花の香りを、一つのまとまった匂いとして捉えることは多いものです。ところが、筒状の花に近づく虫にとっては、入口の外と、入り込んだ先とで、別の香りが待っているかもしれません。
H. Limらが2025年に発表した研究は、ウマノスズクサ科のつる植物Isotrema manshurienseを調べました。花粉を運ぶハエを特定し、香りだけでなく、色や分泌液が場所と時間によってどう変わるかを分析。虫が食べ物や産卵場所を探すときの手掛かりを、この花がどのように利用しているのかを考えています。
虫を閉じ込める毛がない花
近縁のウマノスズクサ類には、筒の内側の毛で虫の脱出を妨げる花が知られています。一方、この種には、そのような捕獲用の毛がありません。垂直な筒や滑りやすい面はありますが、どう虫を誘い、花粉を運んでもらうのかは、十分に分かっていませんでした。
研究は2023年4〜5月、韓国の一つの自生集団で行われました。536花を標識して開花の様子を追い、その一部を各分析に使っています。花は、先に花粉を受け取る雌性期、短い移行期、花粉を送り出す雄性期へと変化します。別々の雌花と雄花を比較したのではなく、同じ種の花の異なる段階を比べています。
320花の内部を調べて採集した171個体の昆虫は、大部分がハエの仲間でした。花粉を持ち込む送粉者として、ヒメイエバエ科などのハエが確認され、とくにFannia属の1種とDelia platuraが多く見られました。主な送粉者の多くは雌でした。
開花前から覆って虫の侵入を防いだ14花は結実せず、自然に訪問できる45花の結実割合は約18%でした。この集団では、虫による送粉が繁殖を支えていることが示されました。
花の外側と内側を、同時に採取する
香りの分析には、雌性期・雄性期と昼・夜を組み合わせた、計36花を使いました。高い位置に咲く花も多いため、花を切り取り、容器の中で外側と内側の気体を同時に10時間採取しています。切断した葉や空の容器から出る成分は、対照として除きました。
外側では、ノネナール類など、炭素を9個持つアルデヒドが特徴的で、とくに昼間によく検出されました。内側では、β-イオノン類やδ-カジネンなど、別の成分群が目立ちました。組成は内外だけでなく、雌性期と雄性期でも異なっていました。
夜には、全体として検出される種類や測定信号が小さくなる傾向がありました。ただし、昼夜の違いには試料ごとのばらつきの差も関わるため、すべての成分が同じように減るという結果ではありません。
数値は機器の信号を花の乾燥重量などで補正したものです。自然の花から出る絶対的な放出量や、人やハエが感じる強さを直接測ったわけではありません。また、対照を置いていても、切り花を容器内で長時間採取する影響は残ります。
果実と花、二つの食べ物を思わせる?
研究者は、他の植物の花、果実、腐肉、糞、発酵物などについて、既報の香気成分とも比較しました。比較の基準は、どの成分が含まれるかです。
この花の成分の組み合わせは、腐肉や糞をまねる他の花とは離れ、キュウリやメロンなどの果実や、ハチやチョウが訪れる花に近い位置にありました。著者らは、外側の香りは果実、内側の香りは蜜などの報酬を与える花を思わせ、食べ物を探すハエへの異なる手掛かりになる可能性を考えています。
これは成分の共通性に基づく解釈です。ハエが「果実だ」「蜜のある花だ」と同じものに見立てたことや、その香りに引かれて近づいたことを、行動実験で確かめた結果ではありません。
入口の液と、内側の色も加わる
雌性期の開花初日には、入口付近に分泌液が見られました。13花から集めた液を分析すると、一般的な蜜で多い単純な糖だけではなく、アミノ酸や有機酸が中心でした。ハエが入口付近を探って液を食べ、その途中で滑って内部に入る様子も観察されています。
色にも空間的な違いがあり、雌性期には筒の上部などで紫外線の反射が見られました。内部の暗い紫色やまだら模様は産卵場所を思わせ、明るく透ける部分は出口のように見えて虫を誘導するのではないか、と著者らは考えています。色の測定や既存のハエの色覚モデルだけで、その誘導の効果を確定したわけではありません。
花の内部では、ときおりハエのものと考えられる卵も見つかりました。ただし、この調査で孵化は確認されず、落ちた花からも卵や幼虫は見つかりませんでした。産卵場所を思わせる可能性と、実際に幼虫を育てられる場所であることは、区別が必要です。
段階が変わっても、虫を呼ぶ手掛かりを残す
花の中にいた虫の数は、夜より昼に多く、雌性期と雄性期の差は検出されませんでした。これは採集時点で内部にいた数の比較で、虫がどちらの段階を好んだかを直接試す選択実験ではありません。
著者らは、雌性期では入口の分泌液や紫外線の反射、雄性期では強まる昼間の内部の香りが、互いを補う可能性を提案しています。毛で長く閉じ込める仕組みが弱い分、花粉を受け取る段階でも送り出す段階でも、虫を呼び、関心をつなぐ必要があるという説明です。
まとめ
この花は、外と内、昼と夜、生殖の段階によって、香りや色、分泌液の手掛かりを変えていました。著者らが提案するのは、腐敗した産卵場所だけをまねる花ではなく、果実や報酬のある花も思わせる特徴を重ねた、複数の対象をまねる仕組みです。
韓国の一集団で得た結果であり、個々の手掛かりの働きは、これから虫の感覚や行動を調べて確かめる必要があります。それでも、匂いを一つのまとまりではなく、虫が花へ近づき、入口を探り、内部に入る過程に沿って捉えることは、この仲間に多様な送粉の仕組みが生まれた理由を理解する手掛かりになります。
参考文献
Lim, H., Kim, Y.-K., Lee, S., Choi, M.-S., Lee, D., Kim, D., Suh, S. J., & Kim, S.-G.(2025). Multimodal floral cues resembling both generalized food sources and oviposition sites in Isotrema manshuriense (Aristolochiaceae) pollinated by flies. Plant Biology, 27(6), 1058–1070. DOI: 10.1111/plb.70040/原著全文。
研究は韓国研究財団、農村振興庁、KAIST Ecological Research Programの支援を受けています。著者らは利益相反なしと申告しています。原著:© 2025 The Author(s)、CC BY-NC-ND 4.0。


