同じ香りでも、名前で感じ方が変わる?

同じ香りでも、名前で感じ方が変わる? 香りの科学

同じ香りでも、「ミント」と書かれているときと、「ユーカリ」と書かれているときでは、少し違って感じられるかもしれません。鼻に入る物質が変わらなくても、何の匂いだと思うかは、香りの体験に関わります。

奥村らが2024年に発表した研究は、この言葉の影響が、脳で匂いを扱う比較的早い段階にも表れるかを調べました。注目したのは、一次嗅覚野の一部である「梨状皮質」です。名前によって感じ方が変わるとき、この領域の活動の模様も変わるのか。さらに、言葉の意味や記憶に関わる領域との関係を探りました。

違和感の少ない二つの名前を、同じ香りにつける

用意した匂い物質は4種類です。メントールと1,8-シネオールというミント系の2種類、シトラールとリモネンという柑橘系の2種類を使いました。

たとえば、メントールにもシネオールにも、「ミント」と「ユーカリ」の名前を組み合わせました。柑橘系も、二つの名前と二つの物質を組み合わせています。どちらの名前も、その匂いにつけられていて大きな違和感がないよう、事前に選ばれたものです。よい名前と嫌な名前を対比する実験ではありません。

これによって、物質を変えずに名前だけを変える比較と、名前を変えずに物質だけを変える比較ができます。言葉からの情報と、鼻へ入る情報の違いを、それぞれ調べられる設計です。

細かな脳活動の模様を、25人で測る

参加した37人のうち、匂いを検出できた試行の不足、撮像中の頭の動き、撮像を完了できなかったことによる除外後、25人の脳画像を解析しました。日本語を母語とする成人で、平均年齢は約23歳でした。

撮像には、7テスラという高い磁場のMRI装置を用いました。1ミリメートル角の小さな区画ごとに、神経活動に伴う血液の酸素化の変化を測ります。個々の神経細胞を直接記録する方法ではありませんが、小さな梨状皮質の中の違いを細かく調べるための方法です。

参加者は、画面の名前を見ながら、装置から送られる匂いを嗅ぎました。同じ組み合わせを何度も繰り返し、呼吸や頭の動きも記録して解析に組み込みました。脳の測定後には、このうち20人が、二つの提示を比べて、どれほど違う匂いに感じるかを評定しています。

物質が同じでも、名前が違うと違って感じる

主観的な評定では、同じ物質に同じ名前をつけた場合より、同じ物質に異なる名前をつけた場合のほうが、匂いが違うと評価されました。物質の異なる組み合わせでも、名前が異なると、同じ名前の場合より違って感じられました。

つまり、参加者の感じた違いには、物質の違いだけでなく、言葉も関わっていました。ただし、これは匂いの違いについての自己評定です。名前を添えることで、物質を正しく嗅ぎ分ける能力が高まった、という試験ではありません。

梨状皮質でも、名前に応じた違いが見えた

脳画像では、活動の平均的な強さだけでなく、小さな区画の間にどのような活動の分布があるかを調べました。いわば、脳の中の明暗の模様を手がかりに、同じ物質がどちらの名前で提示されたかを分類する解析です。

複数人のデータをまとめて学習し、学習に使わなかった人のデータで確かめると、メントールとシネオールの2種類では、名前を区別できる梨状皮質の領域が見つかりました。4種類すべてではなく、柑橘系の2種類では、統計的に明確な分類はできませんでした。

また、一人ずつのデータだけで学習・検証した解析では、どの物質でも有意な領域は見つかりませんでした。今回の結果は、誰の脳からでも一度の測定で名前を読み取れるというものではありません。著者らは、人数をまとめることで微細な違いを捉えやすくなった可能性や、人に共通する活動の特徴が部分的にある可能性を挙げています。

柑橘系で分類できなかったことも、名前が脳に何の影響も与えないという証明にはなりません。違いの大きさ、測定のばらつき、試行数などが、検出のしやすさに関わります。

言葉用と物質用の場所が、分かれたのか?

同じ名前のまま物質を変える比較では、レモンという名前で提示したシトラールとリモネンの組み合わせで、物質を区別できる領域が見つかりました。こちらも、調べた4組のうち1組に限られました。

この領域と、名前の違いを分類できた領域は、位置が異なっていました。しかし、成功した組み合わせが少なく、これだけで梨状皮質の中に「言葉担当」と「物質担当」が分かれているとは言えません。どちらの条件でも、言葉と匂いが組み合わさった体験をしているためです。

意味や記憶に関わる領域とのつながり

研究チームはさらに、名前の違いが表れた梨状皮質の領域と、ほかの脳領域の活動が、一緒に変動するかを調べました。こうした統計的な関連を、機能的結合と呼びます。

その結果、言葉の意味に関わる側頭極や前頭葉の一部、記憶に関わる海馬などとの関連が見つかりました。著者らは、意味や記憶の情報が梨状皮質での匂いの表現に関わり、名前に応じた感じ方の変化につながる可能性を提案しています。

ただし、物質の違いを分類できた領域にも、意味や記憶に関わる領域との関連がありました。両者の結合の強さを直接比べても、有意な差は見つかりませんでした。「名前の影響を受けた場所だけが、意味や記憶の領域と特別に強くつながる」とまでは言えません。

また、活動が一緒に変わることから、情報がどちら向きに流れたか、どの領域が変化を引き起こしたかは決められません。脳の一部を操作して仕組みを確かめた研究ではなく、提案された連携の仕方は、今後さらに検証する必要があります。

まとめ

同じ匂い物質でも、添えられた名前が違うと、感じる匂いの違いが大きくなりました。4物質のうち2つでは、複数人のデータを使った解析により、一次嗅覚野の一部である梨状皮質にも、名前に応じた活動の模様の違いが見つかりました。

著者らが重視するのは、匂いの脳内での表現が、長い経験の積み重ねだけでなく、その試行で与えられる言葉に応じても柔軟に変わりうることです。香りを感じる過程は、鼻からの情報だけで完結せず、意味や記憶と関わりながら形づくられる。その仕組みを、一次嗅覚野の細かな活動から考える手がかりとなる研究です。

参考文献

Okumura, T., Kida, I., Yokoi, A., Nakai, T., Nishimoto, S., Touhara, K., & Okamoto, M. (2024). Semantic context-dependent neural representations of odors in the human piriform cortex revealed by 7T MRI. Human Brain Mapping, 45(6), e26681. DOI: 10.1002/hbm.26681 / 原著全文。原著のライセンス:CC BY-NC-ND 4.0。