バニラといえば、甘くやわらかな香りを思い浮かべるかもしれません。でも、バニラの莢そのものを嗅ぐと、果実、木、発酵したものなど、さまざまな印象が重なっています。その違いを、伝統的な加工と結びつけて調べたのが、Isabel Janid Perez-Viverosらの2025年の研究です。
研究者は、メキシコの4地域で伝統的に加工されたバニラを集め、乾燥と「発汗」を繰り返す工程の異なる段階で、香りの特徴、好ましさ、水分などを比較しました。目的は、地域ごとに受け継がれてきたつくり方による多様な香りを、感覚の言葉と測定値で記述することでした。
甘い香りを育てる、収穫後の工程
収穫したバニラは、そのままではおなじみの香りに仕上がりません。莢に熱を加える工程に始まり、発汗、天日乾燥、調整・熟成などを経る「キュアリング」によって、香りや色、物性が変化します。発汗とは、乾燥の合間に莢を箱などへ収めて保温する工程で、人が汗をかくという意味ではありません。
この研究では、天日に当てた後に発汗用の箱へ入れる1日分を1サイクルとし、8サイクル時点と30サイクル時点の試料を比べました。対象は、プエブラ州のサン・ホセ・アカテノ(SJA)、サン・ルイス・ポトシ州のハルピージャ(SLP)、オアハカ州のセロ・ケマド(CQ)、ベラクルス州のエヒード・プリメロ・デ・マヨ(EPM)の4地域のVanilla planifoliaです。比較のため、プエブラ州で流通する市販のバニラも加えています。市販対照は、同じ原料を別の方法で加工した実験用の対照ではありません。
なお、原著の表1ではハルピージャとセロ・ケマドの地域記号が本文と逆になっています。ここでは方法の本文と表2の説明に従って地名を記しています。
62人が、莢の香りを言葉と点数で表す
参加したのは18~66歳の62人です。まず、そのうち官能評価の経験がある10人の話し合いと先行研究をもとに、香りを表す35語を準備しました。キャラメル、蜂蜜、ラム酒、木、発酵した香りなど、甘い印象に限らない言葉が含まれています。
本試験では、8サイクルと30サイクルの試料を別の日に評価しました。各回、4地域の試料と市販対照の計5試料を、内容の分からない番号付き容器で提示しています。参加者は約1センチに切った莢を嗅ぎ、まず好ましさを9段階で答えました。その後、35語から当てはまる言葉を選び、選んだ特徴の強さを9段階で評価しました。この方法をRATAといいます。
同時に、莢の水分、たんぱく質、脂質に相当する抽出成分、灰分、pHも調べました。香りの評価と食品としての物理・化学的な状態を、一緒に見るためです。香気成分を分離して一つずつ同定する分析や、バニリン量の測定を行った研究ではありません。
「バニラらしさ」の周囲に、違う表情がある
8サイクル時点では、35語のうち20語の強さに試料間の有意な差がありました。30サイクル時点では、その数は13語でした。これは、香りの数が35から13へ減ったという意味ではなく、同じ35語で評価したときに、試料同士を統計的に区別できる項目数が変わったということです。
たとえば8サイクル時点では、プリメロ・デ・マヨの試料でドライフルーツやラム酒を思わせる印象が比較的強く、ハルピージャの試料では湿ったような印象が目立ちました。30サイクル時点のセロ・ケマドの試料は、ほかの多くの試料よりキャラメルの印象が弱く、化学的なにおいを表す項目は強く評価されました。
一方、両時点とも「バニラ」という特徴の強さには、試料間の有意な差が見られませんでした。似たバニラらしさがあっても、その周りにある香りの組み合わせが違えば、全体の表情は変わる。複数の言葉を使って評価することで、その違いが見えました。
好ましさの差は、30サイクルの試料で明確に
8サイクル時点では、サン・ホセ・アカテノの試料の平均点が6.02と高めでしたが、市販対照を含む試料間に統計的に有意な好みの差はありませんでした。平均値が高いことと、差が明確に示されたことは分けて見る必要があります。
30サイクル時点では、好みの差が見られました。サン・ホセ・アカテノの試料は平均6.39点で、市販対照の5.27点とセロ・ケマドの試料の4.34点を上回りました。ただし、サン・ホセ・アカテノがほかの地域の試料すべてより有意に好まれたわけではありません。また、今回の参加者と試料での結果なので、その地域のバニラなら常に一番おいしい、という順位にはできません。
香りの特徴をまとめて配置する解析では、サン・ホセ・アカテノは甘さ、果実、蜂蜜、ナッツなどを思わせる方向と好みの高さが近く、セロ・ケマドは化学的、乳製品のような、木のような印象と近い位置にありました。著者らは、こうした香りのバランスが受け入れられ方に関わると解釈しています。ただし、特定の香りだけを足し引きした実験ではないため、蜂蜜の香りを増やせば必ず好まれる、木の香りがあれば必ず嫌われるとは言えません。
香りが好まれても、水分まで最適とは限らない
物理・化学的な測定でも試料に違いがあり、4地域の試料の水分は、30サイクル時点で8サイクル時点より低くなっていました。とくにサン・ホセ・アカテノの30サイクル試料は水分が低く、著者らは、莢がもろく折れやすくなることにも注意を向けています。
水分は保存性だけでなく、莢の柔軟さやつやにも関係します。今回、香りを好まれた試料が、莢の状態についてもすべて望ましい条件を満たしていたとは限りません。研究者が香りの採点だけでなく、水分なども測った意味はここにあります。
地域の知恵を、香りの違いとして伝えるために
この比較では、地域が違うと原料や生育条件も違い、加工の仕方も一緒に変わります。同じ収穫物を無作為に分けて工程だけを変えた試験ではないので、観察された差をキュアリングだけの効果として切り分けることはできません。著者らも、収穫時期、栽培条件、地域など、ほかの要因が関わり得ると認めています。
それでも、伝統的に仕上げられたバニラを、共通の香りの言葉で比較できたことには意味があります。著者らは、こうした特徴づけが地域産品の価値を伝え、加工の改善や、生産地で受け継がれてきた知識の保存に役立つ可能性を示しました。次の課題には、ガスクロマトグラフィーなどで揮発成分を調べ、感じられた香りと実際の分子を結びつけることを挙げています。
まとめ
メキシコ4地域のバニラには、共通するバニラらしさの中に、果実、ラム酒、湿った印象、木などの異なる表情がありました。30サイクルの試料では好ましさにも差が現れましたが、長く加工すれば一様によくなるわけでも、産地名だけで好みが決まるわけでもありません。
バニラの価値は、一つの代表成分や「甘い香り」という一言だけでは捉えきれません。原料の背景と地域の加工の知恵が重なってできる香りを、感覚の言葉と莢の状態の両方から記述する。それが、伝統的なバニラの違いを伝え、その良さを次につなぐための、この研究の一歩です。
参考文献
Perez-Viveros, I. J., García-Barrón, S. E., Hernández-Rodríguez, B. E., Barrera-Rodríguez, A. I., Acero-Ortega, C. A., & Espejel-García, A.(2025). Influence of Traditional Vanilla Curing on Its Physicochemical Properties and Aromatic Profile. Foods, 14(9), 1652. DOI: 10.3390/foods14091652 / 原著全文。
原著:© 2025 by the authors. Licensee MDPI, Basel, Switzerland. CC BY 4.0。


