嗅いだことはあるのに、名前が出てこない。そんなとき、香りのもとを思わせる色と、名前の一部の文字では、どちらが手がかりになるのでしょうか。
2025年、Eda Nur CapkanとFunda Yildirimは、トルコ語を話す40人に、においを嗅いだ後で色か文字のヒントを示しました。目的は、手がかりの種類が命名の正確さや速さ、脳の電気活動の連動にどう関わるかを調べることです。においへのなじみ、好み、「知っているのに名前が出ない」という感覚も検討しました。
12種類のにおいに、色か二文字のヒント
参加者は18~32歳で、平均年齢は23.35歳、65%が女性でした。においは標準化されたペン型の検査用器具で提示しました。予備調査をもとに、ココナツ、アニス、レモン、ラベンダー、キノコ、草、キャラメル、コーラ、バナナ、ユーカリ、タマネギ、バラの12種類を選んでいます。
文字のヒントは、においの名前の二文字だけを残し、ほかを空欄にしたものです。すべてトルコ語で示しました。色のヒントには、においのもととなる物の画像から選んだ、代表的な色を使いました。どちらも正解と関係のある視覚情報です。
一人は六つのにおいを文字のヒントで、残り六つを色のヒントで答えました。参加者の半分では、その組み合わせを入れ替え、特定のにおいの答えやすさが一方のヒントだけに偏らないようにしています。各においを6回ずつ試し、一人72試行、全体で2,880試行になりました。
一回の流れは、においを嗅ぐ、少し待つ、ヒントを見る、4秒間考える、という順番です。その後、回答を促す表示が出たらスペースキーを押し、口頭でにおいの名前を答えました。
文字のヒントで、正解は多くなった
文字の条件では1,440試行中763試行、色の条件では1,440試行中258試行で、においの名前を正しく答えました。全試行に対する割合にすると、約53%と約18%です。これは40人が繰り返し答えた記録で、2,880人を調べたという意味ではありません。
同じ人による反復や、においごとの違いを考慮した統計モデルでも、何か答えた試行の正答しやすさは、文字の条件のほうが高いという結果でした。一方、正解か不正解かを問わず「何か答える」確率には、二つの条件で有意な差がありませんでした。
つまり、文字のヒントは、答えを試みる回数を増やすというより、出てくる答えを正しい名前に近づけたと考えられます。ただし、正解の一部が直接含まれる文字と、一つの色から多くの物を連想できる色とでは、答えを絞る情報量が同じとは限りません。
正確になっても、回答時間は短くならなかった
回答時間の平均は、文字の条件が約2.27秒、色の条件が約2.30秒で、有意な差はありませんでした。ここでいう回答時間は、においを嗅ぎ始めてからではなく、4秒間考えた後に回答の合図が出てから、キーを押すまでの時間です。
したがって、名前を考える全過程が同じ長さだったとまでは分かりません。それでも、今回の測り方では、文字のヒントによる正確さの向上が、そのまま回答の速さの違いにはなりませんでした。著者らは、正確な名前を取り出すことと、回答を始めることを分けて考える必要があるとしています。
なじみや好み、「分かりそうな感じ」も関係した
参加者は、においへのなじみや好み、「知っているのに名前が出てこない」という感覚を9段階で評価しました。なじみや好みの評価が高い記録では、正解しやすく、回答時間も短い傾向が見られました。ただし、速さとの関連は大きくなく、特に好みとの相関は弱いものでした。
「名前が出てこない」感覚については、何も答えなかった記録より、間違った名前でも答えた記録で強くなっていました。正解した記録とほかの記録との個別の差は有意ではありませんでした。強い「分かりそう」が、必ず正解につながるとは言えません。
著者らは、この感覚を、記憶に全く届いていない状態ではなく、何かに結びついた情報はあるのに、正しい名前まで取り出せない状態の手がかりと考えています。においに覚えがあることと、名前を言えることは、同じではないのです。
色の条件では、脳波の連動が広く見られた
研究では32か所の頭皮上の電極で脳波を記録し、ヒントが消えた後の4秒間を解析しました。一方の信号の過去の値が、別の信号の先の値をどれだけ予測できるかを見る方法で、活動の連動の方向を推定しています。
この解析では、文字の条件よりも色の条件で、多くの電極間に強い連動が見られました。文字では前方と側方、前方と頭頂付近の比較的限られた組み合わせが目立ち、色では後頭部を含む、より広い組み合わせが目立ちました。
ここでの「連動」は、神経細胞を結ぶ線そのものを数えたものではありません。頭皮上で記録した信号同士の統計的な関係です。一つの場所の神経活動が、別の場所を直接動かしたことや、特定の脳領域だけが名前を取り出したことを、これだけで確定はできません。
広く活動するほど、うまく答えられるとは限らない
著者らは、文字の一部を見ると、候補となる言葉へ比較的直接にたどり着けるのに対し、色からは、まず物を連想し、それをにおいと結びつけ、名前を探すという、複数の段階が必要になる可能性を論じています。たとえば黄色からはレモン以外にも、いくつもの候補が浮かびます。
色の条件で連動が広く見られたのに正答率が低かったことは、より広い活動が、よりよい成績を意味するとは限らないという解釈につながりました。文字によって必要な情報に絞ってアクセスできるほうが、この命名課題では効率的だったのかもしれません。これは測定結果を説明する仮説で、情報処理の経路や負荷を直接証明したものではありません。
脳波の連動の解析には、同じ発生源の電気が複数の電極に届く影響や、信号処理による影響が残ります。著者らも、別の解析方法や、場所の特定に優れた脳計測を組み合わせて確かめる必要があるとしています。
ヒントなしよりよくなったかは、別の問い
今回、ヒントが全くない条件や、正解と関係のないヒントの条件はありません。分かったのは、正解と関係のある二種類の手がかりのうち、部分的な文字のほうが色より正しく答えやすかったことです。嗅覚そのものが鋭くなった、においを検出する能力が上がったという結果ではありません。
また、正しい名前と一致した場合だけを正解とする採点なので、似たものを連想していても不正解になります。トルコ語話者と限られた検査用のにおいで得た結果が、別の言語や複雑な日常の香りでも同じかは、今後の課題です。
論文の出版はトゥウェンテ大学のBMS Open Access Fund 2025の支援を受け、著者らは商業的・金銭的な利益相反なしと申告しています。
まとめ
においの名前を答える課題では、二文字を残した名前のヒントが、色のヒントより正確な回答につながりました。一方、回答の合図からキーを押すまでの速さには差がなく、色の条件では脳波の連動がより広く見られました。
著者らが重視するのは、においの命名が鼻だけの能力ではなく、経験や意味の記憶から言葉を取り出す作業でもあるという点です。どの手がかりを添えるかによって、助けられる過程が変わるかもしれません。嗅覚を評価するときにも、「においが分かる」と「名前が言える」を分けることが、能力の違いを理解する助けになります。
参考文献
Capkan, E. N., & Yildirim, F.(2025). Cues for odor naming affect performance and brain connectivity. Frontiers in Human Neuroscience, 19, 1671670. DOI: 10.3389/fnhum.2025.1671670. 原著全文。© 2025 Capkan and Yildirim. 原著はCC BYで公開されています。


