ハリー・フレモント(Harry Frémont)──ニューヨークで育んだ、心地よさのある香り

ハリー・フレモントのスケッチと代表作品を掲載した調香師名鑑のサムネイル 調香師名鑑

「香りは時間であり、空間です。かつて自分がいた時代や場所へ連れ戻してくれます。人々は香りと、そうした感情的なつながりを持っているのです。私たちの仕事を面白くしているのは、人々の人生に触れられること。それはとても大きな力を持っています。」

ハリー・フレモント、フレグランス・ファウンデーションのインタビューより、2017年

南フランス・カンヌ出身。生年は公表されていません。

誰かが学生時代に使っていた香水。母親が好んで身につけた香り。ハリー・フレモントの仕事は、そうした日常の記憶と深く結びついています。

シーケーワン(CK One)、ロマンス(Romance)、グレイ ベチバー(Grey Vetiver)。性別や世代を越えて親しまれた作品の背後には、華やかさだけでなく、肌で心地よく続く香りを求めた調香師がいました。

その出発点は、南仏の庭に咲く花でした。庭師になることを夢見た少年が調香師となり、ニューヨークで数多くのブランドと仕事を重ね、やがて再び庭へ戻っていく。フレモントの歩みには、ずっと自然への愛が通っています。

調香史

カンヌの庭と、手でものを生み出す父

フレモントは、南フランスのカンヌで育ちました。幼少期から身近にあったのは、野の花や庭の植物です。5歳のころには庭仕事に夢中になり、花や木が育つ様子を見ながら、自然を理解する楽しさを覚えていきます。

父は絵を描き、彫刻を作り、家づくりまでこなす器用な人でした。その姿から学んだのは、手を動かし、熱心に取り組むことで美しいものを生み出せるということです。

2017年、フレグランス・ファウンデーション(The Fragrance Foundation)の取材を受けたニューヨークの仕事部屋には、当時93歳だった父が描いたカンヌとリヴィエラの水彩画が飾られていました。故郷を離れてからも、父の仕事と南仏の風景はすぐそばにあったのです。

もともと目指していたのは、造園の仕事でした。しかし園芸・造園分野の技師を養成する学校の入学試験に合格できず、ニース大学(Université de Nice)で生物学を学びます。当時は南フランスで暮らし続けたいと考え、その土地で就ける仕事を探していました。

香水の世界を知ったのは、両親の隣人を通じてでした。香料業界に関わるその人から、グラースの知人を紹介され、ヴェルサイユにある香水・化粧品・香料の学校、イジプカ(ISIPCA)の存在を知ります。生物学での学習歴を生かして2年次に編入したものの、入学時点では香水の知識はほとんどなかったそうです。

ライラックの香りが、職業を情熱に変えた

決定的だったのは、教師のモニーク・シュランジェ(Monique Schlienger)の授業でした。香りの教育機関サンキエーム・サンス(Cinquième Sens)の創設者でもある彼女から、ライラックの香りを作る課題が与えられます。

フレモントは渡された素材を組み合わせ、小さな試作を重ねていました。そして、試香紙を嗅ぎ比べたときのことです。

「そのうちの一つが突然、毎年春に自分の庭で咲いていたライラックの、記憶の中の香りとまったく同じになったのです。それで決まりでした。新しい職業と、新しい情熱を見つけたのです。」

ハリー・フレモント、フラグルームのインタビューより、2023年

香料を混ぜるという作業が、幼いころの風景を呼び起こす行為に変わった瞬間でした。香りと記憶の結びつきを語る、冒頭の言葉の原点もここに見えてきます。

同じ学校では、のちに妻となるシルヴィ(Sylvie)とも出会いました。香水について学ぶことと、生涯をともにする相手との出会いが、同じ場所で始まっています。

1981年にイジプカを卒業。1982年には、現在のシムライズ(Symrise)につながる香料会社、ハールマン&ライマー(Haarmann & Reimer)のパリ拠点へ入社します。最初の仕事は、別の調香師の処方を調合するアシスタントでした。

学校を出てすぐに、著名な調香師の弟子として創作を教わったわけではありません。本人によれば、卒業後は特定の師も長期的な養成プログラムもなく、実務の傍らで自分の力を育てていったといいます。

空き時間には自作に取り組み、ガスクロマトグラフィーによる分析から、市場で成功していた香水の構造を学びました。百貨店に並ぶ香水を幅広く嗅ぎ、どのような組み立てが人を惹きつけるのかを探ります。

その努力は、若手調香師のコンクールでの連続受賞につながります。2023年の本人インタビューでは、フランス調香師協会(Société Française des Parfumeurs)のコンクールを1983年と1984年に受賞したと回想しています。一方、経歴紹介には1984年と1985年とするものもあり、受賞年の記録には違いがあります。

1985年には、ドイツでの4か月の研修を経て、会社から正式に調香師の肩書きを与えられました。独力で学ぶ時間が長かったとはいえ、教育も研修も受けていない、という意味での独学ではありません。

ジュネーブからニューヨークへ

フレモントが最初に世に送り出した香水は、有名ブランドの大作ではなかったようです。本人が覚えているのは、ハールマン&ライマー時代、あまり知られていない顧客のために作った男性用香水でした。

変わった黒いボトルに入り、ウッディで、スモーキーなレザー調。名前は覚えていなくても、良質な素材を使ったことは記憶に残っていました。のちにトム フォード(Tom Ford)で取り組む革の香りへの関心も、すでにこのころからあったといえそうです。

1987年、フィルメニッヒ(Firmenich)に移籍し、ジュネーブで働き始めます。そして1990年、妻と3人の娘を連れてニューヨークへ移住しました。ローレン(Lauren)、ジョイ(Joy)、エスティー(Estée)という娘たちの名前も、市販されていた香水に由来します。

この年、フィルメニッヒはマンハッタンにクリエイティブセンターを開設しました。フレモントは、ニューヨーク拠点で香水を担当する最初の常駐調香師として、アメリカの顧客と向き合うことになります。

ジュネーブでは、顧客との直接のやり取りからある程度守られていました。しかしニューヨークでは、よい香りを作るだけでは仕事になりません。相手が何を求めているのかを聞き、自分の提案を言葉で伝える力が必要でした。

転機となったのは、パトリック・フィルメニッヒ(Patrick Firmenich)から、頑固すぎると指摘されたことです。フレモントは、自分には信念があるのだと言い返したものの、あとになって考え直します。

「もっと多くのプロジェクトを獲得するには、顧客の話をもっと聞かなければならないと気づきました。信念を持つことと、ただ頑固であることの間には、細い境界線があるのです。それは決定的な瞬間でした。」

ハリー・フレモント、フレグランス・ファウンデーションのインタビューより、2017年

この経験を経て、相手の意見を受け止め、顧客と消費者の具体的な要望に合わせて作品を調整するようになります。譲らない姿勢よりも、聞いたことを香りへ翻訳する力が、仕事の幅を広げていきました。

当初のフィルメニッヒは、アメリカ市場では新参者でした。それでも1992~1993年ごろから成果が生まれ始めます。やがてカルバン クライン(Calvin Klein)、ラルフ ローレン(Ralph Lauren)、エスティ ローダー(Estée Lauder)などの仕事が、ニューヨーク拠点の存在感を大きくしていきました。

フレモントも、百貨店の高級香水だけでなく、ファッションブランド、専門店、大衆向け商品、セレブリティの香水、ニッチまで、さまざまな領域を手がけるようになります。その背景には、香りそのものに加えて、流通、包装、マーケティング、消費者の暮らしを知ろうとする姿勢がありました。

香りを、粘土のように形づくる

フレモントは創作を、音楽や絵画よりも彫刻に近いものとして捉えています。2011年、ジュエリーブランドのデヴィッド ヤーマン(David Yurman)との仕事について、こう語りました。

「私にとっては、粘土で彫刻を作ることに近いのです。いつも香りを空間の中で想像します。まず基本となる嗅覚的な形を作り、そこへ、こちらに、あちらにと素材を加えていきます。」

ハリー・フレモント、サフルボンのインタビューより、2011年

デヴィッド・ヤーマン自身も、もともと彫刻に取り組んでいた人物です。その共通点から、ある種の服飾デザイナーと仕事をするとき以上のつながりを感じ、制作が楽しく生産的になったといいます。

香りを単なる香料の一覧として見るのではなく、空間の中で広がる形として捉える。そこに素材を足し、輪郭やバランスを整えていく。庭の植物を組み合わせる感覚とも通じる方法です。

ただし、その形が大きく広がればよいわけではありません。フレモントは、香りの強さが品質の代わりに評価されることへ、繰り返し疑問を示しています。

「私はいつも、強すぎて、ほとんど攻撃的で、周囲を圧倒してしまうような香水には反対してきました。残念ながら、多くの人にとっては強さが品質であり、香りそのものの個性より重視されてしまいます。強さは美しさに反するのです。それが香水作りの難しいところです。」

ハリー・フレモント、フラグルームのインタビューより、2023年

これは香水すべてに当てはまる決まりというより、フレモントが大切にしてきた美意識です。本人が目指すのは、個性と持続性がありながら、身につける人にも周囲にも負担をかけない香りでした。

そのために重視したのが素材です。天然香料だけをよしとするのではなく、新しい抽出技術で得られる天然素材と、ムスクやウッディなどの合成香料をともに評価しました。豊かな素材のパレットを、十分に使えることが重要だったのです。

広告やボトルに比べ、香りそのものへ配分される予算が小さいことも問題にしています。高価な素材を使えば必ず名香になる、という話ではありません。創造性に加え、素材を生かせる予算があれば、作れる香りの可能性は広がる。それがフレモントの考えでした。

代表作とその背景

ニュー ウエスト フォーヒム──水の香りを先取りした初期作

アラミス(Aramis)のニュー ウエスト フォーヒム(New West for Him、1988年)は、フレモントの初期を代表する男性用香水です。

海を思わせるノートに、ミント、ベルガモット、ラベンダーなどの清涼感を重ねた、アロマティックな香り。力強く濃厚な男性用香水とは異なる方向から、爽やかさを表現しました。

香水分類で知られるマイケル・エドワーズ(Michael Edwards)も、水を感じさせる香りの系譜を切り開いた作品として紹介しています。のちに広がるアクアティックな香りを考えるうえで、先駆的な一本とされています。

なお、フレモントが自分の最初の作品として語るのは、前述したハールマン&ライマー時代の男性用香水です。ニュー ウエスト フォーヒムは、彼の存在を知る手がかりとなる初期の重要作として位置づけるのがよさそうです。

シーケーワン──爽やかさの奥に、肌の官能性を

1994年のシーケーワンは、アルベルト・モリヤス(Alberto Morillas)との共同調香です。男女が分け隔てなく使える香りという構想は、当時の若い世代の暮らしや価値観を調べた、カルバン クラインの企画から生まれました。

1993年に届いた依頼に対し、開発の出発点となったのはモリヤスの処方でした。香りの開発を率いるアン・ゴットリーブ(Ann Gottlieb)も関わり、フレモントは新たな視点を加えながら、最終的な形を整えるチームに加わります。開発には約8か月を要しました。

難しかったのは、シトラスの扱いです。現在なら自然に受け入れられる柑橘の爽やかさも、当時のアメリカでは、家庭用の洗浄製品を連想させるおそれがありました。

「アメリカでは、シトラスを食器用洗剤などと結びつけていたため、人々はそれを恐れていました。〔中略〕大事なのは、シトラスを洗練されたものにすることでした。」

ハリー・フレモント、グローバル・コスメティック・インダストリーのインタビューより、2010年

甘いキャンディのように寄せすぎず、かといって洗剤のようにもならない。そのバランスを探りながら、シトラスにグリーンティーの感覚を重ね、透明感のある香りを作り上げました。

フレモントは、長く支持される理由を、爽やかさと肌での持続の両立に見ています。ウッドとムスク、そしてごく少量のバニラが、表面の軽やかさの奥に官能性を隠しているのです。強く押し出さなくても、香りは身につける人の周りに残ります。

シーケーワンは発売後10日間で500万ドルを超える売上を記録したと報じられています。1990年代半ばには年間約9,000万ドル、2007年時点でもアメリカで年間約3,000万ドルを売り上げたとされ、大きな成功を収めました。

2024年には30周年に合わせて、シーケーワン エッセンス(CK One Essence)も登場しています。これは後年の別の展開ですが、原点の香りが、その後の世代へつながっていることを示しています。

ロマンス──母の記憶と、誰かの青春になる香り

ラルフ ローレンのロマンスは、1998年に発売されました。フレモントにとって、仕事を始めて16年目の作品です。

ラルフ ローレンの世界には、ニューヨークに来たころから憧れを抱いていました。本人にとってそのブランドは、アメリカで豊かに暮らす夢を表す存在だったといいます。

ロマンスは、見る人によってフルーティにも、シプレにも、フローラルにも感じられる、多層的な香りです。フレモント自身、作っていたときにすべての側面を意識していたわけではないと語っています。複数の要素が同時に働くことで、一つの分類に収まりきらない表情が生まれました。

このころには、自分の技術への自信も育っていました。難しい課題を以前より扱える一方、まだ素直で新鮮な感覚を保っていた時期だったそうです。

しかし、この作品の特別さは、調香上の到達だけではありませんでした。

「何年もたってから、高校や大学に通っていたころにこの香水を使い、当時、自分がどう見られたいかということにとって大切だった、と多くの女性から聞きました。母も使っていて、嗅ぐたびに母を思い出しました。そうした話や、街でこの香りを嗅ぐこと、そして成功を考えると、これ以上、特別なことがあるでしょうか。」

ハリー・フレモント、フラグルームのインタビューより、2023年

調香師にとっては母の記憶になり、使った人にとっては若いころの自分につながる。ロマンスは、冒頭で語られた香りと人生の結びつきを、そのまま表す作品でもあります。

タスカン レザー──初期から続く、革への愛着

トム フォードのプライベート ブレンド(Private Blend)から2007年に登場した、タスカン レザー(Tuscan Leather)。ジャック・キャヴァリエ・ベルトリュード(Jacques Cavallier Belletrud)との共同調香です。

フレモントがレザー調を好んでいたことは、最初の男性用香水の回想にも表れています。ここでは革の印象を中心に、スモーキーな要素やバルサムの温かさを重ね、濃密な存在感を持つ香りへ仕上げました。

香水批評サイトのボワ・ド・ジャスマン(Bois de Jasmin)は、その展開を、比較的すぐに全体像を見せ、その後も革を中心とする性格を保つものとして描いています。フレモントがいう空間の中の形を、強い輪郭で感じさせる作品と捉えることもできそうです。

グレイ ベチバー──使いたかった素材を、十分に使えたとき

2009年に発売されたトム フォードのグレイ ベチバー オード パルファムは、フレモントが、とりわけ充実した仕事として挙げる作品です。タスカン レザーと同じブランドですが、こちらはプライベート ブレンドの作品ではありません。

この香りの中心には、長年抱いていたベチバーへの愛着があります。

「私は以前から、ベチバーに強く惹かれていました。抽出されるのは根です。嗅ぐと、大地が感じられます。火の匂いのようでもあります。人々の心に刻まれた、原初的なものの一つなのです。」

ハリー・フレモント、グローバル・コスメティック・インダストリーのインタビューより、2010年

きっかけは、エスティ ローダーで香りの開発を担っていたカリン・クーリー(Karyn Khoury)から届いた依頼でした。フレモントは以前から、上質なベチバーを主役にした香水を提案していましたが、素材の価格が壁になることが多かったといいます。

使いたかったのは、フィルメニッヒの二酸化炭素抽出によるベチバーです。フレモントはその素材を、理想に近い純粋さと深みを持つものとして評価していました。通常の抽出物に感じる土っぽさとは違う、自分が思い描いていたベチバーを表せると考えたのです。

必要な量を配合すると、香料の予算は高くなります。しかし事情を伝えると、クーリーはその使用を認めました。こうしてベチバーに、良質なクラリーセージとフィルメニッヒ独自のウッディ香料を組み合わせ、素材の個性を生かした香りが形になります。

新しい素材が存在するだけでは、作品にはなりません。そのよさを理解し、十分に使うことを支える顧客との関係も必要だったのです。

グレイ ベチバーは2010年、フィフィ賞(FiFi Awards)のパフューム・エクストラオーディネール・オブ・ザ・イヤー(Perfume Extraordinaire of the Year)を受賞しました。素材の可能性を生かし、個性があり、身につけやすい香りを作るという考えが、作品として評価された機会でした。

ちなみに、フレモントは以前、同ブランドのブラック オーキッド(Black Orchid)の開発競争にも参加しています。ただし、自分たちの提案はジボダン(Givaudan)に敗れたと明言しており、発売されたブラック オーキッドの調香者という意味ではありません。

モダン ミューズ──花とウッド、二つの入り口

エスティ ローダーのモダン ミューズ(Modern Muse)は、2013年に発売されました。ブランドが打ち出したのは、二重の印象という考え方です。

一つの入り口は、ジャスミンを中心とする、みずみずしいフローラル。もう一つは、ウッドとムスクの落ち着いた側面です。嗅ぐ人によって、最初に惹かれる部分が異なるような香りとして紹介されました。

ジャスミン サンバックとパチュリの組み合わせは、明るい花と深い木質感を結びます。ブランド側の説明では、どちらか一方へ収束させるのではなく、二つの印象を持たせることが制作上の狙いでした。

発売当時の記事ではフレモントの作品として紹介されています。一方、香水データベースには、オリヴィエ・クレスプ(Olivier Cresp)も共同調香師として掲載されているものがあります。

モン パリ──共同制作で描いた、恋の高揚感

イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)のモン パリ(Mon Paris、2016年)は、クレスプ、ドラ・バグリッシュ(Dora Baghriche)との3人による共同調香です。

ストロベリーやラズベリーを思わせる果実の明るさに、ダチュラをイメージした花の香りや白い花の要素を重ね、パチュリとホワイトムスクが支えます。フルーティな軽やかさとシプレ的な構造をつなぐ、ホワイトシプレとして紹介されました。

長いキャリアの終盤にも、フレモントは一人で閉じた制作に向かうのではなく、世代や経験の異なる調香師との共同作業を続けていました。シーケーワンで新しい視点を持ち込んだ経験は、その後も彼の仕事のあり方に通じています。

庭へ戻るまで

2017年、フレモントはフレグランス・ファウンデーションから、調香師としての長年の功績をたたえる生涯功労賞(Perfumer of the Year Lifetime Achievement Award)を授与されました。

ニューヨークの拠点がまだ小さかった時代から、顧客との関係を築き、さまざまな価格帯や市場で香りを生み出してきた仕事が評価されます。その姿勢は、単にたくさんの作品を残すことよりも、香りがどのように人へ届くのかまで考えることにありました。

それ以前にも、2003年にはヴェラ ウォン(Vera Wang)のオード パルファム、2004年にはケネス コール(Kenneth Cole)のブラック フォーメン(Black for Men)、2007年にはジューシー クチュール(Juicy Couture)のオード パルファムがフィフィ賞で評価されています。共同制作を含め、女性用、男性用、異なるブランドの世界で成果を残しました。

そして2018年、フィルメニッヒを退職し、引退します。

香水作りへの情熱を失ったわけではありませんでした。しかし、仕事の仕組みが変わり、数多くの企画や派生商品を同時に進めるなかで、制作の過程から得られる充足感は薄れていたといいます。ニューヨークで過ごした28年の先には、家族とカリフォルニアで暮らす新しい時間が待っていました。

2023年のインタビューで語る引退後の楽しみは、庭仕事です。北カリフォルニアの地中海性気候は、カンヌで過ごした子ども時代を再び生きるように感じられるといいます。バラや野菜を育て、雨の前にまいた野の花の種が春に咲くのを待ちます。

調香と庭仕事が似ているかと問われると、フレモントは迷わず肯定しました。

「どちらも忍耐が必要です。そして、何を作りたいのかという見通しが必要です。組み合わせるのにふさわしい色の植物を選び、一方がもう一方を圧倒しないようにしなければなりません。色と香りは驚くほど似ています。うまく組み合わせれば、本当に感情を表現できるのです。」

ハリー・フレモント、フラグルームのインタビューより、2023年

庭では、顧客のように言葉で希望を伝えてくれる相手はいません。それでも土や植物が発するサインを読み、観察し、何が必要なのかを判断します。相手を理解し、適切に手を加えるという点では、香水の仕事と地続きです。

ライラックの香りを再現した学生時代から、ニューヨークの大きなブランドとの仕事、そしてカリフォルニアの庭まで。フレモントは、自然から受け取ったものを、別の形で人に届けてきました。その香りの目標も、華やかな成功の先にある、日常の心地よさでした。

「私のいちばんの目標は、質のよい素材を使い、男性も女性も喜んで身につける、明るく前向きな香りを作ることです。身につける人が自分自身を心地よく感じ、周りの人もその香りを楽しめるような香水を作りたいのです。」

ハリー・フレモント、フレグランス・ファウンデーションのインタビューより、2017年

ちなみに…

  • 引退後は、いつも香水をつけているわけではないそうです。2023年には、普段は新鮮な空気を楽しみ、ときどき自作のラルフ ローレン パープル レーベル(Purple Label、2003年)などを使うと話しています。
  • 旅行では、カルバン クラインのエタニティ フォーメン(Eternity for Men)や、ジョルジオ アルマーニ(Giorgio Armani)のアクア ディ ジオ(Acqua di Giò、1996年)を使っていたこともあります。これらを挙げているのは愛用品としてで、自作という意味ではありません。
  • 好きな芸術家には、花の絵で知られるジョージア・オキーフ(Georgia O’Keeffe)を挙げています。
  • 2009年の紹介記事では、ジャン クチュリエ(Jean Couturier)のコリアンドル(Coriandre)を好む香水として、モリヤスとエドモン・ルドニツカ(Edmond Roudnitska)を敬愛する調香師として挙げています。
  • 花ではミモザ、ブルガリアンローズ、ジャスミン サンバック、エニシダなどに親しみがあります。庭の写真を投稿していたインスタグラム(Instagram)も、2023年のインタビューが実現するきっかけの一つでした。

調香作品

主な作品を発売年順にまとめています。ブランドや媒体により、表記、発売時期、共同調香のクレジットが異なる場合があります。「─」は共同調香師の記載がないものです。

年 ブランド 作品名 共同調香師
1988 アラミス ニュー ウエスト フォーヒム ─
1989 ガブリエラ サバティーニ(Gabriela Sabatini) ガブリエラ サバティーニ ─
1994 カルバン クライン シーケーワン アルベルト・モリヤス
1994 ラルフ ローレン ポロ スポーツ(Polo Sport) ─
1994 ホルストン(Halston) カタリスト フォーメン(Catalyst for Men) イリアス・エルメニディス(Ilias Ermenidis)
1998 ラルフ ローレン ロマンス ─
1998 ランコム(Lancôme) オー ウィ!(Ô oui!) ─
1999 トミー ヒルフィガー(Tommy Hilfiger) フリーダム フォーヒム(Freedom for Him) ─
1999 ヴァレンティノ(Valentino) ヴェリー ヴァレンティノ フォーメン(Very Valentino for Men) ─
2000 ランコム ミラク(Miracle) アルベルト・モリヤス
2000 ラッキーブランド(Lucky Brand) ラッキー ユー フォーウィメン(Lucky You for Women) ─
2001 リズ クレイボーン(Liz Claiborne) マンボ フォーウィメン(Mambo for Women) ─
2001 マイケル コース(Michael Kors) マイケル フォーメン(Michael for Men) ─
2001 ラルフ ローレン グラマラス(Glamorous) ─
2002 ヴェラ ウォン ヴェラ ウォン オード パルファム ジャン=クロード・デルヴィル(Jean-Claude Delville)
2002 ジョルジオ アルマーニ センシ(Sensi) アルベルト・モリヤス
2002 ヴィクトリアズ シークレット(Victoria’s Secret) ボディ バイ ヴィクトリア(Body by Victoria) ─
2003 ケネス コール ブラック フォーメン サビーヌ・ド・チャルナー(Sabine de Tscharner)
2003 リズ クレイボーン スパーク フォーメン(Spark for Men) ─
2003 ラルフ ローレン パープル レーベル ─
2004 カルバン クライン エタニティ モーメント(Eternity Moment) ジャック・キャヴァリエ・ベルトリュード
2004 ヴィクトリアズ シークレット ベーシック インスティンクト(Basic Instinct) ─
2005 エイボン(Avon) エクストラオーディナリー(Extraordinary) ─
2005 トミー バハマ(Tommy Bahama) トミー バハマ フォーメン(Tommy Bahama for Men) ─
2005 ガント(Gant) アドベンチャー(Adventure) ─
2006 ジューシー クチュール ジューシー クチュール オード パルファム ─
2006 ヴェラ ウォン プリンセス(Princess) イリアス・エルメニディス
2006 バナナ リパブリック(Banana Republic) ブラック ウォルナット フォーメン(Black Walnut for Men) ─
2006 バス&ボディワークス(Bath & Body Works) ジャパニーズ チェリーブロッサム(Japanese Cherry Blossom) ─
2007 トム フォード ノワール デ ノワール(Noir de Noir) ジャック・キャヴァリエ・ベルトリュード。オリヴィエ・クレスプも併記される場合あり
2007 トム フォード タスカン レザー ジャック・キャヴァリエ・ベルトリュード
2007 カルバン クライン カルバン クライン マン(Calvin Klein Man) ジャック・キャヴァリエ・ベルトリュード。開発にアン・ゴットリーブも参加
2007 グウェン ステファニー(Gwen Stefani) エル バイ ラム(L by L.A.M.B.) ─
2007 アン テイラー(Ann Taylor) ポシビリティーズ(Possibilities) ─
2007 ラルフ ローレン ポロ エクスプローラー(Polo Explorer) オノリーヌ・ブラン(Honorine Blanc)
2008 デヴィッド ヤーマン デヴィッド ヤーマン オード パルファム ─
2008 ディーゼル(Diesel) フューエル フォー ライフ アンリミテッド(Fuel for Life Unlimited) オリヴィエ・クレスプ、ジャック・キャヴァリエ・ベルトリュード
2008 グウェン ステファニー 原宿ラバーズ ベイビー(Harajuku Lovers Baby) ─
2009 フィフティ・セント(50 Cent) パワー(Power) ─
2009 トム フォード グレイ ベチバー オード パルファム ─
2009 トム フォード ホワイト スエード(White Suede) ─
2009 バス&ボディワークス トワイライト ウッズ(Twilight Woods) オノリーヌ・ブラン、ジェーン・コニュー(Jane Konnyu)
2009 ジェニファー ロペス(Jennifer Lopez) マイ グロウ(My Glow) ─
2009 バナナ リパブリック リパブリック オブ ウィメン(Republic of Women) ─
2009 ダナ キャラン(Donna Karan) ディーケーエヌワイ メン(DKNY Men) アルベルト・モリヤス
2009 アッシャー(Usher) ヴィーアイピー(VIP) ─
2009 ランコム ミラク タンドル ボヤージュ(Miracle Tendre Voyage) アルベルト・モリヤス
2010 ブリトニー スピアーズ(Britney Spears) ラディアンス(Radiance) オノリーヌ・ブラン
2010 セリーヌ ディオン(Celine Dion) ピュア ブリリアンス(Pure Brilliance) ─
2011 ブリトニー スピアーズ コズミック ラディアンス(Cosmic Radiance) オノリーヌ・ブラン
2011 デヴィッド ヤーマン デリケート エッセンス(Delicate Essence) ─
2011 デヴィッド ヤーマン エキゾチック エッセンス(Exotic Essence) ─
2011 デヴィッド ヤーマン フレッシュ エッセンス(Fresh Essence) ─
2012 リアーナ(Rihanna) ヌード(Nude) ─
2012 エスティ ローダー ブロンズ ゴッデス カプリ(Bronze Goddess Capri) ─
2012 ヴィンス カムート(Vince Camuto) ヴィンス カムート フォーメン(Vince Camuto for Men) ─
2012 ノーティカ(Nautica) アクア ラッシュ(Aqua Rush) ─
2013 エスティ ローダー モダン ミューズ オリヴィエ・クレスプとの共作とする資料もあり
2013 マイケル コース セクシー アンバー(Sexy Amber) ─
2013 マイケル コース グラム ジャスミン(Glam Jasmine) ─
2013 マーク ジェイコブス(Marc Jacobs) デイジー サンシャイン(Daisy Sunshine) ─
2013 クリーン(Clean) ファースト ブラッシュ(First Blush) ─
2013 クリーン ホワイト ウッズ(White Woods) ─
2014 マイケル コース マイケル コース フォーメン(Michael Kors for Men、2014年版) ─
2015 エリック ブータボー(Eric Buterbaugh) ベルベット ラベンダー(Velvet Lavender) ─
2015 ピンローズ(Pinrose) シークレット ジーニアス(Secret Genius) ─
2016 イヴ・サンローラン モン パリ オード パルファム オリヴィエ・クレスプ、ドラ・バグリッシュ
2016 エイボン プリマ(Prima) フランク・フォルクル(Frank Voelkl)
2016 ラルフ ローレン ポートレート オブ ニューヨーク ベチバー(Portrait of New York – Vetiver) ─
2016 ラルフ ローレン ポートレート オブ ニューヨーク ホワイト リリー(Portrait of New York – White Lily) ─
2016 ケネス コール ブラック ボールド(Black Bold) ─
2017 カルバン クライン シーケーオール(CK All) アルベルト・モリヤス
2017 エイボン ビバ ラ ビータ(Viva La Vita) ─
2018 オスカー デ ラ レンタ(Oscar de la Renta) ベラ ブランカ(Bella Blanca) ─
2019 オスカー デ ラ レンタ ベラ ローザ(Bella Rosa) ─

ラッキー ユーは、リズ クレイボーン名義で紹介されることもあります。作品表の年は発売年であり、制作した年とは限りません。2018年の引退後に発売されたベラ ローザも、フレモントの調香として紹介されています。

参考文献