香りを嗅ぎ分ける練習は、練習した香りだけに役立つのでしょうか。2026年の研究では、二つの成分の混合比を嗅ぎ分ける練習をすると、別の混合物や、練習していない側の鼻でも成績が上がり、その改善が2週間後にも残りました。
一方、鏡像関係にある分子を区別する練習は、練習した刺激と鼻孔に効果が限られ、単一成分の濃度差を区別する練習は、改善が長く続きませんでした。「嗅覚を鍛える」と一括りにせず、何を区別する練習なのかで、学習の広がりと持続が違うことを調べた研究です。
片方の鼻だけで、三つの瓶を嗅ぎ分ける
研究全体には健康な非喫煙者96人が参加しました。このうち訓練を行ったのは48人で、残る48人は、使う物質の強さ、快さ、においの似方を評価した別の参加者です。訓練は3実験に分かれ、最初の実験は24人、その後の2実験は各12人でした。訓練者は、事前の課題で9回中5回以下しか正答できなかった人から選ばれています。
訓練の基本は三択です。目隠しをし、片方の鼻孔を閉じて三つの瓶を順に嗅ぎます。二つは同じ、残り一つは違う試料で、異なる瓶を選びます。偶然でも3分の1は当たる課題です。
1日12試行を行い、答えるたびに正誤を知らせました。12回中10回以上の正答を2日続けるまで訓練し、全訓練者の平均では20日かかっています。到達日数は課題と人によって異なり、全体では7〜38日の幅がありました。
訓練前と、最終訓練の1時間後、その1、3、7、14日後には、正誤を知らせないテストを実施しました。練習した刺激と別の刺激を、練習した鼻孔と反対の鼻孔の両方で調べています。「別の刺激」は毎日の訓練には使っていませんが、事前・事後テストでは嗅いでいるものです。
混合比の練習は、別の材料にも広がった
最初の実験では、24人を12人ずつの二つの群へ無作為に分けました。一方は、同じ二成分を少し違う割合で混ぜた香りを区別します。たとえばグアイアコールとオイゲノールを7対9で混ぜたものと、9対7で混ぜたもの、という比較です。参加者によっては9対11と11対9を用いました。
この群では、グアイアコール・オイゲノールの組と、2-ブタノール・2-ヘプタノールの組のうち、一方を練習し、もう一方を転移の確認に使いました。成分の組が変わっても学んだことが役立つか、という試験です。
訓練後は、練習した混合物の成績が上がっただけでなく、別の組の混合比も以前よりよく区別できるようになりました。反対側の鼻でも改善が見られています。左右をまとめた訓練直後の平均正答率は、練習した混合物で70%、練習しなかった混合物で48%でした。どちらも偶然の33%を上回りましたが、別の材料への改善は、練習した材料ほど大きくはありませんでした。
二つの組は分子の構造もにおいの印象も異なります。一つの瓶のにおいを覚えるだけでなく、混合した香りの微妙な違いを見分ける学習が、別の材料へも広がったと著者らは考えています。
鏡像の分子では、上達する範囲が狭かった
もう一方の12人が練習したのは、分子が右手と左手のような鏡像関係にある「鏡像異性体」の区別です。α-ピネンの鏡像異性体の組、または2-ブタノールの組を訓練しました。
こちらも、練習した鼻孔で練習した刺激を区別する成績は上がりました。しかし、別の鏡像異性体の組や、反対側の鼻孔への明確な改善は確認されませんでした。混合比を学ぶ群と、効果が広がる範囲が異なったのです。
持続性には共通点がありました。混合物の学習は、別の混合物・反対の鼻孔への広がりを含めて2週間後にも残り、鏡像異性体の学習も、練習した刺激と鼻孔に限れば2週間後にも偶然を上回る成績でした。範囲が狭い学習でも、すぐに消えるとは限らないことが分かります。
化学的にもっと異なる混合物でも確かめた
最初の混合物には、分子に共通する化学的な特徴がありました。それが上達の広がりを説明している可能性を調べるため、次の12人では、アセトフェノンと2-オクタノンの混合物、およびサリチル酸メチルと酪酸イソアミルの混合物を使いました。前者はケトン、後者はエステルという異なる種類の組です。
この実験でも、一方の混合比を練習すると、もう一方の混合物と反対の鼻孔へ成績の改善が広がり、2週間後まで続きました。未訓練の混合物の直後の平均正答率は63%で、最初の実験の48%より高い結果でした。
著者らは、訓練材料の構造の多様さが学習の広がりを助ける可能性を指摘しています。ただし、二つの実験は参加者も材料も違うため、この数値だけから、どの材料が常に最もよい訓練になるかまでは決まりません。
単に濃さを覚えただけなのか?
混合比が変われば、それぞれの成分の濃さも変わります。そこで3番目の実験では、さらに別の12人に、一つの成分だけを0.44%と0.56%にした試料の区別を練習してもらいました。これは瓶の中の溶液濃度で、鼻に届く空気中濃度ではありません。
濃度差の課題でも、練習した刺激・鼻孔の成績は上がりましたが、別の成分や反対側の鼻孔へ明確には広がりませんでした。訓練後の成績は時間とともに下がり、2週間後には偶然の正答率を有意に上回らなくなりました。
研究では、繰り返し嗅いだ刺激を弱く感じる「順応」も測りました。どの訓練でも、訓練した側の鼻で訓練したにおいが弱く感じられましたが、日がたつにつれてその差は小さくなりました。混合物と鏡像異性体の識別はその後も残り、濃度差の識別は順応の回復と並行するように低下しました。
この違いから、著者らは、混合物の学習を単なる濃度の手掛かりや一時的な順応だけでは説明しにくいと結論しています。濃度差では、嗅ぐ順番と強さを照らし合わせる方略を身につけたと話す参加者もおり、課題によって学ぶ手掛かりが違う可能性があります。
嗅覚の学習は、どこで起きるのか
著者らは、左右の鼻へ効果が広がるかどうかを、嗅覚処理のどの段階が変わったかを考える手掛かりにしました。混合物の学習には、左右からの情報を統合し、香りの特徴を判断する比較的高次の処理が関わるのではないかと考察しています。眼窩前頭皮質などを候補に挙げていますが、この研究では脳活動を測定していません。
また、混合物を使った能動的な識別訓練は、嗅覚のリハビリテーションや専門技能の学習に役立つ可能性があると述べています。今回の対象は健康な若い成人で、各群12人、追跡は2週間です。患者の回復や調香の実務成績は今後の検証になります。受動的に嗅ぐ条件との直接比較もなく、結果の中心は、同じ三択訓練でも課題の種類によって上達の形が異なったことです。
まとめ
二成分の混合比を区別する練習では、訓練していない混合物と反対側の鼻でも成績が上がり、2週間後にも改善が残りました。鏡像異性体の学習は練習した刺激・鼻孔に限られながら持続し、単一成分の濃度差の学習は、2週間後には偶然水準を明確に上回らなくなりました。
香りの学習には、覚えた対象に詳しくなる形と、別の対象にも役立つ形があります。何を区別する練習にするかが、その違いを生む重要な条件だと示した研究です。
研究は中国のSTI2030重大プロジェクト、国家自然科学基金、中央政府直轄大学向け基礎研究資金の支援を受けています。著者らは利益相反なしと申告しています。本記事は出版社公開の採択著者稿を読んで作成しました。論文の正式版は2026年2月13日公開です。
参考文献
Chang, X., Tan, H., Niu, J., Yuan, K., Chen, R., & Zhou, W.(2026)Mixture discrimination training induces durable and generalizable olfactory learning independent of odorant structure and concentration. eLife, 15, e102999. 原著論文/参照した採択著者稿


