香りが呼び起こす気持ちは、日本語でどう表せる?

香りが呼び起こす気持ちは、日本語でどう表せる? 香りの科学

同じ「いい香り」でも、落ち着く香りと、気持ちが弾む香りは少し違います。懐かしくなったり、食欲をそそられたりすることもあります。そうした気持ちを、日本語で細かく答えられる尺度をつくった研究があります。

Hiramaらが2025年に発表したのは、香りが呼び起こす感情を尋ねる日本語版の尺度、J-GEOSです。日本人200人に10種類の匂いを嗅いでもらい、25の感情表現への回答を分析しました。目的は、快・不快だけでは捉えにくい気持ちを記録し、将来、ほかの言語や文化の研究とも比較できる道具を整えることでした。

25の表現で、感じた気持ちを答える

もとになったのは、英語、フランス語、中国語、ポルトガル語などで使われてきた香りの感情尺度です。研究者2人が英語と中国語の表現をそれぞれ日本語へ訳し、照合や元の言語への訳し戻しを経て、日本語の25項目をつくりました。

項目には、たとえば「幸せな」「心がひかれる」「ゆったりした」「懐かしい」などが含まれます。これらは、香りが何の匂いかを答える言葉ではなく、嗅いだときの自分の気持ちを答えるための言葉です。なお、日本語訳を載せた原著の表には2026年1月に訂正が出ています。

参加者は29〜83歳で、65歳以上が100人、65歳未満が100人。男女はそれぞれ100人でした。日本生まれで、6〜15歳を日本で過ごしたことなどを条件に、日常の匂いの感じ方に関する自己申告の質問票で選ばれています。

匂いの名前を知らせず、5秒間嗅いでもらう

香りは、香料を含む紙を内部に固定したマスク型の装置で提示しました。周囲へ匂いが漏れにくいように工夫したもので、参加者は1種類を5秒間嗅いだ後、マスクを外して袋へ戻しました。匂いの名前は教えていません。

その後、25項目それぞれについて、どれほどその気持ちになったかを5段階で回答しました。回答と休憩を合わせて3分間を取り、10種類すべてを無作為の順番で試しました。

刺激には、桃を思わせるγ-ウンデカラクトン、アーモンド様のベンズアルデヒド、乳のようなδ-デカラクトン、シナモンの主な香気成分であるシンナムアルデヒドなどを使用。土やかびを思わせるゲオスミン、排泄物様のスカトールなども含め、心地よいものと不快なもの、食品に関係するものとそうでないものを組み合わせました。

回答のまとまりから、7つの因子が見つかった

研究者は、どの項目が一緒に高く、あるいは低く答えられやすいかを、因子分析という方法で調べました。似た動きをする回答を、少数のまとまりとして整理する方法です。

結果は、幸福・落ち着き・心をひかれる感じ、不快・不安、活力、空腹・喉の渇き、官能・欲求、懐かしさ、スピリチュアルな感じ、という7つの因子に整理されました。最初から7種類の感情だけを質問したのではなく、25項目への回答から見いだしたまとまりです。

しかも、元の尺度の分類がそのまま再現されたわけではありません。たとえば、日本語の回答では、落ち着きに関わる項目と、幸福感や心をひかれる感じに関わる項目が、大きなひとつの因子にまとまりました。懐かしさの因子には、くつろぐ感じとの関連も見られました。

著者らは、統計的な当てはまりだけでなく、まとまりの解釈のしやすさも考えて7因子を選んでいます。この数が人間の感情の全種類を決めるわけではなく、因子の名前も、回答の傾向を説明するためにつけたものです。「スピリチュアルな感じ」も、その表現への自己評価を扱っており、香りに特別な力があることを検証したものではありません。

同じ快い匂いでも、回答の組み合わせが違う

匂いごとに因子の得点を比べると、それぞれ異なる組み合わせが見られました。たとえば桃様の香料では、全体を基準にした幸福・落ち着き・魅力の得点や、空腹・喉の渇きの得点が高くなりました。スカトールでは、不快・不安の得点が高くなりました。

乳様の香料は、幸福・落ち着き・魅力に加え、活力や空腹・喉の渇きの得点も高くなりました。柑橘や花を思わせるシトロネロールでは、幸福・落ち着き・魅力などとともに、懐かしさの得点が高いという特徴がありました。

ここでの「高い」は、分析した全体の平均を0にそろえた因子得点との比較です。香りを嗅ぐ前より気分が改善したという前後比較でも、香料同士すべてを直接比べて優劣を決めた結果でもありません。心身の改善効果ではなく、今回の条件で報告された気持ちの特徴を描いています。

文化を比べる入口になるが、日本人だけの感情とはいえない

著者らが過去の他国の研究と照らし合わせると、快・不快、活力、官能・欲求など、似たまとまりが見られました。これは、香りに対する感情に文化を越えた共通性がある可能性を支えます。一方、同じような名前の因子でも、そこに含まれる項目は同じとは限りません。

懐かしさやスピリチュアルな感じがまとまりとして現れた背景には、食や香りの記憶、年齢構成、今回選んだ香料が関わったかもしれない、と論文は議論しています。ただし、各人のそうした経験が因子を生んだかは、直接確かめられていません。

今回と海外の先行研究では、嗅いだ香料や、その選び方、手順が異なります。違いをそのまま文化の違いと決めることはできません。日本人に特有の感情を発見した、という研究でもないのです。

また、質問票で答えた感情は、気持ちの一側面です。行動、生理反応、認知の変化を合わせた検証が必要で、商品の価格や見た目などを含む体験全体も、この尺度だけでは測れません。参加者は匂いをよく感じると自己申告した人が中心で、翻訳語の意味がほかの言語と完全に一致するとは限らない点も、著者らは課題に挙げています。

まとめ

J-GEOSは、香りの感情を「好きか嫌いか」からもう一歩細かく、日本語で記録するための道具です。200人の回答からは7つの因子が得られ、香りごとに、気持ちの異なる組み合わせが見えてきました。

著者らは、この尺度を文化間の比較や、生活背景に合った香りの製品づくりへつなげる可能性を示しています。マスク型の提示方法も、さらに検証を重ねることで、個人に合わせた香りの体験を調べる道具になるかもしれません。香りが何に似ているかに加え、どんな気持ちになるかを言葉にすることが、その出発点です。

参考文献

Hirama, H., Miura, T., Kanazawa, S., Imamura, Y., Kano, S., & Kobayakawa, T. (2025). What emotions are elicited by smells in Japanese people? Emotional measurement using a universal scale in Japanese. PLOS ONE, 20(5), e0323206. DOI: 10.1371/journal.pone.0323206 / 原著全文。原著:© 2025 Hirama et al., CC BY。

The PLOS One Staff (2026). Correction: What emotions are elicited by smells in Japanese people? Emotional measurement using a universal scale in Japanese. PLOS ONE, 21(1), e0340419. 訂正文と修正された日本語訳表(DOI: 10.1371/journal.pone.0340419)。© 2026 The PLOS One Staff, CC BY。