施設全体にこもっているように感じる尿臭でも、発生源は特定の場所にあるかもしれません。福島県の一つの介護施設を調べた研究では、ポータブルトイレの底やベッド下のカーペットなどを発生源として特定し、そこへの清掃・除菌を一年間続けた後、局所のにおいと施設職員による臭気評点が低下しました。
研究の中心は、消臭剤を空間に置くだけの対策ではなく、どこでにおいが生まれているかを、人の鼻、化学分析、菌の検査から調べることです。原因を探す方法と、その結果を日々の作業につなげた経過の両方が報告されています。
まず、どこがどんなにおいなのかを調べる
対象は築約20年の介護老人保健施設です。家族からにおいに関する声が寄せられたことをきっかけに、施設職員と研究者が共同で取り組みました。すでに空気清浄機の設置や、年二回の専門業者によるカーペット洗浄は行われていました。
職員には、施設内の四か所について、においの強さを0〜5の六段階で評価してもらい、尿、便、汗など、どのようなにおいかも複数選択で尋ねました。尿臭という回答が多く、最も強く評価されたのは病院側通用口の手前でした。
さらに、臭気判定士2人を含む専門パネル3人が施設内を調べ、強さを平面図上に可視化しました。廊下を進むにつれてにおいが強くなり、付近の居室を詳しく調べると、ベッド下のカーペット、尿石が付着したポータブルトイレの底、一部のベッドシーツに、強い尿臭と尿染みが認められました。
部屋や廊下のにおいだけでなく、局所へ近づいて発生場所を探した点が、この研究の出発点です。入居者が不在の時間に調査し、公表するデータと居室番号を対応させないなど、プライバシーにも配慮しています。
アンモニアより、p-クレゾールが手掛かりになった
尿臭というとアンモニアを連想しがちですが、今回の予備測定では、夜間に使われたポータブルトイレの尿を混ぜた試料から、検知管の検出限界を超えるアンモニアは測定されませんでした。この施設、この採取条件での結果です。
一方、空気を吸着管で集めてGC/MSで分析すると、フェノール類、脂肪酸類、アルデヒド類、インドール類などが検出されました。特に、フェノール化合物の一つであるp-クレゾールの濃度が、人によるにおいの強さとよく対応していました。
相関係数は、施設内外の空間四地点で0.89、発生部位四地点で0.93でした。少数地点の比較なので、これだけで全ての尿臭の原因を一物質に確定はできませんが、今回の発生源探索では有用な指標になりました。
例えば、尿石が付いたポータブルトイレから捕集したp-クレゾールは、尿石のほとんどないものの約10倍でした。尿臭のあるカーペットの部分は、尿臭のない部分の約7倍です。空間全体の調査を、汚れのある具体的な場所へ結びつける結果です。
においを作る過程に関わる菌も探す
尿には、そのままでは揮発しにくい形で存在する、におい物質の前駆体があります。研究で注目したのは、こうした抱合体を分解できる酵素、β-グルクロニダーゼです。菌がこの酵素活性を持つと、尿由来の前駆体からp-クレゾールなどが遊離する経路に関わり得ます。
研究者たちは、拭き取り試料を培養し、β-グルクロニダーゼ活性があるコロニーを色の変化で数えました。尿石のあるポータブルトイレの底からは、水洗後でも多くの活性菌が検出されました。乾いたカーペットや、比較的乾いていたシーツの尿臭部分にも活性菌が存在していました。
代表的なコロニーの遺伝子配列を調べると、ポータブルトイレでは大腸菌、カーペットでは腸球菌の一種、シーツでは別の複数の菌が同定されました。同じ尿臭でも、場所ごとに関わる菌が異なる可能性があります。これはにおいの発生に関する環境調査で、利用者の感染症を診断した結果ではありません。
発生源に合わせた作業を一年間続ける
発生源が見えてきた後、カーペットの尿臭部分の洗浄と除菌、ポータブルトイレの底の清掃・除菌と汚れの再付着を抑える作業を、職員の日常業務に組み込みました。複数の市販洗浄・除菌製品を部位に応じて使った対策で、特定の一成分だけを比較する実験ではありません。空気清浄機の追加や運転時間の延長は行っていませんでした。
一年後、尿石のあるポータブルトイレの局所の臭気強度は4.5から2.0へ、尿臭のあったカーペット部分は4.0から1.5へ下がりました。両方の場所でβ-グルクロニダーゼ活性菌は検出限界以下となり、p-クレゾールの指標値も低下しています。
なお、この前後比較のp-クレゾールは、各測定時の施設外の濃度を1とした相対値です。トイレでは26から1、カーペットでは7から1.5になっています。施設外の濃度を基準にそろえた値なので、単純に臭気の総量が同じ倍率で減ったという意味にはなりません。
施設内の評価も下がったが、残るにおいがあった
職員による調査は、対策前52人、対策後31人と報告されています。対策前の別の図には54人という記載もあるため、ここでは前後比較の図9と方法欄に従います。同じ職員の回答を一対一で対応させた比較とは確認できません。
最もにおいが強かった病院側通用口の手前では、平均の臭気強度が3.0から2.0へ有意に低下しました(p=0.002)。サービスステーション付近でも評点は有意に低下しています(p=0.03)。一方、玄関は1.4から0.9へ下がる方向でしたが、通常の5%基準で有意差には達していません(p=0.06)。施設内のどの場所でも同じ確かさで改善した、とひとまとめにはできません。
発生源付近には、対策後もにおいが残っていました。著者らは尿を集めるバッグからのにおいを一因に挙げ、その後の追加対策も持続的な効果は限られていたと報告しています。それでも、施設職員は取り組みを続け、著者らは低臭気の環境が維持されたと述べています。検査結果の可視化が継続の動機づけになったという解釈も示していますが、作業負担や意欲を別の尺度で検証した研究ではありません。
一施設の前後比較で対照施設がなく、清掃、除菌、汚れを防ぐ作業を併用しています。そのため、変化のどこまでが各対策によるものかを個別には分けられません。ここでの価値は、発生源を探して対策する一連の方法が、局所と周囲のにおいの低下につながる可能性を示したことにあります。
まとめ
この施設では、強い尿臭の手掛かりが、ポータブルトイレの底やカーペットなどの特定部位に見つかりました。p-クレゾールの濃度と、臭気前駆体の分解に関わる酵素活性菌の検査を、人の嗅覚評価と組み合わせて発生源を絞っています。
その場所への対策を一年間続けると、局所のにおい・活性菌・p-クレゾール指標が低下し、最も臭気の強かった地点の職員評点も3.0から2.0へ下がりました。空間全体に染みついたように感じるにおいでも、具体的な発生源へ目を向けることが、改善の出発点になり得ると示した研究です。
研究当時、著者5人は花王または花王プロフェショナル・サービスに所属していました。確認した原著には、独立した研究資金と利益相反の声明は見当たりません。
参考文献
石田浩彦、田添由起、森一郎、山田達也、松房弘子.尿臭の発生源に着目した介護施設内全体の臭気の低減について.におい・かおり環境学会誌.2018;49(2):129–138.doi:10.2171/jao.49.129.


