白檀の香りに関わる成分を、木から抽出する代わりに酵母でつくる。そのとき、たくさん生産できれば、それだけで狙いどおりの香料になるのでしょうか。複数の成分が混ざる素材では、量だけでなく、どの成分が何割あるかも重要になります。
2022年、Wenlong Zhaらは、白檀油に関わる成分をつくる酵素を改変し、酵母での生産量と成分比を調整しました。酵素の中で起こる反応を計算で調べ、その知見を実際の酵母の設計につなげた研究です。
白檀の香りは、一つの成分だけではない
白檀油には、サンタレン類やサンタロール類など、複数の成分が含まれます。研究者らが特に重視したのは、香りに重要とされるZ-α-サンタロールとZ-β-サンタロールです。αとβは、構造の異なる種類を区別する名前です。
論文は、当時参照した白檀油の規格ISO 3518:2002にある、Z-α-サンタロール41~55%、Z-β-サンタロール16~24%という範囲を目標にしました。ここでは、その二成分の比率が研究の設計上の目安になっています。
酵母でつくる場合、まず酵素でサンタレン類をつくり、別の酵素でそれらをサンタロール類へ変えます。最初の酵素がどのサンタレンをどれだけ生むかと、次の変換がどこまで進むかの両方が、最終的な成分比に関わります。
反応の途中の分子が、動ける空間に注目
研究者らは、複数の成分をつくる白檀由来の酵素SaSSyと、主にα-サンタレンをつくる別の植物Clausena lansium由来の酵素SanSynを比べました。改変の中心にしたのは、後者の酵素です。
タンパク質の立体構造の予測と、原子の動きや化学反応の計算を組み合わせると、酵素内部の空間の違いが、生成物を分ける手がかりになりました。反応途中の分子が狭い空間に収まると、取りやすい形や反応の進み方が限られます。少し余裕があると、別の形を取り、違う生成物へ進む可能性が生まれます。
計算は、反応を直接撮影したものではありません。そのため研究者らは、計算から重要そうだと考えたアミノ酸を実際に置き換え、生成物がどう変わるかも調べました。
アミノ酸を一か所変えると、生成物の比率が変わった
注目したのはSanSynの441番目のアミノ酸でした。ここをフェニルアラニンから、より小さなバリンへ置き換えた酵素が、SanSyn F441Vです。内部の空間が広がり、反応途中の分子が動きやすくなるという計算上の説明と、生成物の変化が対応していました。
改変後の酵素では、α-サンタレンが約57%、β-サンタレンが約29%となり、ほかの二成分も少量つくられました。主に一種類をつくっていた酵素が、狙った複数の成分を、異なるバランスでつくるようになったのです。
ここでの割合は、まだサンタレン類の段階のものです。最終的に香料として重視するサンタロール類の比率とは別で、この先の変換も調整しなければなりません。
酵母の中で、材料を別の反応へ逃がさない
研究者らは酵素を変えるだけでなく、酵母の代謝も組み替えました。目的の成分をつくる材料の供給を増やし、同じ材料をほかの反応で消費する経路を弱め、できたサンタロールが別の副生成物へ変わるのを抑えました。
実際に酵母の培養物から副生成物を分離して構造を調べたところ、酵母自身の酵素が、つくられたサンタロールをさらに変えていることが分かりました。関係すると考えられる遺伝子を除くと、副生成物の一部が減り、目的成分が増えました。ただし、すべての副反応がなくなったわけではありません。
こうした調整によって、生産に使う酵母を整えたうえで、改変したサンタレン合成酵素と、サンタロールへ変換する酵素を導入しました。材料の流れを整える設計と、生成物の分かれ方を変える設計を組み合わせています。
最も多くつくれた条件では、比率が目標に届かなかった
フラスコでの試験に続き、5リットルの発酵槽を使い、培養の途中で糖とエタノールを補給する流加培養を行いました。この段階の結果は、二つの独立した培養の平均です。
調べた条件のうち、酵母株SZ22で多く生産できた条件では、サンタレン類が約843ミリグラム/リットル、サンタロール類が約1,076ミリグラム/リットルでした。合計では約1.92グラム/リットルです。これは、培養液の量に対する対象成分の生産量を表しています。
しかし、対象のサンタレン類とサンタロール類を合わせた混合物の中で、Z-α-サンタロールは29.4%、Z-β-サンタロールは15.0%でした。論文が目標にした二成分の範囲には届いていません。途中のサンタレンが、まだ多く残っていたのです。
変換を進めると、比率は整ったが総量は減った
そこで、サンタレンからサンタロールへの変換を担う酵素CYP736A167の遺伝子のコピー数を増やしました。調整後の酵母株SZ24では、Z-α-サンタロールが43.4%、Z-β-サンタロールが22.0%になり、論文で参照した二成分の範囲に入りました。
一方、サンタレン類とサンタロール類の合計生産量は704.2ミリグラム/リットル、約0.70グラム/リットルへ下がりました。この値はサンタロールだけの量でも、天然の白檀油をそのまま得た量でもありません。
著者らは、変換酵素のコピー数を増やした条件で酵母の増殖も小さくなっていたことから、細胞への負担が生産量を下げた可能性を考えています。次の課題として、コピー数を増やすだけでなく、変換酵素そのものの働きを高める方法を挙げています。
この結果が示すのは、量と比率を同時に最適化する難しさです。少なくとも今回の条件では、合計量を最大にする設計と、狙った成分バランスを得る設計は一致しませんでした。
成分比が合っても、香りが同一とは限らない
主要二成分の比率が、論文で参照した範囲に入ったことは、化学組成を制御できたという成果です。ただし、規格の全項目に適合した認証や、人が嗅いで天然白檀と同じと評価した結果ではありません。
研究では、完成した香水の香り立ちや持続性、好ましさを比較していません。少量の成分や副生成物も含めた香り全体の評価は、成分比の測定とは別に必要です。
また、発酵でつくる方法が、木からの抽出より環境負荷や費用を必ず小さくすることも、この研究だけでは分かりません。商業規模での原料、エネルギー、精製までを含めた比較は行っていません。ここでの成果は、生産方法と成分の構成を制御するための基盤技術です。
研究は中国医学科学院の研究基金、広東省の研究開発事業、中国国家自然科学基金などの支援を受け、著者らは利益相反なしと申告しています。
まとめ
研究者らは、酵素内部の反応を計算で理解し、アミノ酸を一か所変えることでサンタレン類の比率を調整しました。さらに酵母の代謝と変換酵素を整え、主要なサンタロール二成分を、論文が目標とした比率に近づけました。
著者らが提案するのは、香料の発酵生産を「何グラムつくれたか」だけで評価しない方法です。どの成分がどの比率でできるかを酵素の仕組みから設計し、材料の供給や細胞への負担と一緒に調整する。白檀を例に示されたこの考え方は、複数成分からなるほかの天然物の生産にも広げられる可能性があります。
参考文献
Zha, W., Zhang, F., Shao, J., Ma, X., Zhu, J., Sun, P., Wu, R., & Zi, J.(2022). Rationally engineering santalene synthase to readjust the component ratio of sandalwood oil. Nature Communications, 13, 2508. DOI: 10.1038/s41467-022-30294-8. 原著全文。© The Author(s) 2022. 原著はCC BY 4.0で公開されています。


