ジュリエット ハズ ア ガン(Juliette Has a Gun) ― 銃を持ったジュリエットが、香水で世界を撃ち抜く

ジュリエット ハズ ア ガンの世界観と香水「Not a Perfume 100ml」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「ジュリエットは武装している。なぜなら、彼女は自分の個性を主張するからだ。ジュリエットはシェイクスピアのロマンチックな主人公を表している。”銃”は彼女の誘惑の武器——つまり、もちろん彼女の香水のことだ」

— ロマーノ・リッチ(Romano Ricci)、創業者

基本情報

設立年: 2006年(ブランド構想は2005年より)
創設者: ロマーノ・リッチ(Romano Ricci)
公式サイト: https://www.juliettehasagun.com/en
本拠地: フランス・パリ(とグラース)

創設者・ブランドの成り立ち

華麗なる家系の中に生まれて

1978年5月10日、ロマーノ・リッチはパリのブローニュ=ビヤンクールで生まれた。彼が背負う名前は、フランスのファッション史においてひとつの伝説である。曾祖母はニナ・リッチ(本名マリア・ニエッリ、1883〜1970)——イタリアのトリノ生まれで、1932年に息子のロベールとともにパリに自らの名を冠したオートクチュール・メゾンを創業した、あのニナ・リッチだ。そして祖父ロベール・リッチは、20世紀を代表する名香のひとつ「レール・デュ・タン(L’Air du Temps)」の生みの親でもある。

ロマーノは幼少期のほとんどをニナ・リッチの香水工場に程近いフォンテーヌブロー近郊で過ごした。10歳の頃、祖父ロベールは幼い孫に香りのさまざまなノートの見分け方や、香水がどのように作られるかを直接教えたという。

「私の最初の嗅覚的な記憶は、レール・デュ・タンの香りです。家族の工場全体にあの香りが漂っていました。あのカーネーションのノートが、今でも私を”家”へと連れ戻してくれます」

— ロマーノ・リッチ

このような環境で育ったロマーノが香水の世界に目覚めるのは、ある意味では必然だったかもしれない。しかし同時に、彼は長い間、その「運命」から逃げようともしていた。

逃走と修行——レーシングドライバーの時代

若きロマーノは、家業が生み出した名声に対してある種の反発心を抱いていた。レーシングドライバーを本気で目指した時期もあり、父ジャン=ルイ・リッチ(これもまたレーシングドライバーだった)と同じく、アドレナリン全開の世界に身を投じた。

しかし、香水の世界への回帰は確実に近づいていた。ニナ・リッチが1998年にプーチ(Puig)へ売却されると、ロマーノは自分の力で香水業界に挑むことを決意する。特筆すべきは、その修行のスタイルだ。「フランス・フレグランス(France Fragrances)」という業界では無名に近い会社に入り、数年間にわたって、あの「リッチ」という姓を誰にも告げることなく調香を学び続けたのである。

「私は家族のものとは異なる道を切り開きたかった。まずは自分が何者であるかを証明したかったのです」

(ロマーノ・リッチのブランド哲学を紹介する複数の媒体に基づく要約。本人の発言の逐語訳ではない)

この「匿名の修行」は、彼のブランドに対する覚悟の深さを示すエピソードとして語り継がれている。調香の世界を学んだロマーノは、やがて一人の天才調香師に目をつける。フランシス・クルジャン(Francis Kurkdjian)——ジャン・ポール・ゴルティエの「ル・マル(Le Male)」やナルシソ・ロドリゲスの「フォー・ハー(For Her)」など数々の名香を生んだ、業界屈指の「鼻」である。ロマーノはこのクルジャンを口説き落とし、共にブランドの最初の香水を作り上げることになった。

2006年、コレットからの船出

準備を整えたロマーノは、2006年12月、パリの伝説的なコンセプトストア「コレット(Colette)」にて「ジュリエット ハズ ア ガン(Juliette has a Gun)」を世に放った。その発射台に選んだのが、当時のパリのカルチャーシーンの中心地のひとつだったコレットというのも、いかにもロマーノらしい選択だったといえる。

ローンチ時に発表されたのは2作。ジュリエットの「光」の側面を表す「ミス・チャーミング(Miss Charming)」と、「影」の側面を体現する「レディ・ヴェンジェンス(Lady Vengeance)」——いずれもフランシス・クルジャンとの共作だった。

「ニッチ香水の世界は当時、非常に保守的でした。私は池に石を投げ込んで波紋を起こしてやろうと思っていた。こんなに大きな反響があるとは、正直思っていませんでした」

— ロマーノ・リッチ

3作目の「シチズン・クイーン(Citizen Queen、2008年)」以降は、ロマーノ自身が調香を手がけるようになり、真の意味での「ロマーノ・リッチのブランド」として歩み始めた。

ブランドのこだわり

哲学——香水は「アート」であり「工芸」である

ジュリエット ハズ ア ガンのブランド・フィロソフィーの核心は、一言で言えば「香水を本来あるべき姿に戻すこと」だ。ロマーノが繰り返し口にする言葉がある——「香水はまだ可能性を使い果たしていない。アートであり、工芸でなければならない」。

「私はトレンドを追わないし、マーケット調査を基準にもしない。代わりに自分の直感に従い、本物であると感じられる香りを作ることに集中している。ほんの少しの反骨心とともに」

— ロマーノ・リッチ

流通においても哲学は一貫している。コンセプトストア、百貨店、専門香水店のみを通じた限定流通を維持し、2023年の出資発表時点で50カ国以上、約2,500の厳選された販売拠点に展開していると紹介された。マスマーケットへの拡張よりも、ブランドの世界観を守ることを優先する姿勢は、設立当初から変わっていない。

ボトルとパッケージ——弾丸と現代性

ボトルデザインは、ブランドの世界観をそのまま形にしたものだ。ミニマルでシャープな佇まいは、「女性らしさ」の典型的なイメージとは一線を画す。持ち歩き用の「バレット・スプレー(Bullet Spray)」は、弾丸をかたどったシルバーのケースに入ったリフィラブル(詰め替え可能)なパース・スプレーで、そのサイズはリップスティックとほぼ同じという遊び心がある。銃のメタファーを視覚的にもパッケージとして体現した、象徴的なプロダクトだ。

素材へのこだわり——産地と品質

香料素材の品質と独自性へのこだわりは、コレクションの随所に見て取れる。代表例として、「エクス・ヴェチバー(Ex Vetiver)」ではハイチ、インド、インドネシアの3カ国から産地の異なるベチバーを調合している。「エクス(Ex)」はラテン語で「〜から派生した」を意味するという命名にも、素材へのこだわりと知的なユーモアが宿っている。

香水ラインナップ

「ジュリエットのエピソード」としてのコレクション

ジュリエット ハズ ア ガンのコレクションは、単なる香水の集合体ではなく、「ジュリエット」という一人の現代女性の多面的な側面を描く「ポートレート集」として設計されている。各香水は彼女の人生の「エピソード」であり、それぞれが独自の個性と物語を持つ。

創設期の2作:光と影

  • ミス・チャーミング(Miss Charming、2006年):モロッコローズ、ライチ、ストロベリー、ムスク。ジュリエットの無邪気でチャーミングな一面を表した、ブランドデビュー作のひとつ。
  • レディ・ヴェンジェンス(Lady Vengeance、2006年):ブルガリアンローズ、パチョリ、バニラ、アンブロキサン。「誘惑の術を心得た淑女の香り」。フランシス・クルジャンとの共作で、ブランドを代表するシグネチャー的存在となった。

革新の象徴:ノット ア パフューム

ノット ア パフューム(Not a Perfume、2010年) は、ジュリエット ハズ ア ガンのブランド史を語る上で欠かせない一作であり、同時代のニッチ香水界に衝撃を与えた問題作でもある。

その構成は極めてシンプル——香りを構成する香料は「セタロックス(Cetalox)」の一種類のみで、製品にはアルコールと水も含まれる。アンブロキサン(Ambroxan)と同系統のアンバー系香料だ。通常は香水のベースノートとして他の成分を支える脇役として使われるこの成分を、ロマーノはあえて主役の座に引き上げた。

「通常、調香においてはバックノートとして使われるこの成分を、今回初めて主役に抜擢することにした。なぜなら私の好きな成分のひとつだからだ。…結果はミニマル、エレガント、そして純粋」

— ロマーノ・リッチ

ブランドが「アレルゲンフリー」と説明し、つける人の体温や肌の状態によって香りの印象が変わると紹介されてきたことも、ユニークさに拍車をかけた。「これは香水ではない」という問いかけは、香水とは何か、という問い自体を喚起させる。

その後の展開

ノット ア パフュームの成功以降も、ラインナップは着実に広がっている。代表的なものを以下に整理する。

香水名リリース年主なノート
Miss Charming(ミス・チャーミング)2006ローズ、ライチ、ストロベリー
Lady Vengeance(レディ・ヴェンジェンス)2006ローズ、パチョリ、バニラ
Citizen Queen(シチズン・クイーン)2008アルデヒド、パウダー、アイリス
Not a Perfume(ノット ア パフューム)2010セタロックス(単一分子)
Gentlewoman(ジェントルウーマン)2015ラベンダー、ネロリ、ベルガモット
Mmmm…(マム)2016ラズベリー、キャラメル、バニラ
Vanilla Vibes(バニラ・バイブス)2019バニラ、シーソルト
Musc Invisible(ミュスク・アンヴィジブル)2020ムスク、コットン
Pear Inc.(ペア・インク)2021アンブロキサン、洋梨
Ex Vetiver(エクス・ヴェチバー)近年ベチバー(ハイチ・インド・インドネシア産)

「バニラ・バイブス(Vanilla Vibes)」については、ロマーノ自身がバーニングマンというアートフェスティバルからインスピレーションを受けたと語り、バニラにシーソルトを組み合わせることで甘くなりすぎないよう工夫したと明かしている。

「バニラで何か作りたいとは思っていたが、甘すぎる香りは好みではなかった。シーソルトを加えることで、バニラが過剰にならず、よりエレガントに仕上がった」

— ロマーノ・リッチ

ちなみに…

フェドーラ帽と祖父への敬意

ロマーノ・リッチのトレードマークといえば、フェドーラ(中折れ帽)だ。なんと15歳の頃から愛用しているという。本人によれば、それは「祖父への敬意と、1950〜60年代のエレガンスへのオマージュ」だという。

ニッチ香水のコンセプトストア「Nose(ノーズ)」を共同創業

2012年、ロマーノはマーク・バクストン(Mark Buxton)、シルヴィオ・レヴィ(Silvio Levi)、ニコラ・クルーティエ(Nicolas Cloutier)らとともに、パリにニッチ香水のコンセプトストア「Nose(ノーズ)」を共同創業した。2,500以上の香水を分析したデータを基にした「嗅覚診断(olfactive diagnosis)」システムを開発し、スタッフやiPad(アイパッド)・スマートフォンを通じて顧客に最適な香水を提案するという、当時としては先進的な試みだった。

ル・マン24時間レースに参戦したパフューマー

ロマーノは調香師である前に、筋金入りのレーシングドライバーでもある。2000年のル・マン24時間レースに父ジャン=ルイ・リッチとともに初参戦し、総合23位を記録した。2018年にも再びル・マンに出場しており、レーシングへの情熱はブランド創設後も衰えていない。

エルワン・クリードとの30年来の友情

フレグランス界の名門クリード(Creed)のエルワン・クリード(Erwin Creed)とは、幼い頃からの30年来の友人であるという。二人はともにフランスのフレグランス界の「サラブレッド」として、それぞれ独自の道を歩んでいる。

2011年フィフィ(FiFi)賞の受賞

2011年5月、フレグランス・ファウンデーション・フランス(French Fragrance Foundation)は、ロマーノ・リッチに「フィフィ・アワーズ(FiFi Awards)2011 スペシャル・プライズ・オブ・ザ・ボード(Special Prize of the Board)」を授与した。設立からわずか5年での受賞は、業界におけるブランドの急速な台頭を物語っている。

日本への上陸

ジュリエット ハズ ア ガンは2025年7月、日本に本格上陸した。

参考文献