気持ちのよい香りがする店では、買い物も弾むのでしょうか。もしそうだとしても、香りが快ければ何でも同じなのか、それとも商品に似合う香りであることが大切なのか。2021年に発表されたJasper H. B. de Grootの研究は、この違いを実際の中古衣料店で調べました。
研究者が目指したのは、店の売上を増やす方法を探すことだけではありません。衣料品の再利用を後押しする環境づくりに香りを使えるか、さらに香りから支出につながる道筋が、気分の変化なのか、清潔さなどの意味の連想なのかを理解しようとしました。
中古衣料店で、2種類の香りと普段の店内臭を比較
舞台はオランダ・ユトレヒトの中古衣料店1店舗です。研究期間は7週間で、最初の1週間は香りを追加せず普段の店内臭のまま、次の2週間はフレッシュリネン香、1週間を空けた後の3週間はバニラ・サンダルウッド香を使いました。来店客ごとに香りを無作為に割り当てたのではなく、週を区切って順番に切り替えています。
フレッシュリネン香は、清潔な洗濯物を連想させる香りとして選ばれました。別の22人による予備試験では、好ましさと清潔さの連想の両方が高く評価されています。バニラ・サンダルウッド香は、快さを比べるための対照でした。こちらについて同じ実験室での予備試験は行われていません。
香りは入口近くのディフューザーから店内に広げられました。店員には研究の仮説を知らせず、普段どおり接客してもらい、買い物を終えた客に任意のアンケートを依頼しました。尋ねたのは購入金額、気分、店・商品・店員への評価などです。
回答したのは18~65歳の57人で、女性53人、男性4人。リネン香の期間が21人、バニラ・サンダルウッド香が19人、普段の店内臭が17人でした。回答率は16.8%で、支出の比較は購入者のうち回答した人が申告した金額に基づきます。
リネン香の期間は、回答者の支出が高かった
1人当たりの平均申告額は、リネン香の期間が10.36ユーロ、普段の店内臭では5.76ユーロ、バニラ・サンダルウッド香では6.72ユーロでした。リネン香は両方の対照より有意に高く、バニラ・サンダルウッド香と普段の店内臭の間には有意差がありませんでした。
リネン香の平均額は普段の店内臭の約1.8倍ですが、店舗全体の売上が1.8倍になったことを示す数字ではありません。購入者の一部から集めたアンケートの平均だからです。来店者に占める購入者の割合についても補助的な集計はありましたが、日数が少なく正式な統計検定は行われていません。
では、リネン香の方が単に好ましかったのでしょうか。店内でにおいに気づき、香りの評価をした27人に限ると、好ましさはリネン香が7点中5.43、バニラ・サンダルウッド香が5.46で、ほぼ同じでした。全回答者が香りを採点したわけではありませんが、得られた評価からは、支出の差を快さの差だけで説明するのは難しそうです。
「気分がよくなるから買う」は確認できたか
リネン香の期間は、普段の店内臭と比べて、気分と店の評価も高くなっていました。しかし、気分がよくなり、そのために支出が増えるという経路は、最初に立てた仮説に沿う解析では統計的に支持されませんでした。店の評価が上がることを通じて支出につながる経路も、この解析では有意になりませんでした。
そこで研究者は、データに合う関係を探す追加の探索的な解析を行いました。そのモデルでは、リネン香から店の評価へ、店の評価から支出へというつながりが示されました。一方、気分を介する支出への経路は、ここでも支持されませんでした。
重要なのは、この追加解析では、香りから支出への直接の経路をモデルに含めていないことです。最初の解析とは前提が異なるため、「店の評価が支出増加の原因だ」と確定したわけではありません。著者はこの結果を、より多くの人を対象とした実験で確かめる手がかりとして位置づけています。
香りの意味と、買い物の場面が合うこと
著者の中心的な解釈は、清潔な洗濯物を思わせる香りが、中古衣料に求める品質と結びついた可能性です。別の79人への予備調査では、中古衣料を買う際の判断材料として、衛生面は傷みの少なさに次いで重視されていました。そこでリネン香が、店や品物を安心して選べそうだという評価に関わったのではないかと考えています。
この研究では、頭の中で「清潔」という概念が活性化したことを直接測ってはいません。それでも、同程度に快いと評価された対照香では同じ支出の増加が見られず、探索的な解析では気分より店の評価を通る関係が見えたことが、この解釈の根拠です。香りの心地よさに加えて、その香りがその場所で何を意味するかに目を向けた点に、研究の面白さがあります。
香りから連想することは、経験や文化によって違います。洗い立ての衣料を思わせる香りが、この中古衣料店では意味を持っても、別の商品、別の店、別の客層で同じように働くとは限りません。
実店舗だからこその限界と、使い方の課題
実際の買い物の場を調べた一方、条件を週ごとに固定順で切り替えたため、香り以外の時期ごとの違いを完全には取り除けません。天候と申告額の有意な相関はなく、曜日を考慮しても香り条件の差は残りましたが、それだけでほかの要因をすべて除外できるわけではありません。滞在時間も記録されていませんでした。
回答者は少数で、女性と中古衣料店をよく利用する人に偏っていました。約6人に1人しか回答しておらず、店に好意的な人が答えやすかった可能性もあります。気分や店の評価を測る質問も短く、解析前にまとまりのよくない項目を除いており、仕組みの結論には慎重さが必要です。
持続可能性についても、この実験が直接測ったのは中古衣料店での支出です。新品から中古へ選択が切り替わったのか、衣服の購入総量や環境負荷が減ったのかは調べていません。中古衣料の利用を促す手がかりとして期待できても、環境上の利益が実証されたとまでは言えません。
著者は香りを使う側の倫理にも触れています。店内に拡散された香りは、その場にいる人が避けにくいためです。気分のよい空間づくりだけでなく、支出を促す目的で使うなら、その働きかけを客に知らせることや、本人の価値観に合う選択かどうかも考えるべきだと論じています。
まとめ
この中古衣料店では、フレッシュリネン香の期間に、アンケート回答者の平均申告額が高くなりました。同程度に快いと評価されたバニラ・サンダルウッド香では、普段の店内臭より高い支出は確認されませんでした。
著者がここから導いたのは、香りは快さだけでなく、店や商品に結びつく意味を通じて買い物に関わるかもしれない、という見方です。仕組みの証拠はまだ探索的ですが、清潔さが大切な中古衣料の場でリネン香が働いた可能性は、香りと空間の相性を考える具体的な手がかりになります。持続可能な選択を支えるために使うなら、その効果を確かめる研究と、客自身の選択を尊重する工夫が必要です。
参考文献
de Groot, J. H. B.(2021). Smells in Sustainable Environments: The Scented Silk Road to Spending. Frontiers in Psychology, 12, 718279. DOI: 10.3389/fpsyg.2021.718279 · 原著全文。
原著:© 2021 de Groot. CC BY 4.0。研究はNWOのVeni助成を受け、ScentAirが香料を無償提供し、ディフューザーを設置しました。著者は利益相反なしと申告しています。


