「目標は、これから先も10世代にわたって存在し続けることです」
— ニコラス・アラウズ(当時社長、2018年)
キャスウェル・マッセイの歴史は、アメリカ合衆国の建国より24年早い1752年に始まった。出発点は香水店ではなく、ロードアイランド植民地ニューポートに開かれた一軒の薬種店である。医薬と香料、身だしなみと健康がまだ明確に分かれていなかった時代に、スコットランド出身の医師ウィリアム・ハンターは薬を調合し、精油を扱い、コロンをつくった。
それから約3世紀。店名も経営者も処方も変わったが、手書きの調合帳に残された香りは、現代の調香師によって読み直されている。キャスウェル・マッセイは単に「古い香水ブランド」なのではない。アメリカにおける薬種店、衛生用品、紳士文化、ラグジュアリーの歩みを、香りとして保存してきたブランドなのである。
基本情報
ブランド名:CASWELL-MASSEY(キャスウェル・マッセイ)
設立:1752年
創設者:ウィリアム・ハンター医師(Dr. William Hunter)
発祥地:アメリカ、ロードアイランド州ニューポート
主な製品:香水、オーデコロン、石鹸、シェービング製品、バス&ボディ製品
公式サイト:https://www.caswellmassey.com/
独立前から続くアメリカの老舗であり、創業250周年当時の企業史では「アメリカで4番目に古い企業」と紹介されている。公式サイトが掲げるのは “America’s original apothecary and perfumery”――アメリカの薬種店と香水づくりの原点を担うという自己像である。
名称は「キャスウェル・マッセイ」と読む。現在の社名になったのは創業から124年後の1876年であり、創業者の姓ではない。長い歴史の途中で事業を担ったジョン・ローズ・キャスウェルとウィリアム・マッセイ、二人の名に由来する。
創設者とブランドの成り立ち
スコットランドから来た若き医師
ウィリアム・ハンターは1730年前後にスコットランドで生まれた。生年には1729年、1730年、1731年と複数の記録があり、確定していない。医学史家E・B・クルムハーの研究によれば、ハンターはエディンバラでアレクサンダー・モンローに学んだとされ、ライデンでも医学を学んだ可能性がある。1752年、22歳か23歳のころに北米へ渡り、商港ニューポートに定住した。
当時のニューポートは、海運によって繁栄し、ヨーロッパの商品や文化が流れ込む国際都市であった。ハンターはテムズ通りとメアリー通りの一角で薬種店を営み、薬を輸入・調合する一方、外科と産科にも携わった。医師の専門教育がまだ制度化されていなかった1755年には、ボストンの新聞に解剖学・外科学講義の広告を出し、ニューポートの旧植民地議事堂で公開講義を行っている。体系的に告知された解剖学講義として、植民地時代の北米でも最初期の例であった。
「ハンター医師は才能ある人物で、エディンバラで教育を受け、美術にも趣味を持つ紳士であった」
— 医師ベンジャミン・ウォーターハウスによる回想
この人物像は、後のキャスウェル・マッセイにも不思議なほどよく重なる。科学的な探究、輸入素材への目利き、美的感覚、そして顧客に合わせて調合する技術。ブランドの原型は、香水専業の工房よりも、18世紀の教養ある医師が構えたアポセカリー(薬種店)にあった。
薬と香りが隣り合う店
18世紀のアポセカリーでは、医薬品と香料、化粧品、衛生用品は連続した領域にあった。ハンターはヨーロッパから薬や香料を仕入れ、油や独自の調合品を扱い、自らも香りを調合した。処方には番号が振られ、そのうち「ナンバー・シックス」が後世まで残ることになる。
ブランドの公式史では、ナンバー・シックスの登場は1772年。ベルガモットやネロリ、ローズマリーの明るさに、クローブ、アンバー、ムスクなどの温かさを重ねた香りである。2018年の修復では歴史的な処方が現代のオードパルファムとして読み直された。柑橘、芳香植物、スパイス、柔らかなムスクが、現在の香りの骨格をつくっている。
ただし、この香りをめぐる最も有名な物語には時間差がある。ハンターは1777年に死去し、ジョージ・ワシントンがニューポートでナンバー・シックスを購入したとされるのは1781年である。つまりワシントンが出会ったのは、創設者の死後も薬種店に残され、後継者がつくり続けていた処方だった。
ワシントンはこれを自ら使うだけでなく、フランス人将校ラファイエットにも贈ったと伝えられる。後世の企業史は、贈答用に2ケースを購入したという逸話を記している。こうした大統領や名士との結びつきは、ナンバー・シックスの名声を支える物語として受け継がれている。
創業者の死後も続いた処方
ハンターはアメリカ独立戦争期にも英国王室への忠誠を崩さないロイヤリストであった。1776年にはロードアイランド植民地政府への宣誓を拒み、一時ニューポートから退去を命じられている。その後、英軍占領下のニューポートで軍人や捕虜の治療にあたり、熱病に感染して1777年1月30日に死去した。46歳前後であった。
店は一代で終わらなかった。ハンター家に仕えた薬剤師チャールズ・フェークらを経て、19世紀にはローランド・ハザードやフィリップ・キャスウェルらが事業を担った。ハザード家とキャスウェル家は、調香処方や薬品、石鹸、エリクシルを手書きの帳簿に記録しながら、事業をニューヨークへ広げていった。
1840年には、乗馬やヨットといった上流階級のスポーツ文化を背景に「ジョッキー・クラブ」が誕生する。ベルガモットとタイム、カーネーション、ローズ、オリス、ムスクを組み合わせた香りで、ブランドは「アメリカ最初のスポーツ・コロン」と紹介している。後年、ジョン・F・ケネディが愛用した香りとしても知られるようになった。
キャスウェル・マッセイという名
1876年、ジョン・ローズ・キャスウェルとウィリアム・マッセイの提携によって、現在の「キャスウェル・マッセイ」という名が成立した。 同社はニューポートの海辺の空気を香りにした「ニューポート」を1890年に発売。マンダリン、ラベンダー、ゼラニウム、バルサム、シダーウッドで、ニューイングランドの海岸と針葉樹を描くアクアティック・フゼアである。
ニューヨークでは複数の店舗を構え、医薬品、ソーダ、石鹸、化粧品、香水を扱った。1926年にはレキシントン・アベニューと48丁目、バークレー・ホテル内に店を開く。この店舗は80年以上にわたり営業し、アポセカリー文化の象徴となった。現代香水「LX48」の名は、この住所に由来している。
20世紀には、顧客の食、服装、趣味や生活の好みを聞き、試作品を段階的に絞り込むビスポーク香水も手がけた。1914年ごろには、舞台女優アラ・ナジモヴァのためだけに「マレム」を調合している。処方は革装丁の帳簿で眠り続け、2016年に再発見された。調香師パスカル・ゴーランが動物由来のムスク、アンバーグリス、シベットを植物由来・合成の代替素材へ置き換え、2017年版のパフュームとして再構成した。
テイラー兄弟と「ニューヨークの鼻」
1936年、ラルフとミルトンのテイラー兄弟が会社を取得した。兄弟は各地を旅してオリスやローズオイルを探し、古い処方を守りながら新作も育てた。 1941年にはトライコーン、1984年にはグリーンブライアーが生まれた。レキシントン・アベニュー店には俳優、音楽家、政治家が訪れ、キャスウェル・マッセイは「ニューヨークの鼻」と呼ぶにふさわしい存在へ成長した。
顧客として語られる顔ぶれも、このブランドの文化的位置をよく表している。ナンバー・シックスのジョージ・ワシントン、ジョッキー・クラブのジョン・F・ケネディ、アーモンド石鹸を好んだドワイト・D・アイゼンハワー。このほか、グレタ・ガルボ、キャサリン・ヘプバーン、ミック・ジャガーらの名もブランド史に残る。
過去を陳列せず、未来の原料にする
長寿ブランドであることは、必ずしも安泰を意味しない。20世紀末には店舗拡大と流通戦略に苦戦し、1990年代には店舗整理も進んだ。レキシントン・アベニュー店も閉店し、2010年10月の同時代記事は、その年に賃借契約を失ったと伝えている。
転機は2016年である。建築とラグジュアリー・ブランドの体験設計を背景に持つニコラス・アラウズが経営に参加し、8か月をかけてブランド認知を調査した。その結果、長い歴史のなかで「香水の物語が重要でありながら、失われていた」と判断する。
「私たちが知ったのは、キャスウェル・マッセイの香水の物語が重要であり、しかも失われていたということです」
— ニコラス・アラウズ
アラウズはウェブサイト、SNS、商品構成、パッケージを整理し、香水ブランドとして再定義した。改革にあたり、社員には会社を過去形で語らないというルールを設けたという。博物館になるのではなく、蓄積した処方を新しい香りへ変換する。その姿勢を端的に示すのが、冒頭の「あと10世代」という言葉である。
香料開発ではアメリカに本拠を置くIFF(インターナショナル・フレーバーズ&フレグランシズ)と提携した。複数の香料会社に分散していた処方を、素材とアプローチの両面で統一することが目的だった。2018年前後にはナンバー・シックスやジョッキー・クラブなどの歴史的香水が再調香され、ローラン・ル・ゲルネック、パスカル・ゴーランをはじめとする調香師たちが、古い帳簿を現代の香料で読み直していった。
ブランドのこだわり
アーカイブは設計図
キャスウェル・マッセイの中核にあるのは、革装丁の処方帳、カタログ、顧客記録、古いボトルを含むアーカイブである。そこから単純に昔の香りを複製するのではなく、当時の素材が果たした役割を分析し、現在使用できる香料で再構成する。
マレムの復元では、1914年ごろ店で使われていたローズや花精油を調査し、動物由来香料を使わずに元の構造と人物像を表現した。 ナンバー・シックスも2018年に修復され、ベルガモット、ローズマリー、ネロリ、アンバー、クローブ、ドライローズ、ホワイトムスク、ラベンダーによる現代版へ更新された。
これは完全な「復刻」ではない。歴史的処方を固定された聖遺物ではなく、現代の安全性、倫理、嗜好のなかで演奏し直せる楽譜として扱う姿勢である。
生花から香りを採る
もう一つの柱が、ニューヨーク植物園との共同制作である。IFFの香気捕集技術を用い、植物を傷つけずに咲いている花の揮発成分を分析。その香りを調香師が再構成する「リビング・フローラル」シリーズを展開している。
対象となったのは、植物園のヘリテージ・ローズ、牡丹、カトレア蘭、ガーデニア、ライラック、ハニーサックルなどである。たとえばオーキッドでは、園芸家とともに数十の蘭を検討し、12の蘭を選んで香気を捕集した。科学的な採取と調香師の解釈を組み合わせる点に、医師の薬種店から始まったブランドらしさが表れている。
石鹸まで香りを設計する
香水だけでなく、トリプルミルド製法の石鹸もブランドを代表する製品である。原料を複数回練り上げることで水分や空気を抑え、密度が高く、型崩れしにくいバーに仕上げる。ナンバー・シックス、ジョッキー・クラブ、アーモンド、植物園の花々など、香水と共通の香りを入浴や洗顔、シェービングの習慣へ広げている。
米国製造を掲げ、ナンバー・シックスやジョッキー・クラブの現行商品説明では、太陽光発電を利用した植物エキスやFSC認証紙による包装を紹介している。また、FAQでは製品や原料の動物実験を行わない方針を示している。 伝統的な金箔、紋章、薬瓶を思わせるガラスと、簡潔な現代的タイポグラフィを組み合わせた外装も特徴である。過去をそのまま模写するのではなく、アーカイブの意匠を現代の棚に置ける形へ整えている。
香水ラインナップ
以下では、ブランドの歩みを知るうえで代表的な香りを、歴史や着想に沿って紹介する。
ヘリテージの中心

- ナンバー・シックス:1772年に遡るブランドの象徴。ベルガモット、ローズマリー、ネロリから、クローブ、アンバー、ドライローズ、ラベンダー、ホワイトムスクへ移るシトラス・ウッディ。オードパルファムとコロンがある。
- ジョッキー・クラブ:1840年生まれのスポーティーなフゼア・フローラル。ベルガモット、タイム、カーネーション、ハニー調のローズ、ジャスミン、オリス、ムスクを重ねる。現代版はパスカル・ゴーランの再解釈で、現在はオードパルファムも展開されている。
- ニューポート:1890年に故郷ニューポートへ捧げられた海辺のコロン。マンダリン、ラベンダー、ゼラニウム、バルサム、シダーウッドの組み合わせで、潮風と海岸の樹木を描く。
- LX48:レキシントン・アベニューと48丁目にあった旗艦店へ捧げられたオードパルファム。ヴァイオレットの端正さに、タバコ、使い込んだレザー、シダー、オークモスを重ねた、現代的でアニマリックな作品である。
アーカイブからの再生
- マレム:1914年ごろ、アラ・ナジモヴァのために制作された私香を再構成。レッドカラント、ネロリ、ユーカリ、クリミア・ローズ、アンバー、シダーウッドが、舞台の華やかさと暗部を行き来する。
- アーモンド:ブランドを代表する石鹸の香調から発展した、クリーミーなアーモンド、トンカ、ほのかなチェリーとサンダルウッドの香り。オードトワレや石鹸を通して、身体用品と香水の境界をつなぐシリーズである。
- エリクサー・オブ・ラブ:古い処方がアーカイブに残る、ブランドの薬種店的なネーミングを象徴する香りである。現在はオードトワレとして展開されている。
現代のアメリカ香水
- 2571:「1752」と同じ四つの数字からなる名を持つ。ベルガモットとカルダモン、オリス、サイプレス、サンダルウッド、アンバー、ベチバーで構成されたユニセックス香水。調香はローラン・ル・ゲルネックで、濃度はオードパルファムである。
- オエア(OAIRE):タラゴン、オスマンサス、セージ、シトラスで始まり、ゼラニウム、パチョリ、ティムールペッパーへと展開する。アトラスシダー、樹脂、スエード調のムスクが奥行きを与える、空気感のあるユニセックスのオードパルファムである。
- ロス(RÒS):ニューヨーク植物園の「セプタード・ローズ」を中心に、ベルガモット、アニス、スパイス、ダークアンバーを組み合わせた男性的なローズ。花を性別で固定しない、現代的なオードパルファムである。
ニューヨーク植物園
植物園とのコレクションは、大きく二つの表情を持つ。ローズ、オーキッド、ピオニーはパフューム(公式表記はPerfume)。ローズにはブラックカラントやイチジクとムスク、オーキッドには梨やバニラ、ピオニーにはワイルドベリーとアンバーが重なり、それぞれの花に厚みを与える。
ガーデニア、ライラック、ハニーサックルはオードトワレである。ガーデニアは葉とホワイトウッド、ライラックはミュゲとスエード、ハニーサックルは柑橘と苔、ムスクを合わせ、咲きたての花の表情を軽やかに描いている。
このシリーズの価値は、単なる「花の香り」ではなく、植物園に実在する特定の花を起点としている点にある。香水を身につけることが、ニューヨークの庭園で咲く一株の記憶を持ち歩くことにつながっている。
ちなみに…
ワシントンが買ったのは「建国前の香り」
ナンバー・シックスは1772年に登場した。1776年の独立宣言より4年早く、ジョージ・ワシントンが購入したとされる1781年にも、アメリカ合衆国憲法はまだ成立していない。アメリカを象徴する香りでありながら、その誕生は「アメリカ合衆国」そのものより古いのである。
創業者は香水商以上に医師だった
ハンターは外科医、産科医、軍医、医学講師であり、大規模な医学書コレクションも所有していた。香りの仕事だけを切り離すと、このブランドの出発点を見誤る。薬、植物、衛生、身体、美意識が同じカウンターに並んでいたことこそ、キャスウェル・マッセイの原風景である。
「古い処方」は同じ匂いではない
歴史的な香水処方には、ムスク、シベット、アンバーグリスなどの動物由来素材も使われていた。たとえばマレムの再構成では、動物由来素材を使わずに昔の処方を読み直している。現代版は、当時とまったく同じ原料を瓶に戻したものではない。それでも同社は、ノートを表面的にコピーするだけでなく、明暗、拡散、温度、余韻といった処方の役割を受け継ぐことで、歴史的な香りを現在形にしている。
補足
ニューヨーク最初の店舗については資料間に年次の揺れがある。公式記事はフィフス・アベニュー・ホテル地下への出店を1854年とする一方、企業史の二次資料には1833年の支店開設とする記述がある。 ブランドのニューヨーク進出が19世紀であった点は共通するが、資料によって指す店舗や年次の整理が一致していない。
参考文献
- How Heritage Brand Caswell-Massey Continues to Make History
- Caswell-Massey Co. Ltd., International Directory of Company Histories
- Caswell-Massey: An American Original
- E. B. Krumbhaar, Doctor William Hunter of Newport, Annals of Surgery, 1935
- Our History
- Caswell-Massey: Our Story
- Number Six Eau de Parfum
- Jockey Club Eau de Parfum
- History of the Scent: Jockey Club
- Newport Cologne
- The Nose of New York City
- LX48 Eau de Parfum
- MAREM
- MAREM — Wikiparfum
- The Trad and Caswell-Massey, October 5, 2010
- Behind the Bottle: Interview with Nick Arauz of Caswell-Massey
- The New York Botanical Garden Collection
- Florals: Orchid
- Presidential Soap Set
- Frequently Asked Questions
- Almond Collection
- Almond Eau de Toilette
- 2571 Eau de Parfum
- OAIRE Eau de Parfum
- RÒS Eau de Parfum
- Peony Perfume
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- Honeysuckle Eau de Toilette
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