新しい畳の香りは、い草を乾かすときに生まれる?

新しい畳の香りは、い草を乾かすときに生まれる? 香りの科学

新しい畳を思わせるい草の香りには、青い草だけでなく、甘いカラメルやバニラ、果実を思わせる成分も重なっています。2010年の研究は、その香りを支える成分を探すとともに、収穫後の乾燥工程が香りの形成に大きく関わることを示しました。

成分の多さより、「鼻に届く成分」を探す

研究の目的は、い草から出る物質を一覧にするだけでなく、特徴的な香りに寄与する候補を見つけ、その香りが加工のどこで生まれるかを調べることでした。研究者は、熊本県で採れた生のい草、泥染めをして乾燥したい草、泥染めをせず乾燥したい草を比較しました。

まず、砕いたい草から香りを抽出する方法を検討しました。エーテルだけでは元の香りを十分に取り出せず、少量の水を加えると香りの強さと質が改善しました。そこで、水を1%含むエーテルで抽出し、低温・高真空で揮発成分を分離する方法を採用しています。

分析には、ガスクロマトグラフィーで成分を分け、その出口で人が匂いを嗅ぐ方法を使いました。さらに抽出液を4倍ずつ薄め、どこまで薄めても匂いが分かるかを、2人の評価者で確認しました。この「FD値」は、抽出液の中で存在感を保つ成分を探す手掛かりです。成分の含有量や、畳全体の匂いの強さそのものを表す数値とは区別します。

青さの中に、カラメルやバニラの要素も

匂いが感じられたピークは51あり、そのうち43について、同定または推定同定ができました。質量分析、分離される位置、標準物質の匂いなどを照合した結果です。ごく微量で質量分析の信号が弱いものや、分子の形の割り当てが暫定的なものも含まれます。

強く薄めても残った12のピークには、青い匂いの(E,Z)-2,6-ノナジエナール、酸っぱい匂いのイソ吉草酸、甘いカラメル様のフラノン類、ブドウ様のアントラニル酸メチル、バニラ様のバニリンなどが含まれていました。12のうち1つは、青さと土っぽさを感じさせる未同定成分でした。

「畳らしい」と一言で呼ぶ香りにも、性質の異なる小さな要素が集まっています。ここで挙げた匂いは、分離した成分を嗅いだときの記述です。い草全体がバニラやブドウそのものの匂いになるという意味ではなく、複雑な香りを読み解くための手掛かりになります。

泥染めの有無より、乾燥前後の違いが大きかった

もう一つの中心課題は、香りができる工程でした。畳表向けのい草は、一般に粘土を含む泥水で処理した後、比較的低温で長時間乾燥されます。論文では、この加工をおよそ50〜70℃で10時間以上と説明しています。

生のい草と乾燥い草を比べると、多くの成分で乾燥後のFD値が高くなっていました。この比較では、生のい草に含まれる水分の多さを考慮し、乾物量に換算した補正も行っています。単に水が抜けて同じ重さに多くの植物が入る、という違いに配慮した比較です。

泥染めをしない乾燥い草でも、主要な匂い成分はよく検出されました。例えばバニリンは、泥染めあり・なしの乾燥試料で同じ高いFD値を示しました。一方、青い匂いのノナジエナールやカラメル様成分などには、泥染めありの方が一段階高いものもあります。

このため著者は、特徴香の形成には乾燥が特に重要で、泥の役割は比較的小さいと考えました。二つの乾燥試料を完全に同じと判定した実験ではなく、生と乾燥後の大きな違いに対し、泥染めの有無による違いは小さかった、という読み方が適切です。

食品の香りにも通じる、生成経路の候補

研究者は、見つかった成分を既知の化学反応に照らして整理しました。カラメル様のフラノン類などは糖やアミノ酸に関わる加熱反応、青さや脂肪様の匂いを持つアルデヒド類は脂質の分解、バニリンなどはフェルラ酸に由来する反応が候補になります。

これは、い草の中で各反応を直接追跡した結果ではなく、成分の性質から組み立てた生成経路の仮説です。それでも、植物を乾かす工程が、香りを残すだけでなく新しい香りを生む場にもなる、という見方につながります。前駆体の測定や、候補成分を混ぜてい草の香りを再現する実験は、さらに確かめるべき段階として残ります。

まとめ

い草の特徴香には、青い匂いに加えて、酸味を思わせる匂い、甘いカラメル様、果実様、バニラ様など、多様な成分が関わる候補として見つかりました。生のい草より乾燥後に多くの成分のFD値が高くなり、泥染めをしない乾燥試料にも主要成分が現れたことから、乾燥工程の重要性が浮かび上がっています。

新しい畳の香りは、植物がもともと持つ成分と、加工中に生じる変化の両方から考えられます。この研究は、その成分と生まれ方を結び付ける足場を作ったものです。

論文では著者7人全員が小川香料所属と記載されています。い草試料の提供と助言について熊本県農業研究センターへの謝辞があります。独立した研究資金・利益相反の申告欄は見当たりません。

参考文献

Kumazawa K, et al. (2010). Identification and Formation of Volatile Components Responsible for the Characteristic Aroma of Mat Rush (Igusa). Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 74(6), 1231–1236. 原著論文/公開全文