ある香りを「元気が出る」と表現する人もいれば、「懐かしい」「祈りを思い出す」と表現する人もいます。香りが呼び起こす気持ちは、好き・嫌いの二つだけでは収まりません。
2011年の研究は、英国のリバプールとシンガポールで、香りに伴う気持ちを答えるための尺度を作り、スイスのジュネーブで先に作られた尺度と比較しました。三つの地域に共通する気持ちのまとまりと、その土地の暮らしを映すような違いが見えてきました。
香りの気持ちを、どんな言葉で測るか
研究の中心は、香りが人の気持ちをどう変えるかを調べる際の「ものさし」を作ることです。快い・不快、興奮する・落ち着くといった少数の軸だけでは、香りの経験を十分に表せない可能性がありました。
先行研究では、ジュネーブのフランス語話者を対象に、香りに関する感情の自己報告尺度GEOSが開発されていました。今回の研究者は同じ手順をリバプールとシンガポールで実施し、それぞれに適した尺度LEOS、SEOSを作りました。
そのうえで、言葉のまとまり方が地域を越えて共通するか、地元で作った尺度がその地域の回答をよりよく説明するかを検討しています。実際の香りを嗅いだ人が、自分の経験を言葉で報告する研究です。
480語を出発点に、三段階で絞り込む
最初の段階では、感情に関する480語について、「過去に香りを嗅いで経験した気持ちを表すのにふさわしいか」を評価してもらいました。参加者はリバプール148人、シンガポール105人。理解されにくい語、関連が低い語、重複する語を減らし、それぞれ79語と81語に絞りました。
次の段階では別の参加者が実際に香りを嗅ぎ、そのときの気持ちをこれらの語で評価しました。リバプール41人、シンガポール38人が、24種類の香りから分けられた14種類ずつを嗅いでいます。
研究者は、一緒に高く評価されやすい言葉を統計的にまとめました。たとえば「活力がある」「リフレッシュした」が似た動きをすれば、共通する気持ちの軸を表していると考えられます。こうした分析と回答の一致度から、最終的な語数をリバプール37語、シンガポール36語にしました。
最後に、博物館や科学館で募った一般の参加者で構造を検証しました。人数はリバプール351人、シンガポール211人です。全体の香りのセットは56種類と59種類ですが、一人が嗅いだのは7〜8種類。シンガポールには、土地で身近なパンダン、しょうゆ、ココナツの香りも追加しました。
比較に使ったジュネーブのデータは先行研究のもので、各段階に220人、37人、210人が参加していました。三段階は、同じ人をずっと追い続けた調査ではなく、別の集団で選定と検証を進めています。
三つの地域に共通した、四つの気持ち
リバプールとシンガポールでは、それぞれ七つの軸を持つモデルが、快・不快だけ、あるいは快・不快と覚醒の程度で整理するモデルよりも、回答にうまく合いました。先行するジュネーブの尺度は六つの軸です。
三地域に共通して現れたのは、「嫌悪」「幸福・心地よさ」「官能・欲求」「活力」の四つでした。含まれる言葉は完全には同じでなくても、大きなまとまりに共通性がありました。
具体的には、グレープフルーツやマンダリンなどの柑橘、ペパーミントやユーカリの香りは、活力の評価が高い側にありました。甘い香り、とくにイチゴは、幸福・心地よさと結びついていました。嫌悪の側では、シベットや汚れた靴下を思わせるにおいが目立ちました。
ただし、同じ嫌悪の軸があっても、すべての香りへの反応が一致するわけではありません。ドリアンの香りは欧州の二標本で嫌悪の評価が高かった一方、シンガポールでは同じ傾向ではありませんでした。気持ちを整理する枠の共通性と、個々の香りへの反応は、分けて考える必要があります。
懐かしさ、お香、食欲。暮らしが見える違い
ジュネーブとリバプールには、共通して「安らぎ・穏やかさ」の軸がありました。ただし、リバプールでは夢見心地や眠気のような語も入り、同じ名前の軸でも中身には違いがありました。
リバプールでは、さらに「懐かしさ」と「空腹・渇き」が独立したまとまりになりました。懐かしさは、花の香りや、アニス、イチゴなど菓子を思わせる香りに関連していました。研究者は幼少期の記憶とのつながりを推測していますが、個々の記憶の内容を実証した結果ではありません。
シンガポールでは「知的な刺激」「宗教的・精神的な感覚」「否定的な気持ち」という軸が現れました。宗教的・精神的な感覚との結びつきが強かったのは、お香や木質系の香りです。木質香料をお香と受け取る回答も多く、寺院や祈り、瞑想などを挙げる人がいました。
ジュネーブには、懐かしさ、楽しさ、唾液が出る感じを含む「感覚的な喜び」というまとまりがありました。リバプールの懐かしさと一部重なるため、地域ごとに付いた軸の名前だけを見るより、実際にどんな語が入っているかを見ることが大切です。
地元の尺度が有利。ただし、共通語では別の結果
研究の重要な検証は、作った尺度をほかの地域のデータに当てはめることでした。各地域で使った言葉を広く残して比較すると、その地域で作った構造が、ほかの地域の構造よりもよく回答を説明しました。土地に即した言葉や整理の仕方を使う利点が示されました。
一方、三地域に共通する21語だけに絞って比べると、ジュネーブ型のモデルが三地域すべてで最もよい適合を示しました。この比較には、比較用にジュネーブの語をほかの地域へ追加した影響も考えられます。
二つの結果を合わせると、共通の短い尺度で地域をまたいだ比較をする道もあり、土地に固有の細かな経験まで捉えたい場合には地域別の尺度が役立つ、ということになります。「どこでも一つで十分」「地域を越える比較はできない」のどちらかに決める結果ではありません。
尺度の違いを、国民性に置き換えない
今回の対象は各国の一都市で、参加者には女性が多く、シンガポールの標本は79%が中国系でした。ジュネーブではフランス語、ほかの二地域では英語を使い、同じ語でも意味の幅が違う可能性があります。提示した香りへの馴染みや好みも、地域間でそろっていませんでした。
また、ある気持ちが独立した軸として現れなくても、その地域の人がその気持ちを経験しないとは言えません。別の軸に含まれたり、今回の香りや語の選択では目立たなかったりすることがあります。
それでも、香りを評価する質問の作り方自体が、何を見つけられるかに関わるという示唆は実用的です。「好きですか」だけでなく、懐かしさ、活力、落ち着きなど、その人の経験に合う言葉を用意することで、香りの受け取られ方をより細かく捉えられます。
まとめ
香りに伴う気持ちには、三地域で共通する嫌悪、幸福・心地よさ、官能・欲求、活力のまとまりがありました。同時に、懐かしさやお香に結びつく精神的な感覚など、地域の経験が見える違いもありました。
研究は、それを測る二つの自己報告尺度を開発し、地域に合わせる利点と、共通語で比較する可能性の両方を示しました。香りの気持ちを理解するには、香りだけでなく、それを語るための言葉にも目を向けることが大切です。
研究はFirmenichおよびスイス国立科学財団が支えるNCCR Affective Sciencesの資金を受けています。共著者にFirmenichの所属者が含まれます。
参考文献
Ferdenzi C, et al. (2011). Affective Dimensions of Odor Perception: A Comparison Between Swiss, British, and Singaporean Populations. Emotion, 11, 1168–1181. 原著論文


