最初は共通の目盛りから始め、絶対的な強さより、その後の変化を捉える工夫です。
得られた曲線を分析すると、大きく慣れる、中程度に慣れる、あまり慣れない、という三つの代表的な形が見つかりました。境界がはっきりしない曲線もあるため、各記録を一つの群に固定するのではなく、三つの代表形にどの程度近いかを使って比較しています。
その結果、香料間の違いは有意でした。たとえば、青葉様に分類されたシス-3-ヘキセノールや、果実様のマンザネートは慣れにくい側にありました。一方、ウッディ系のIso E Superやサンダロア、ムスク系のガラクソリドなどは、強さが下がりやすい側にありました。これは今回の濃度と提示条件での比較です。
強さと刺激感、分子の性質が重なっていた
研究者は、香りの強さ、快さ、親しみ、刺激感に加え、分子量、蒸気圧、二重結合の数、疎水性など計15の特徴を検討しました。刺激感として参加者が評価したのは、鼻の刺すような感じと温かさです。冷たさや清涼感はこの測定に含まれません。
これらの特徴は互いに関係するため、まとめて扱える統計モデルを使いました。慣れにくい側の香料は、感じる強さと刺激感が大きく、蒸気圧が高く、分子量が小さく、快さが低い傾向でした。においの検出閾値に対してどれだけ濃いかを表すOAVも関係していました。
重要なのは、快さや刺激感のどれか一つが原因だと切り分けられていないことです。今回の香料には、極端に不快な悪臭は含まれていません。著者らも、別の研究では不快でも慣れやすい物質があることを挙げ、複数の特徴の組合せとして説明しています。
予測モデルには手がかりと、確認が必要な点がある
モデルは、「慣れにくい代表形との距離」という指標のばらつきの約82.8%を説明しました。これは今回の香料群のデータに対する説明率で、新しい香料を82.8%の正確さで予測できたという値ではありません。著者らは、新しい分子群で予測と実測を照合することを次の課題としています。
分子構造の結果には原著内の記載差もあります。表と結果節では、二重結合が少ないこと、疎水性が高いことが慣れにくさと結びついていますが、考察末尾では逆向きにまとめられています。この二項目については、増減の方向を確定した法則として使うことはできません。またOAVの元データは機密のため非公開とされています。
それでも、感覚的な特徴と分子の特徴を一緒に扱う方法、および連続的な評定の仕組みは、この研究の重要な提案です。研究者は同じ方法を6香料・30人で用いた別の測定でも似た傾向があったと述べていますが、日を変えた測定の信頼性を正式に検証したものではありません。
暮らしの香りに考えを広げるとき
この実験が測ったのは、単一の香料を一定の流れで2分間嗅いだときの変化です。部屋の換気や動きで濃度が変わる場面、多数の香料を混ぜた製品、長時間の滞在では条件が異なります。香水の持続時間や、他人にどれだけ香っているかを直接測った結果でもありません。
また、鼻の受容体と脳内のどちらで慣れが生じたかを、この実験だけで分けることはできません。分子の構造と慣れの関係は、その仕組みをさらに調べる出発点になります。
まとめ
一定濃度で提示し続けても、香料によって強さの下がり方は異なりました。今回の比較では、シス-3-ヘキセノールやマンザネートは感じる強さが残りやすく、Iso E Superやガラクソリドなどは下がりやすい側にありました。
慣れにくさには、強さや鼻の刺激感、蒸気圧、分子量などが重なって関わっていました。構造について一部の方向に記載差は残るものの、「よい香りなら早く慣れる」といった一つの基準だけでは説明しにくいことが、この研究の中心的な知見です。
研究はGivaudan UKの資金で行われ、香料も同社が提供しました。研究当時、共著者1人は同社、別の1人はOpen Valueに所属していました。Givaudan所属著者は研究設計と香料・物性の選定に参加しています。独立した利益相反声明は本文に見当たりません。
参考文献
Sinding C, Valadier F, Al-Hassani V, et al. New determinants of olfactory habituation. Scientific Reports. 2017;7:41047. doi:10.1038/srep41047


