「柔らかい香り」と言うとき、私たちは手触りのような特徴だけでなく、くつろいだ印象も表しているのかもしれません。2002年の研究では、香りを表現する「柔らかさ」と「リラックス」、「明瞭さ」と「高揚」に強い関連が見つかりました。
研究者は、さまざまな香りを少ない言葉で説明するために、感覚を表す形容語を9語に絞りました。同時に、それらの言葉にどの程度、感情的な意味が含まれているかを調べています。
たくさんの言葉で嗅ぎ続ける難しさから出発
香りには「レモンのような」「バラのような」といった、においの元を示す説明がよく使われます。しかし、幅広い香りを同じ基準で比べようとすると、必要な言葉は増えてしまいます。長い評価の間には、香りに慣れる問題もあります。
そこで研究者は、「甘い」「柔らかい」「透明な」など、味覚、触覚、視覚にも使う感覚形容語に注目しました。目的は、短い共通の表現リストを作ること、感情的な意味との重なりを確かめること、その言葉で香りの特徴を記述できるかを検討することでした。
三つの実験で、言葉を選び直す
最初の実験では、男女50人がレモン、バニラ、ローズ、サンダルウッドなど10種類の香りを、30の感覚形容語で評価しました。香料は調香師の判断で主観的な強さを近づけて希釈し、におい紙で提示しています。順番は無作為で、2日間に5種類ずつ評価しました。
尋ねたのは、その言葉が香りを表すのにどれくらい適切かです。複数の言葉への回答が一緒に動く傾向を因子分析で調べ、当初は4つのまとまりを得ました。そのうち、香りを区別する力などが弱かった「不鮮明さ」を外し、「強さ・濃さ」「明瞭さ」「柔らかさ」を残しました。
次の実験では、方法欄に52人と記載された参加者が、同じ10種類を48の感情形容語で評価しました。ここから「高揚」「リラックス」「ストレス」というまとまりを取り出しています。なお、この実験の解析欄には人数と一致しない評定数の記載があり、細かな分析人数には不確かさがあります。
最後は50人が、前の実験と共通する6種類に、ラベンダー、ローズマリー、ジャスミンなどを加えた計11種類を、3日間で評価しました。感覚と感情の両方の言葉を使い、同じようなまとまりが再び得られるかを確かめています。
香りの輪郭を表す、9つの言葉
最終的に選ばれた感覚形容語は、次の三組でした。
- 強さ・濃さ:濃い、強い、むんむんする
- 明瞭さ:透明な、すっとする、すっぱい
- 柔らかさ:柔らかい、甘い、まろやかな
「すっぱい」は、最初の実験の自由記述でレモンに多く使われたことから追加され、最後の実験でも明瞭さのまとまりに入りました。香りの種類を一部入れ替えても三つの構造が得られ、各組の評定の内的一貫性も確認されました。
具体的には、最後の実験ではイランイランやジャスミンが強さ・濃さ、レモンやローズマリーが明瞭さ、バニラが柔らかさの方向に特徴を示しました。少数の言葉でも、評価した香りの大まかな印象を表せたのです。
「柔らかい」には、感情的な意味も含まれる
11種類を50人が評価したデータをまとめて相関を調べると、柔らかさとリラックスの関連は0.78、明瞭さと高揚も0.78でした。強さ・濃さとストレスにも0.45の正の関連があり、柔らかさとストレスには負の関連がありました。
これは550人の独立した回答ではなく、同じ50人が複数の香りを評価した結果です。また、気分がどれだけ変わったかを前後で測った数字でもありません。「ゆったりした」「爽快な」「いらいらした」などの言葉が、その香りの表現としてどれほど合うかを尋ねています。
著者らは、感覚の特徴を表すように見える言葉にも、快さや不快さなどの評価が含まれると解釈しました。柔らかいという表現は、香りの性質と、それをどう受け止めたかの両方を伝え得るのです。
似た点数でも、同じにおいとは限らない
共通して使った6種類の香りでは、参加者の異なる実験でも、おおむね似た因子得点のパターンが得られました。この点は、短い表現リストの有用性を支えます。
一方、ローズとジャスミン、カモミールとラベンダーのように、得点のパターンが似ていても、嗅いだときの香りそのものがよく似ているとは限らない組もありました。点数の近さには、感情的な評価の近さも含まれるためです。
さらに、因子得点は一緒に評価する香りの組み合わせによって変わります。バニラのように一つの特徴が際立つ香りがあると、ほかの香りは相対的に平均付近に集まりやすくなります。著者らは、具体的な香りを詳しく伝えるには、こうした共通語と、香りの元を示す表現を組み合わせることが必要だと述べています。
香りの印象と、実際の気分への作用を分けて考える
研究では、感情語による印象を、従来いわれてきた香りの気分への作用とも比較しました。レモンやローズマリーは高揚の印象が強く、覚醒的とする説明に近いパターンでした。一方、ラベンダーはリラックスの得点が低く、ジャスミンも高揚の得点が低いなど、一致しない例がありました。
この比較は、既報の作用を同じ実験で再検証したものではありません。著者らの指摘は、「爽快な香りと評価すること」と「嗅いだ結果、実際に気分が変わること」を区別する必要がある、という点です。香りの印象を測る質問紙を、そのまま気分改善の証拠に読み替えないことが大切になります。
まとめ
香りの感覚的な印象は、強さ・濃さ、明瞭さ、柔らかさという三つのまとまりと9つの言葉で、簡潔に表現できました。同時に、柔らかさはリラックス、明瞭さは高揚、強さ・濃さはストレスを思わせる表現と関連していました。
香りの言葉は、特徴と感情的な受け止め方を一緒に伝えることがあります。短い共通語は比較に役立ちますが、具体的な香りの説明や、実際の気分変化の測定と組み合わせて使うことが、この研究から得られる実用的な示唆です。
著者の1人は論文発表時に資生堂製品開発センター所属でした。研究協力への謝辞はありますが、独立した資金提供・利益相反の声明は見当たりません。
参考文献
樋口貴広・庄司健・畑山俊輝(2002).香りを記述する感覚形容語の心理学的検討.感情心理学研究,8(2),45–59.https://doi.org/10.4092/jsre.8.45(原著PDF)


