懐かしいにおいに出会っても、「前に嗅いだことがある」と分かるだけのときもあれば、ある場所の景色まで思い出すときもあります。香りの記憶では、この二つを同じものとして扱わないことが大切かもしれません。
106人分の実験データを分析した研究では、においを覚えていたかには、快・不快の強さや説明に使う言葉の多さが関わりました。一方、結びついていた景色を思い出せるかには、その人にとってのなじみ深さと、ほかのにおいと重ならない言葉で表せることが関わっていました。
「知っている」と「場面を思い出す」を分ける
この研究の目的は、においから記憶がよみがえる過程を、においそのものの再認と、それに結びついた場面の想起に分け、それぞれに関わる特徴を調べることでした。
研究チームは、同じ基本手順で行われた四つの研究のデータを統合しました。対象はフランスの若い成人106人で、女性65人、男性41人、平均年齢は22歳です。全員を新たに一度の実験へ集めた研究ではありません。
参加者は3日間、毎日違う風景画像を7分間探索しました。画像上の決まった位置をクリックすると、装置からにおいが届きます。一つの風景には三つのにおいが組み合わされ、3日で九つのにおいを経験します。よく探索するように促されましたが、明示的に覚えるようには指示されませんでした。
においと風景、画像内の位置の組み合わせは、意味の上で自然に結びつくようには作られていません。参加者ごとに組み合わせを変え、既存のイメージだけで答えられないようにしています。
4日目に、においと景色の記憶を確かめる
4日目には、経験した九つと、新しい九つのにおいを提示しました。最初に、「前に嗅いだか」を答えてもらいます。「はい」と答えた場合は、三つの風景から対応する画像を選び、さらに画像内の位置も選んでもらいました。最初の経験からテストまでの間隔は、24〜72時間です。
今回の再認の分析は、以前経験したにおいについての949試行に絞っています。新しいにおいを正しく退けられたかを含む、全体の新旧判定の正答率ではありません。
場面の想起は、においを正しく再認できた736試行の中で分析しました。正解としたのは、少なくとも風景画像を正しく選べた場合です。位置まで両方正解しなければいけない、という基準ではありませんでした。
参加者ごとの平均では、経験したにおいの約77%が再認され、そのうち約55%で対応する風景が正しく思い出されました。においを覚えていても、場面まで思い出せるとは限らないことが、数字にも表れています。
どんなにおいだったか、あとで評価してもらう
記憶テストの後、参加者はにおいの快・不快、強さ、なじみ深さを評価し、可能なら自由に言葉で説明しました。説明は、においの元になりそうな物、比喩、気持ちなど、どんな形式でも構いません。
たとえば、同じ短い説明でも「ユーカリ」と物を特定する場合と、「分からない」と答える場合では内容が違います。長い説明も、豊かな思い出を語っている場合と、何のにおいか迷っている場合があります。研究では、正しい名前を当てられたかだけに絞らず、こうした言葉を分析しました。
言葉の豊かさは、冠詞や接続詞、「におい」のような共通語を取り除き、語形をそろえた後の語数で表しました。もう一つの指標は、同じ人がほかのにおいを説明するときと、どれくらい単語が重なるかです。意味を深く読み取るAIの尺度ではなく、単語集合の重なりから計算する指標でした。
研究でいう「感情の強さ」も、独立した感情質問紙の得点ではありません。快・不快の評価が中立からどれほど離れているかを、方向を問わず数値にしたものです。
においを覚えていることには、快・不快と言葉の多さ
研究チームは機械学習モデルを使い、これらの特徴から記憶の成否を分類しました。同じ参加者のデータが学習用と評価用の両方に入らないように分け、モデルが何を手掛かりにしたかも調べています。
においの再認では、説明の語数、快・不快が中立から離れている程度、においの強さが、主な手掛かりになりました。説明が豊かで、印象が強いにおいほど、モデルは再認できる側へ予測しやすくなりました。
機械学習の解析では、とくに不快なにおいが再認に結びついていました。ただし、別の統計解析では、快・不快の両端で再認しやすいという関係も見られています。したがって、「不快なにおいだけが記憶に残る」と一つに決められる結果ではありません。
景色を思い出すことには、独自の言葉となじみ深さ
においを再認した後、対応する風景まで思い出せるかを調べると、手掛かりが変わりました。ここでは、ほかのにおいの説明と単語が重ならないことと、なじみ深さが重要でした。
同じ「甘い」「花のような」を多くのにおいに使うより、それぞれを別の言葉で表せる場合のほうが、モデルは正しく風景を思い出せる側へ予測しました。著者らは、におい同士を区別できる概念的な手掛かりが、場面の混同を減らす可能性を考えています。
なじみ深さとの関係は、単純な右肩上がりではありませんでした。非常になじみ深いにおいと、ほとんどなじみがないにおいの両端で、想起できる方向の関係が見られ、中程度のなじみ深さでは弱くなる、U字型の関係でした。
初めてに近いにおいは新しさによって印象に残り、よく知るにおいは以前からある知識や記憶を手掛かりにできるのかもしれません。ただし、異なる脳の仕組みを直接測って確かめたわけではなく、結果を説明する考え方です。
言葉を増やせば記憶がよくなる、とまでは言えない
重要なのは、においの評価と説明を集めたのが、記憶テストの後だったことです。あらかじめ詳しく説明する訓練をした人ほどよく覚えた、という実験ではありません。記憶に残りやすいにおいほど説明もしやすかった可能性などを、分けて調べる必要があります。
また、モデルの予測性能は、とくに再認の失敗や場面の想起で限られていました。若いフランス人の実験室内の記憶を扱った結果であり、人生の大切な思い出がよみがえる現象すべてを予測するものではありません。
研究者の一人へのL’Oréal Research & Innovationの資金支援が記載され、著者らは利益相反なしと申告しています。
まとめ
においを「前に嗅いだ」と分かる段階では、快・不快の強さや言葉の豊かさが関係し、結びついた風景を思い出す段階では、ほかと区別できる言葉となじみ深さが関係していました。
とくに、なじみ深さが中程度よりも、その両端で場面を思い出しやすいという関係は、香りの記憶が単純な慣れだけで決まらないことを示唆します。香りを覚えることと、その先の場面を思い出すこと。この二段階を分けると、言葉や感情が記憶にどう関わるかを、より細かく考えられます。
参考文献
What makes a scent trigger a memory? A cognitive decomposition of odor-evoked retrieval. iScience. 2025;114467. doi:10.1016/j.isci.2025.114467


