同じムスクが弱く感じられるのはなぜ?

同じムスクが弱く感じられるのはなぜ? 香りの科学

同じ香料を嗅いでいるのに、ある人にははっきり香り、別の人にはとても弱く感じられる。ムスクには、こうした個人差がよく知られています。好みや経験が違うだけでなく、鼻で香りの分子を受け取る段階に違いがあるのでしょうか。

2022年、Bingjie Liらは、中国とニューヨークの参加者に実際ににおいを嗅いでもらい、計1,357人のデータで感じ方と遺伝的な違いを比較しました。新たに手掛かりを得たのは、ムスク香料のガラクソリドと、わきのにおいに関わる成分です。研究は「香りの好き嫌いを遺伝子で診断する」ことよりも、受容体から知覚へつながる仕組みを明らかにすることを目指していました。

中国の1,000人で探し、ニューヨークの357人で確かめた

最初の集団は中国・唐山の漢族1,000人で、年齢は18~55歳でした。8種類の単一成分と2種類の混合香料、計10種類を嗅ぎ、強さと快・不快を100点尺度で回答しました。研究者は、血液から得た遺伝情報と回答を照合し、においの感じ方に関連する遺伝的な違いを広く探しました。

検証には、ニューヨークで集めた18~50歳の別集団を使いました。参加者は364人でしたが、回答の再現性と遺伝データの品質を確認した後の解析対象は357人。中国の1,000人と合わせ、最終的な遺伝子と知覚の解析は1,357人です。検証集団では、より大きな嗅覚実験に含まれた刺激のうち、中国側と共通する6種類を、この論文の比較に使っています。

点数の使い方には個人差があるため、主な解析では、各人が嗅いだ刺激のなかで何番目に強いか、何番目に快いかという順位に置き換えました。したがって、以下の結果は主に「ほかの刺激と比べた強さの順位」に関するものです。鼻の感度を測る検出限界や、日常での香水使用量をそのまま表してはいません。

ガラクソリドの強さと結びついたOR4D6

ガラクソリドは、ムスクの香りをもつ合成香料の一つです。この香料をどれほど強く感じるかは、嗅覚受容体をつくるOR4D6という遺伝子の二つの変異と強く関連しました。変異をもつ型が、父母から一つずつ受け継がれてそろった人では、強さの順位が低くなる傾向がありました。ニューヨークの検証でも、高い方の濃度でこの関連が確認されています。

代表的な変異S151Tが説明した強さの順位のばらつきは、中国側で13.27%、ニューヨーク側で7.54%でした。これは、参加者間の違いの一部を統計的に説明できたという意味です。「その遺伝子が香りの13%を感じ取る」「変異がある人は13%しか香らない」という数字ではありません。なお、両集団をまとめた解析では、ガラクソリドの快・不快について有意な関連は見つかりませんでした。

ただし、OR4D6がガラクソリドを直接受け取る仕組みまで確定したわけではありません。近くには別のムスク関連受容体の遺伝子があり、一緒に受け継がれやすくなっています。統計解析ではOR4D6が有力でしたが、培養細胞を使った実験ではガラクソリドへの応答を確認できませんでした。著者らは、実験系での溶けにくさも問題として挙げています。

「ムスクらしさ」は、一つの入口だけで生まれるのか

この発見が面白いのは、ムスクという香りのまとまりと、分子の構造のまとまりが一致しないからです。かなり違う構造の分子でも、私たちは似たムスクの印象として受け取ります。一方、あるムスクを感じにくい人が、ほかのムスクまで感じにくいとは限りません。

著者らは、今回の結果と既存研究を合わせ、ムスクごとに別の受容体、あるいは一部が重なる受容体の組み合わせが働き、似た知覚につながる可能性を論じています。OR4D6はその仕組みを探る有力な候補ですが、「ムスク全般の遺伝子」と呼ぶには証拠が足りません。ムスクを一種類の刺激として扱わず、どの分子を、どの条件で嗅いだかを区別することが重要になります。

体臭成分では、細胞の反応と人の感じ方が単純に重ならなかった

もう一つの新しい関連は、わきのにおいの特徴に関わる成分、trans-3-methyl-2-hexenoic acid、略して3M2Hと、受容体OR51B2の組み合わせでした。OR51B2のL134Fという変異を含む型は、人が3M2Hをより強く感じる傾向と結びつきました。

ところが培養細胞では、基準となるOR51B2は3M2Hに応答した一方、その変異を含む型は応答しませんでした。「細胞でよく反応する型ほど、人にも強く感じられる」という単純な対応とは逆です。著者らは、培養細胞が鼻の嗅神経細胞の環境を完全には再現しない可能性を挙げています。関連が別集団でも確認され、基準型の受容体が反応したことは重要ですが、知覚に至る経路には未解明の部分が残りました。

3M2Hは体臭を構成する成分の一つなので、これを感じにくいことと、体臭全体が分からないことも別です。著者らはOR51B2を、悪臭を抑える仕組みや体臭を介した情報伝達の研究に役立つ候補と考えています。ただし、この研究は消臭製品の効果や、人間関係への影響を試したものではありません。

再現した関連、見つからなかった関連から分かること

スミレを思わせる香料β-イオノンとOR5A1など、以前から報告されていた関連も調べました。β-イオノンの結果は両集団で明瞭に再現しました。アンドロステノンとOR7D4も、強さ・快不快のどの指標で再現するかには違いがあるものの、受容体の関与を支持しました。青葉のようなcis-3-ヘキセン-1-オールでは証拠が弱く、既報のカプロン酸との関連は十分には再現しませんでした。

また、中国側で調べたアルデヒド関連の刺激や二つの混合香料には、有意な遺伝的関連が見つかりませんでした。著者らは、多くの受容体が関わって一つずつの影響が小さくなる場合や、文化・社会的経験などが関わる場合を考えています。今回見つからなかったことだけで、遺伝の関与が全くないとは判断できません。

中国側はペン型の器具、ニューヨーク側はガラス瓶を使うなど、提示方法も濃度も同一ではありません。異なる条件や集団で同じ関連を確認できることには価値がありますが、結果が違うときに、それをすぐ民族や文化の違いに結びつけることはできません。

進化についての解釈にも、留保がある

著者らは今回の知見に既報を合わせ、進化の過程で後から生じた型が、祖先型より弱いにおいの知覚と結びつく傾向も調べました。これは、霊長類の嗅覚受容体の働きが長い進化のなかで低下してきたという仮説を支持すると解釈されています。

ただし、研究はその仮説を直接検証するために設計されたものではなく、すでに発見・報告された変異に偏る可能性があります。特定のにおいの強さをもとに、現代人の総合的な嗅覚が一律に劣っているとか、ある個人や集団の鼻が優れていると結論づけることはできません。

まとめ

この研究は、同じムスクや体臭成分の感じ方の違いを、具体的な受容体遺伝子の候補につなげました。規模を増やし、従来比較的少なかった東アジアの集団で調べ、別の集団で確かめた点が重要です。主観的な違いにも、香りを受け取る入口の違いが関わることを示しています。

同時に、遺伝的な関連、培養細胞の働き、人が感じる強さは、必ずしも一直線にはつながりません。ガラクソリドでは細胞での確認が残り、3M2Hでは細胞と知覚の方向が一致しませんでした。そのずれを解くことで、異なる受容体の組み合わせがどう一つの香りの印象になるのかを理解できる可能性があります。著者らが示したのは、遺伝情報と嗅覚の測定、受容体の機能実験を組み合わせて、その仕組みを探る道筋です。特定の香料の知覚から、香水全体の好みまで予測できるようになったわけではありません。

参考文献
Li B, Kamarck ML, Peng Q, et al. (2022). From musk to body odor: Decoding olfaction through genetic variation. PLOS Genetics, 18(2), e1009564. 原著論文を読む
権利表記:原著はCreative Commons Attribution 4.0 International(CC BY 4.0)で公開されています。