汗をかいた服をしばらく干しておくと、においが気にならなくなることもあれば、翌日まで残ることもあります。こうした違いには、繊維がにおい成分を受け取り、その後空気へ放つ仕組みが関わっているのでしょうか。
2024年、Rachel H. McQueenらは、におい成分を加えた人工汗に6種類の繊維の糸束を浸し、そこから空気へ出てくる成分を調べました。研究の狙いは、素材を「においやすい順」に並べることだけではありません。体から服へ移るときに重要な、液体の汗を経由したにおい成分の移動を、実験で扱えるようにすることでした。
空気から付くにおいと、汗で移るにおい
服のにおいを調べる実験では、空気中の成分を布に触れさせ、どれくらい取り込むかを測る方法がよく使われます。しかし肌に接する服には、液体の汗とともに成分が移ります。水に溶けた成分が繊維を選ぶときと、空気中から付くときとでは、同じことが起きるとは限りません。
そこで研究者は、綿、マーセライズ綿、ビスコース、羊毛、ナイロン6.6、ポリエステルを比較しました。マーセライズ綿は、処理によって繊維の形や吸水性を変えた綿、ビスコースはセルロースを原料とする再生繊維です。織り方の影響をなるべく切り離して繊維の違いを見るため、布を糸へほぐし、乾燥重量1グラム相当の束にして使いました。
人工汗に加えたのは、体臭や洗濯物のにおいに関係する9種類の揮発性有機化合物です。ケトン類4種類、アルデヒド類2種類、カルボン酸類3種類を選びました。糸束をこの溶液に約30分接触させた後、余分な液体を除き、瓶の中につるしました。
測定したのは、処理後30分、3時間、24時間に、糸束の上の空気へ出てきた成分です。測定の間は瓶のふたを外して、ドラフト内で乾燥・放散させました。各測定前には30分間ふたをして空気中の成分をため、PTR-MSという質量分析装置で検出しています。人が服を着てにおいを採点した試験ではありません。
最初に多く出す素材が、翌日も多いとは限らない
30分後、多くのケトン類やアルデヒド類は、綿・マーセライズ綿・ビスコースよりも、羊毛・ナイロン・ポリエステルの上の空気で高い検出値を示しました。とくにナイロンは高い平均値を示すことが多く、たとえば2-ヘキサノンでは、セルロース系の3素材より多く検出されました。ただし、羊毛やポリエステルとの差まで、すべて統計的に明確だったわけではありません。
その順位は時間とともに変わりました。羊毛から出るケトン類は速く減り、3時間後には、ジアセチルを除く3種類でセルロース系素材と有意な差がなくなりました。24時間後には、4種類のケトン類はいずれもポリエステルで平均値が最も高くなっていました。アルデヒド類でも、24時間後はポリエステルで高い値が見られました。
ここで大切なのは、ポリエステルがすべての成分で、ほかのすべての素材より有意に高かったわけではないことです。たとえば24時間後の2-ブタノンでは、素材間の差は統計的に明確ではありませんでした。それでも、初期にはナイロンや羊毛で高かった検出値が大きく下がる一方、ポリエステルでは後まで放出が続くという時間経過が見えてきました。
におい成分なら、何でも同じ動きではない
同じケトン類でも、ジアセチルは例外でした。30分後と3時間後には、素材間に有意な差が見られませんでした。著者らは、ジアセチルがほかのケトン類より水やセルロースと相互作用しやすい性質をもつことを、違いを説明する要因に挙げています。
カルボン酸類も、ケトン類やアルデヒド類とは異なりました。30分後から3時間後にかけて、検出値の変化が比較的小さく、セルロース系とポリエステルの差もそろいませんでした。3時間後には羊毛で3種類の酸の検出値が最も低く、ほかの素材との差が見られました。
著者らは、酸が水の中でどんな状態になるか、糸束がまだ湿っているかどうかも、空気へ出る量に関わると考察しています。同じ素材でも、におい成分の性質が違えば、取り込まれ方と放出のされ方は変わるのです。
綿は水を選び、ポリエステルは疎水性の成分を受け取る?
セルロース系素材で初期の検出値が低かった理由として、著者らは、におい成分を最初に取り込む量が少なかった可能性を挙げています。セルロースは水を取り込みやすいため、汗のような水溶液では、水とのなじみが悪い成分より水を優先して取り込みやすい、という説明です。
一方、ポリエステルは水をほとんど取り込まず、水になじみにくいケトンやアルデヒドが表面に付きやすいと考えられます。ナイロンには水となじむ部分と、そうでない部分があり、羊毛にはさまざまな分子と相互作用できる部位があります。これらの違いが、初期の取り込みと、その後の放出の差に関わると著者らは解釈しました。
ただし今回直接測ったのは、糸束から空気へ出てきた成分の信号です。繊維の中に残る総量をすべて取り出して測ったわけではありません。空気中の量が少ない理由には、最初から取り込みが少ない場合だけでなく、繊維に強く結びついて出てこない場合もあります。著者ら自身も、羊毛などに結びついて残った成分は、鼻へ届く形では放出されない可能性を指摘しています。
干すとにおいが減る仕組みへの手掛かり
初期に多く出ていた成分が、その後は少なくなる。この結果から著者らは、風にさらすことによって放出されるにおいを減らす効果は、ポリエステルより羊毛やナイロンで得やすい可能性を提案しました。また、セルロース系の衣服が着用後に比較的においにくいとすれば、水を介して移る疎水性成分を初めから取り込みにくいことが、一つの理由になり得るとしています。
これは実際の衣服の消臭効果や、必要な干し時間を決めた結果ではありません。実験は人工汗と洗浄した糸束の組み合わせで、着用中の摩擦や圧迫、布の構造、微生物による新たなにおいの生成、洗濯後の変化を再現していません。人工汗は室温の約20℃、pHは4.3で、実際の肌の温度やわきの条件とも違います。人が感じるにおいの強さや快・不快、香水の持続性も直接は分かりません。
まとめ
汗のにおい成分は、素材に一度付いたら同じように残るわけではありません。今回の実験では、液体の汗からの取り込み、乾いていく間の放出、成分と繊維の結びつきが重なり、30分後と24時間後で素材の見え方が変わりました。
この研究の意義は、服のにおいを考えるときに「何の繊維か」だけでなく、「どんな成分が、水と一緒にどう移ったか」を組み込んだことです。そこから、セルロース系素材が取り込みを抑えやすい理由や、羊毛・ナイロンとポリエステルで干した後の放出が違う理由を説明する道筋が生まれました。実際の服での感じ方を確かめるには、この化学的な違いを、着用条件や人の嗅覚評価へつなぐ研究が必要です。
参考文献
McQueen, R. H., Eyres, G. T., & Laing, R. M.(2024). Textile sorption and release of odorous volatile organic compounds from a synthetic sweat solution. Textile Research Journal, 94(21–22), 2392–2405. DOI: 10.1177/00405175241249462 / 原著全文。
原著:© The Author(s) 2024. CC BY-NC 4.0。


