香りを嗅ぐだけで「もう食べなくていい」となる? 欲求を握力で調べた研究

香りを嗅ぐだけで「もう食べなくていい」となる? 欲求を握力で調べた研究 香りの科学

チョコレートの香りがすると、食べたくなる。逆に、しばらく嗅いでいると、それだけで満足することもあるのでしょうか。食べ物の香りが食欲を高めるのか、特定の食べ物への欲求を弱めるのかは、研究でも結果が分かれています。

Rachel Haganらは、この問いを「食べたい物を得るために、どれだけ力を出すか」という行動から調べました。5分間、チョコレートやオレンジの香りのある部屋で過ごした後には、対応する食べ物を求める力が増えたり減ったりする効果は確認されませんでした。一方、実際に食べる別の実験では、食べた物への反応が変わりました。

「おいしい」と「手に入れたい」を分けて考える

同じ物を食べ続けていると、その食べ物の魅力が下がり、別の物なら食べたいと感じることがあります。このように、食べた物への好ましさが、食べていない物に比べて下がる現象は、感覚特異的満腹感と呼ばれます。お腹の膨らみだけを意味する言葉ではなく、特定の食べ物に対する反応の変化を指します。

香りだけでも似た変化が起こるという報告がある一方、香りが食べ物への欲求を高めるという報告もあります。そこで今回の研究では、食べたときの「おいしい」という感想よりも、報酬として食べ物を得ようとする動機づけに注目しました。

主な目的は、食べ物の環境臭が、その食べ物を求める行動を強めるか、弱めるかを確かめること。加えて、同じ測定課題が実食後の変化を捉えられるかを、別の参加者を使った実験で調べました。最後に持ち帰る食べ物の選択も、補助的な指標として測っています。

香りの部屋で過ごす実験と、実際に食べる実験

香りの実験には38人、実食の実験には40人が参加しました。除外後の解析対象は、それぞれ37人と38人です。二つは同じ人が両方を経験する実験ではなく、募集時期も異なる別の集団です。

それぞれの実験で、参加者をチョコレート条件とオレンジ条件へ交互に割り付けました。来場前は、水以外の飲食を少なくとも3時間控えてもらいました。

香りの実験では、チョコレートかオレンジの香料をあらかじめ拡散させた部屋に5分間滞在し、食べ物に関係のない読解課題に取り組みました。香りの実験だとは事前に伝えず、部屋の香りへ意識を向けさせない工夫です。実際、説明を受ける前ににおいに気づいたと報告したのは2人でした。

実食の実験では、別室に用意したチョコレートケーキ、または小型の柑橘果実を、5分間に好きな量だけ食べてもらいました。どちらも、その前後に同じ握力課題を行っています。

欲しい食べ物ほど、強く握ってもらう

課題では、チョコレートケーキ、オレンジ、比較用のティーポットの画像を画面に短く提示しました。参加者への指示は、示された食べ物を欲しいと思うほど、手元の握力計を強く握るというものです。本人の最大握力をあらかじめ測り、体力の違いを考慮して反応を比べました。

画像の提示時間は33ミリ秒と200ミリ秒の2種類です。ただし、短い提示でも、後の確認課題では約96%の画像を正しく見分けられました。今回の結果を、本人に見えていない画像が無意識に働いた実験として説明することはできません。

また、測定後に全般的な力の出し方が下がる可能性もあります。そこで中心となる解析では、食べ物画像への反応から、比較用画像への反応を差し引き、食べ物への動機づけに特有の変化を見ました。

最後には、オレンジかチョコレートケーキを一つ持ち帰ってもらいました。研究者の視線が選択を左右しにくいよう、別室で選んでもらっています。この選択は香りを嗅いだ直後ではなく、およそ30分後でした。

香りだけでは、食べ物に特有の変化は捉えられなかった

両方の実験で、食べ物の画像には、ティーポットの画像より強い握力が使われました。食べ物を得たいという動機づけに、課題が反応していることは確認できました。

しかし香りの実験では、チョコレートの香りを嗅いだ群とオレンジの香りを嗅いだ群で、対応する食べ物への力が、前後で異なって増減するパターンは見つかりませんでした。香りで欲しくなるという予想も、香りだけでその食べ物に満足するという予想も、今回の主要な測定では支持されませんでした。

持ち帰る食品の選択も、どちらの香りを経験したかによる有意な違いはありませんでした。握力と選択という二つの行動指標で、同じ方向の結果になっています。

実際に食べると、チョコレートへの反応が変わった

実食の実験では、チョコレートケーキを食べた群で、チョコレート画像に対して出す力が有意に下がりました。オレンジ画像に対する力には、同じ低下は見られませんでした。食べた物への欲求が選択的に下がる、感覚特異的満腹感に対応する結果です。

一方、柑橘を食べた群では、どちらの食べ物画像への力にも、有意な前後変化はありませんでした。どの食品を食べても同じ程度の変化が起きたわけではありません。

持ち帰る食品の選択では、食べた物とは別の物を選ぶ傾向が表れました。チョコレートを食べた群では85%がオレンジを、柑橘を食べた群では約71%がチョコレートを選びました。握力で捉える動機づけと、二つから一つを選ぶ行動には、それぞれ違う面があります。

食べた量もそろえていません。平均摂取エネルギーはチョコレート条件で約274 kcal、柑橘条件で約53 kcalでした。著者らは、握力の結果が食品間で異なった理由として、摂取エネルギーや栄養組成の違いを挙げています。

「香りは食欲に影響しない」とまで言える?

今回分かったのは、この5分間の環境臭と、この課題では、食べ物を求める行動に明確な促進・抑制が見つからなかったことです。香りの実験には無臭のまま過ごす並行対照群がなく、チョコレート臭とオレンジ臭を比べています。二つの香りに共通する変化と、時間経過や課題の反復による変化を分けるには、さらに別の比較が必要です。

空腹についても、事前の飲食制限は確認したものの、本人が感じる空腹の程度を実験中に測ってはいません。香りの強さ、滞在時間、食品を選ぶまでの間隔、提示する食品の数などが違えば、結果が変わる可能性があります。

著者らは、先行研究との食い違いを受けて、香りの提示条件を詳しく記録し、より大きな標本や異なる時間設定で再現性を確かめる必要があると述べています。食欲への作用を一つの分かりやすい話にまとめるより、どんな状況で、どの行動に変化が出るかを見ていく研究です。

まとめ

チョコレートやオレンジの香りのある部屋で5分間過ごしても、関連する食べ物を得ようとする握力や、後の食品選択に有意な香り条件の効果は見つかりませんでした。一方、実食では、チョコレートを食べた後にチョコレート画像への努力が下がり、食品の選択にも食べた物を避ける傾向が表れました。

この研究は、実食後の変化を捉えられる行動課題で、環境臭の促進・抑制効果を確かめた点に意味があります。香りだけで欲求が満たされるのかという問いへの答えは、香りの条件と、何を「食べたい」の指標にするかをそろえて、積み重ねていく必要がありそうです。

研究はBBSRCとGlaxoSmithKlineによる博士課程奨学金の支援を受けています。著者らは、GSKは研究設計、解析、出版判断に関与していないと申告しています。

参考文献

  • Hagan, R., Pawling, R., McGlone, F., & Walker, S. C. (2025; オンライン公開2024年). No evidence for goal priming or sensory specific satiety effects following exposure to ambient food odours. Appetite, 204, 107730. DOI・原著。大学リポジトリの公開全文。