芳香器を使えば、香りの成分は部屋の空気へ出ていきます。では、ふだん人が暮らす家で、その製品によって増えた量だけを測ることは、どのくらい難しいのでしょうか。
Thomas Warburtonらが2023年に発表した研究は、英国アシュフォードの60世帯で、電源式の芳香器を使う期間と、使わない期間の空気を比べました。主な目的は、放出量の分かっている一つの製品が、実際の住宅の揮発性有機化合物、つまりVOCの濃度に、どの程度上乗せされるかを調べることでした。
三日間の空気を、繰り返し集める
参加世帯は、香料業界の、訓練を受けていない評価協力者の集団から選ばれました。30世帯ずつ二つの時期に調査し、一つの家庭で少なくとも四回、主な居住空間の空気を採取しています。使用前、芳香器を動かしている期間の二回、停止後という流れです。
採取容器は少量の空気をゆっくり取り込み、金曜の朝から月曜の朝まで、72時間をかけて満たしました。不完全な採取などを除く259試料を解析し、47種類のVOCを定量しました。住人には、他の生活用品を使った回数や、部屋の情報なども尋ねています。
芳香器は、出力が一定の一機種と、一つの配合を用いました。研究で「総VOC」と呼んだ値は、測定した47成分の合計です。空気中にある有機化合物を残らず足した値ではありません。さらに、配合に含まれると分かっていて測定できた六成分をまとめ、香料由来の変化を追う指標としました。これも配合全体を表す値ではありません。
増えた成分はあっても、原因は一つとは限らない
住宅ごとのVOC濃度には、非常に大きなばらつきがありました。全体では、芳香器を動かしている期間に、α-ピネンやユーカリプトールなど一部の成分と、測定成分の合計が統計的に有意に増えました。一方、減った成分もありました。「家庭全体で何も変わらなかった」という結果ではありません。
ただし、変化のすべてを芳香器のせいにすることもできません。量の多くを占めていたのは、ブタン、プロパン、エタノールなどで、室内にはほかにも多くの発生源があります。芳香器の成分と同じ物質が、別の製品や材料から出る場合もあります。
家ごとに「使用中のほうが高かったか、低かったか」を数える別の解析でも、香料の六成分がそろって増えたわけではありませんでした。住人が申告した製品の使用回数と、個々の成分濃度との明確な関係も少ないものでした。著者らは、生活中の空気の変動が大きく、特定の製品の寄与を切り分けにくいと考えています。
換気が少ないと推定された家では、増分が見えた
そこで研究者は、空気の入れ替わりに着目しました。一部の試料で測った二酸化炭素の濃度は、VOCの合計濃度と正の関係がありました。この関係を踏まえ、芳香器を使い始める前のVOC合計が高い家ほど、換気が少ない可能性があるとして分類しています。換気量を全家庭で直接測ったわけではありません。
使用前のVOC合計が高い上位四分の一の家庭では、芳香器の使用中に、測定した香料六成分の合計がおよそ二倍になり、有意な増加が確認されました。α-ピネンにも有意な増加がありました。ほかの区分では、使用中と不使用時の違いが小さくなる傾向でした。
これは、背景の発生源があっても、空気が入れ替わりにくい条件では製品による増分が捉えやすい、という著者らの解釈につながります。ただし、VOCや二酸化炭素が多い理由には、換気だけでなく、人の活動や燃焼器具なども関わります。この分類には、そのような不確かさが残ります。
放出量と部屋の条件から、増分を見積もる
実測とは別に、芳香器の重量がどれだけ減ったかと配合の情報から、各成分の放出量を計算しました。その値を部屋の容積や、二酸化炭素などから推定した換気量と組み合わせ、空気中の濃度がどれだけ増えるかを見積もっています。
こうして予測したα-ピネンの増分は、実測された変化とおおむね同じ桁の範囲でした。モデルでは、同じ量を放出しても、部屋が小さく、空気の入れ替わりが少ないほど濃度が上がります。著者らは、ごく小さく換気の乏しい空間での使い方について、製品の案内を考える材料になり得るとしています。
ただし、モデルは部屋を一つのよく混ざった空間とみなし、酸化反応や壁などへの取り込みを省いています。現実の家を完全に再現したものではなく、個別の住宅での濃度や安全性を保証する計算ではありません。
反応して生まれる別の物質はどうか
VOCは、もとの量だけでなく、空気中で反応して別の物質を作りやすいかも異なります。研究では、この違いを既存の係数で重みづけした「二次生成物を作る可能性」の指標も計算しました。香料成分については、係数の得られたα-ピネン、β-ピネン、ベンズアルデヒドの三つが対象です。
香料成分の寄与は、単純な質量合計で見るより、この指標で見ると大きくなりました。しかし、全家庭を合わせた指標には、芳香器の使用による有意な増加がありませんでした。これは二次生成物そのものを測った結果ではなく、係数と測定濃度からの計算です。二次生成物が増えないことや、健康影響がないことを確かめたわけではありません。
まとめ
この研究は、芳香器の放出を測るだけでは、住宅で人が接する濃度の変化まで分からないことを示しています。実際の家には多くの発生源があり、換気や部屋の大きさも異なります。その中で、換気が少ないと推定された家庭では、測定した香料成分の増分がよりはっきり現れました。
重要な帰結は、製品の放出量と、使う空間の条件を結びつけて評価することです。実測と単純なモデルを照らし合わせる方法は、どのような環境で濃度が高くなりやすいかを考える助けになります。ただし、今回は一機種・一配合で、72時間の採取では短時間の濃度ピークを十分に捉えられません。症状や個人の健康リスクは測っておらず、製品全般の安全・危険を一括して判断する研究ではありません。
研究資金はGivaudanとBath & Body Worksから提供され、両社の社員が共著者に含まれます。国の研究支援も受けています。著者らは、分析とデータ解析はヨーク大学が行い、発表への制限は設けられなかったと説明しています。
参考文献
Warburton, T., Grange, S. K., Hopkins, J. R., Andrews, S. J., Lewis, A. C., Owen, N., Jordan, C., Adamson, G., & Xia, B. (2023). The impact of plug-in fragrance diffusers on residential indoor VOC concentrations. Environmental Science: Processes & Impacts, 25(4), 805–817. DOI: 10.1039/D2EM00444E/原著全文。原著はCC BY 3.0。


