鳩居堂(きゅうきょどう/KYUKYODO)|薬種商から宮中伝来の合せ香へ、京都と東京に続く香りづくり

鳩居堂「六種の薫物」の箱と色とりどりの線香を配したブランド記事用生成イメージ。

あくまでも店はお客様や世間からの預かり物である

熊谷道明(東京鳩居堂)

京都・寺町通と東京・銀座に店を構える鳩居堂。1663年に開かれたのは、香の専門店でも書画用品店でもなく、漢方薬の原料などを扱う薬種商であった。

薬の材料を扱う商いから、薫香や線香の製造へ。中国との交易から、筆や墨、紙の世界へ。そして明治時代には、宮中で受け継がれてきた合せ香の処方を託されることになる。

その歩みを支えてきたのが、熊谷家である。文人たちとの交流、社会奉仕への取り組み、宮中との関わり。こうした出来事が、鳩居堂の商いに新たな役割を加えていった。

基本情報

  • 名称:鳩居堂(KYUKYODO)
  • 読み方:きゅうきょどう
  • 創業:1663年(寛文3年)
  • 創業者:熊谷直心(くまがい・じきしん)
  • 創業地:京都・寺町、本能寺門前
  • 東京進出:1880年(明治13年)
  • 主な事業:薫香・線香・煉香などの香製品、書画用品、和文具
  • 公式サイト:鳩居堂

京都鳩居堂と東京鳩居堂は、共通の創業の歴史を持つ。現在は販売を担う別法人として事業を営み、香をはじめとする製品の製造は、京都の鳩居堂製造株式会社が担っている。

創設者とブランドの成り立ち

1663年、熊谷直心が京都で始めた薬種商

鳩居堂の創業者、熊谷直心は、源平合戦で知られる武将・熊谷直実から数えて20代目にあたると伝えられる人物である。

当時の薬種商は、中国などから取り寄せた植物や樹脂、木材に由来する素材を扱っていた。その中には、香を調合するための原料と共通するものが少なくなかった。

例えば龍脳は、清涼感のある芳香を持ち、伝統的な香づくりにも用いられてきた素材である。丁字や桂皮なども、用途によって薬種と香料の両方に関わる。

「鳩居堂」という屋号と熊谷家の家紋

鳩居堂という屋号は、儒学者・室鳩巣(むろきゅうそう)が命名したと伝えられている。

由来は、中国の古典『詩経』の「召南」に収められた一節「維鵲有巣、維鳩居之」にある。カササギの巣に鳩が住むという内容で、鳩居堂では、店を自分たちだけの所有物と考えず、世間から預かったものとして守る姿勢に重ねている。

屋号には、室鳩巣の名と、熊谷家の家紋である「向かい鳩」とのつながりもある。

薬の原料から薫香・線香の製造へ

鳩居堂が薫香や線香の製造を始めたのは、1700年代とされる。

薬種の原料と香料に共通点があったことから、薬のために扱っていた素材を、香りを楽しむためにも用いるようになった。

薫香とは、香木や香料を焚いたり温めたりして、その香りを楽しむものである。線香は、香料を細長く成形し、火をつけて焚く形態を指す。

中国からの輸入と、頼山陽による筆墨の改良

鳩居堂は薬種の原料を中国から輸入する一方、書画に使う筆や墨、紙なども取り寄せるようになった。

その背景には、中国との交易に加え、学者や書家といった顧客との関係があった。薬種や香料を中国から仕入れていることを知った人々から、書画用品も取り寄せてほしいという声が寄せられたのである。

鳩居堂はやがて輸入品を販売するだけでなく、筆や墨そのものの改良にも取り組むようになった。

その仕事を支えた人物の一人が、江戸時代後期の儒学者・文人である頼山陽だった。

1800年代初期、鳩居堂は頼山陽の指導を受けながら筆や墨の改良を重ねた。望む品質の品が完成すると、頼山陽は「筆研紙墨皆極精良」と揮毫したという。筆、硯、紙、墨のいずれも優れた品質であると、その出来栄えをたたえる言葉だった。

鳩居堂の歴史には、池大雅や田能村竹田といった文人との関わりも残されている。

熊谷直恭・直孝の社会奉仕と宮中との関わり

鳩居堂の歴史には、商いの発展と並んで、熊谷家による社会奉仕の歩みがある。

4代目の熊谷直恭は、文人たちとの交流を深める一方、天然痘の予防接種を行う種痘所の設置や、コレラ対策などに取り組んだ。

直恭は1859年、自らもコレラに感染して亡くなったと伝えられる。

7代目の熊谷直孝も教育事業などに関わった。こうした貢献を認められ、8代目の直行が1877年に三条実美から合せ香の秘方を託されたと、鳩居堂の沿革は伝えている。

1877年、三条実美から受け継いだ宮中の合せ香

三条実美から鳩居堂へ伝えられたのは、宮中で長く受け継がれてきた合せ香の処方である。

合せ香とは、複数の香料を組み合わせ、一つの香りとして仕立てる技法、またはその香りを指す。

平安時代の貴族たちは、香料を調合した薫物を衣服に焚きしめたり、室内で香らせたりして楽しんでいた。香りは日々の暮らしだけでなく、季節を表現し、人々が香りの出来栄えを競う文化とも結びついていた。

鳩居堂の公式沿革によれば、三条家から伝授されたのは、900年にわたって伝承されてきた宮中御用の合せ香の秘方であった。

もともと薬種商として始まった鳩居堂は、すでに1700年代から薫香や線香を作っていた。そこへ宮中伝来の処方が加わったことにより、香づくりの歴史は新たな段階を迎えた。

1880年、宮中御用のため東京・銀座へ

合せ香の秘方を受け継いだ3年後の1880年、鳩居堂は東京に出張所を開設した。

場所は銀座尾張町、現在の銀座5丁目にあたる。木造平屋建ての建物が、東京における最初の拠点となった。

東京へ進出したのは、宮中の御用を務める必要があったためである。明治維新によって政治の中心が東京へ移ったことが、京都の商家にも新たな拠点を求めた。

銀座の鳩居堂も、京都で始まった熊谷家の商いを受け継いでいる。東京鳩居堂の熊谷道明は、銀座の店について語る中で、京都を本家とし、自身の祖父が次男として分家したことを説明している。

1942年の法人分割と京都・東京の鳩居堂

1942年、それまで個人組織だった鳩居堂は、三つの法人に分けられた。

製造部門を担う鳩居堂製造株式会社、販売部門の株式会社京都鳩居堂、株式会社東京鳩居堂である。

これにより、京都と東京は同じ創業の歴史を持ちながら、それぞれ販売を担う体制となった。

京都鳩居堂の熊谷直久によれば、現在も製品づくりは京都で行われ、専門会社である鳩居堂製造が製造を担っている。京都と東京の店舗は、姉妹会社のような関係にあるという。

ブランドのこだわり

宮中伝来の合せ香と六種の薫物

鳩居堂の香りづくりを特徴づけるものの一つが、宮中伝来の合せ香である。

合せ香では、香木や植物、樹脂などに由来する複数の香料を組み合わせ、一つの香りを作り上げる。

その伝統を知る手がかりとなるのが、「六種の薫物(むくさのたきもの)」である。

六種の薫物には、黒方(くろぼう)、梅花(ばいか)、荷葉(かよう)、菊花(きっか)、侍従(じじゅう)、落葉(らくよう)の六つがある。

例えば「梅花」は梅の花を題材とする薫物である。花から採った香料をそのまま用いるという意味ではなく、複数の香料を組み合わせることで、その花を思わせる趣を表現する。

「荷葉」は蓮に結びつく名を持つ。一方、「黒方」は慶事にも用いられ、四季を通じて親しまれてきた薫物である。

煉香からスティックへ、六種の香りを伝える形

六種の薫物のような伝統的な合せ香は、煉香という形で楽しまれてきた。

煉香は、さまざまな香料を練り合わせ、小さな粒状に仕立てたものである。線香のように直接火をつけるのではなく、香炉で間接的に熱を加えて香りを立たせる。

鳩居堂は、伝統的な煉香のほかに、六種の薫物をスティック型のお香としても製品化している。

公式に紹介されている「六種の薫物」のスティックは、三条実美から伝授された名香を、現代の暮らしでも焚きやすい形に仕立てたものである。

煉香は香炉で間接的に温めるのに対し、スティック型は火をつけて香りを立たせる。香りの由来を受け継ぎながら、楽しむための道具や方法を変えた例といえる。

香木や植物、樹脂を組み合わせる調香

鳩居堂が伝統的な香りづくりに用いる原料には、伽羅、沈香、白檀といった香木のほか、丁字、桂皮、甘松、龍脳などがある。

白檀は木そのものが芳香を持つ香木であり、沈香は樹木の内部に形成された樹脂を含む部分が香料として用いられる。伽羅は沈香の中でも特別なものとして珍重されてきた。

丁字や桂皮などは、香辛料としても知られる植物由来の素材である。龍脳は、すっと鼻に抜けるような清涼感のある芳香を持つ。

調香師の経験と、製造工程の改良

宮中伝来の処方を受け継ぐ鳩居堂では、経験豊かな調香師が調香を担っている。

製造では手作業を続ける一方、コンピューターを用いた工程も取り入れてきた。

1995年には鳩居堂製造の新工房が完成し、伝統的な手作業とコンピューター工程を組み合わせる体制が整えられた。

その考え方は、京都鳩居堂の代表取締役社長、熊谷直久の言葉にも表れている。

残しながらつくり続けることに、私どもは大きな意味があると感じています。

熊谷直久(京都鳩居堂)

熊谷は、筆や木版刷りをはじめとする手仕事を文化として残すことを大切にしながら、時代に合わせた需要を生み出す必要性も語っている。

例えば、かつては読経の間に焚くため長かった線香も、火元への不安など、使う人の声を受けて短い形が生まれてきたという。

西洋の花や森の香りと、香料メーカーとの協働

伝統的な香りを受け継ぐ一方で、西洋の花や森を思わせる香りを取り入れた製品も作っている。

こうした現代的な香りについては、香料メーカーとの協働も行ってきた。

東京鳩居堂の熊谷道明は、アロマ関連の商品を開発する際にも、従来の鳩居堂の香りとの関係を意識していた。

アロマは、それまでの鳩居堂のイメージとは異なるとして、社内でも賛否があったという。そこで、長くお香に用いられてきた白檀を題材とするなど、伝統的な香りから離れすぎないよう工夫した。

匂い袋とサッシェイ、火を使わずに楽しむ香り

匂い袋は、香料そのものから立ち上る香りを楽しむもので、線香や煉香とは異なり、燃焼や加熱を必要としない。

京都鳩居堂では、現代の生活に合わせた香りの形として、オリジナルの「サッシェイ」も展開している。

熊谷直久によれば、お香を好む人の中にも、火を使うことに抵抗があったり、煙を気にしたりする人がいる。そのような声を受け、香りをより気軽に楽しめるものとして、匂い袋などを提案しているという。

香り博と、業界を越えた香文化の発信

2024年には、鳩居堂、松栄堂、日本香堂の三社が発起人となり、「香り博」が開催された。

香り博は、京都と東京にある香りに関わる店舗を巡りながら、日本の香文化に触れる回遊型のイベントである。

企業ごとに異なる香りや歴史を紹介するだけでなく、香道の体験や歴史資料の展示などを通じて、香りそのものへの関心を広げることが目指された。

京都鳩居堂の熊谷直久は、この取り組みについて、香に関わる企業や老舗の垣根を越え、将来的にはより多くの人々や地域へ広げていきたいという考えを示している。

お香業界だけで考えるのも視野が狭いといいますか、小さい世界ですからね。

熊谷直久(京都鳩居堂)

鳩居堂には、お香だけでなく、筆や墨、和紙などを目当てに訪れる人もいる。熊谷は、文具をきっかけに店を訪れた若い世代が、香りにも興味を持つことを期待している。

参考文献