微生物で香料を作ると聞くと、植物に含まれる成分を、別の方法で作ることを想像するかもしれません。では、もともと天然には見つかっていない香料も、生きた細胞の力で作れるのでしょうか。
Lina Wangらが2025年に発表した研究は、遺伝子を改変した酵母を使い、テルペン類を含むイソプレノイドという大きな化合物群の、炭素の骨格を変える方法を開発しました。目的は一つの香料を作るだけでなく、構造を少しずつ変えた分子を生産し、香りや働きの違いを調べられるようにすることです。
材料の単位を変えると、作れる分子が広がる
多くのテルペンは、炭素5個からなる基本単位を組み合わせて作られます。リナロールやリモネンは炭素10個、カリオフィレンは15個というように、その組み合わせが分子の骨格の出発点になります。
研究者は、この材料の段階に別の入り口を作りました。植物由来の二つの酵素を酵母に働かせ、通常とは炭素数や枝分かれの位置が違うアルコールを、合成経路に入る材料へ変えたのです。細胞の外から加えた材料を、酵母の中で加工していく仕組みです。
実験では7種類のアルコールが利用され、炭素11個や12個のリモネンに似た分子、16個や17個のカリオフィレンに対応する分子、31個のスクアレン類似体などが得られました。できた物質は質量分析などで調べ、単離できた主要な化合物ではNMRという方法も使って構造を確認しています。
ただし、どんな骨格でも自在に作れたわけではありません。さらに大きな種類につながる材料を作れない場合もあり、途中の酵素が新しい材料を受け入れられるかどうかが、制約になりました。
合成香料のエチルリナロールを、酵母で作る
香りへの応用例として選ばれたのが、エチルリナロールです。天然に広く存在するリナロールに似た構造を持ちますが、原著では、天然からは見つからず、従来は化学合成で供給されてきた香料として扱われています。
エチルリナロールには、二重結合の周りの配置が異なるE体とZ体があります。研究者が両方に対応する材料の混合物を酵母に与えると、できたものは主にE体で、Z体は少量でした。同じ構成の原子を持つ分子でも、配置を選び分けられたことが重要です。
生産条件を検討した実験では、E体が培養液1リットルあたり約22ミリグラム得られました。これは研究室での実証値で、市販製品の製造量や、工業的な生産コストを示したものではありません。また、糖だけからすべてを作ったのではなく、骨格を変えるためのアルコールを外から供給しています。
E体とZ体は、香りの印象も違った
研究では、分離したE体とZ体について、香料の専門家が香りを評価しました。E体は果実らしさと花らしさがあり、印象が強いと記述されました。Z体は印象が弱く、草や田園を思わせる調子が目立つとされています。
この評価を踏まえ、著者らは、欲しい香りの特徴を持つE体を主に作れる点を利点と考えています。ただし、評価者は専門家1人で、多人数による嗜好調査や、統計的な優劣を示す試験ではありません。E体のほうが、誰にとっても好ましいと決まったわけではないのです。
さらに、炭素の付け足し方が異なる3種類のリナロール類似体も作られました。専門家の記述では、柑橘の皮のような爽やかさやスパイス感が目立つもの、パイナップルを思わせる果実感が強く、花らしさがほとんどないものがありました。骨格を少し変えることが、香りの選択肢を広げる可能性を示しています。
香料を作る技術から、分子の働きを調べる道具へ
もう一つの実証例では、カンナビノイドの類似体が作られ、一部は元の化合物より強く受容体を活性化しました。調べたのは、ヒトの受容体を組み込んだ酵母を使う細胞試験です。人での治療効果や安全性を確かめた結果ではありません。
この二つの実証例に共通するのは、分子を作る方法と、その性質を評価する方法を結び付けたことです。著者らは、既存の微生物生産の仕組みへ応用するほか、植物や細菌に組み込み、分子の構造が細胞の性質や生物同士の関係にどう影響するかを調べる道具にもなると考えています。
一方、実用化には、材料の調達、酵素の改良、収量や精製工程の検討が残ります。著者らは経済性や拡張性に期待していますが、この論文は工業規模での費用比較や、製造全体の環境負荷評価を行ったものではありません。微生物で作れることだけで、天然香料としての表示や、環境上の優位性、安全性が決まるわけでもありません。
まとめ
酵母は、天然にある香料を再現するだけでなく、通常とは違う材料を使って、新しい炭素骨格を持つ分子を作る場にもなりました。エチルリナロールでE体を選択的に作れたことは、製造方法が、香りの特徴を選び分けることにもつながり得る例です。
研究の大きな意味は、よく知られた分子の周辺にある、まだ十分調べられていない構造を、作って確かめられるようにした点にあります。香料の候補を増やすことと、構造の小さな違いがどんな性質を生むかを知ること。その両方を進めるための方法として、今後の発展が期待されます。
参考文献
Wang, L., Rosenfeldt, M., Koutsaviti, A., Harizani, M., Zhao, Y., Leelahakorn, N., Frachon, A., Raadam, M. H., Miettinen, K., Pateraki, I., Ioannou, E., & Kampranis, S. C.(2025). Systematic biotechnological production of isoprenoid analogs with bespoke carbon skeletons. Nature Communications, 16, 2098. DOI: 10.1038/s41467-025-57494-2/原著全文。
研究はNovo Nordisk Foundation、Independent Research Fund Denmark、アテネ大学の助成、中国国家留学基金管理委員会の奨学金による支援を受けています。著者3人は関連特許出願の共同発明者です。官能評価を担当した著者はEvodiaBio ApSの従業員で、別の著者は同社に金銭的利害を持つと申告しています。他の著者は利益相反なしとしています。原著:© 2025 The Author(s)、CC BY-NC-ND 4.0。


