同じ映像を見ている人たちの脳波は、時間に沿った変化がある程度似てきます。2020年の研究では、ユーカリプトールの香りがあると、無臭の条件より、その似方が強くなりました。同じく「元気が出る」と考えられていたリモネンでは、同じ結果は得られませんでした。
この研究の中心は、香りの作用を「刺激的」「落ち着く」といった印象語だけでなく、映像を見ているときの脳の応答から評価できるか、という方法の検討です。三つの実験を通して、香料を比べる指標としての可能性と、まだ解決していない点を調べました。
測ったのは、映像への脳波反応の似方
研究で用いたのは、参加者間相関、英語の略称でISCと呼ばれる指標です。頭皮の複数の電極から得た脳波を組み合わせ、一人の信号の時間変化が、同じ映像を見た他の人の信号とどれくらい似ているかを計算します。
物語の同じ場面で、人々の脳がどれくらい共通した応答をしているかを捉える考え方です。過去の研究で、ISCは映像への注意や関与と関連していました。そこで著者らは、香りによってこの指標が変わるかを試しました。
三つの実験には、それぞれ別の若い成人19人、14人、20人が参加しています。装置で吸気に合わせて6秒間香りを届け、その後24秒間休む提示を繰り返しました。32か所の電極で脳波を測り、同じ人が香りのある条件と、溶媒だけの無臭対照条件を経験しています。香りの強さは近くなるよう事前に調整され、参加者の強度評定でも香料間の有意差は見られませんでした。
ユーカリプトールでは、二つの実験でISCが上がった
最初の実験では、19人が六つの短いアニメーションの物語を、ユーカリプトール、リナロール、無臭の各条件で見ました。著者らは既報をもとに、ユーカリプトールを刺激的な香り、リナロールを落ち着く香りの候補として選んでいます。
結果は、ユーカリプトールでISCが無臭より高く、リナロールよりも高いというものでした。無臭との差はp=.0019、リナロールとの差はp=.007です。香りを感じている間、映像に対する脳の応答の時間変化が、他の視聴者とそろいやすくなったと読めます。
次の14人の実験では、リナロールをリモネンに替えました。ユーカリプトールのISCは再び無臭より高くなりましたが、リモネンと無臭の差は有意ではなく、ユーカリプトールの方がリモネンより高くなりました。参加者自身が二つの香りを「元気が出る」「落ち着く」と分類する割合は似ていたため、その大まかな印象だけでISCの変化は説明できません。
この実験では、無臭条件を二つの香料条件の間に置いています。また、約18分の映像データをまとめるだけでなく、約3分の短い映像ごとの解析も試しました。映像そのものによるISCの違いは大きい一方、香りの作用が映像ごとに異なるという交互作用は有意ではありませんでした。ただし、短い区間のすべてで同じ大小関係が出たわけではなく、短時間で測る際のばらつきも残っています。
10種類へ広げると、香料の順位までは決められない
三つ目の実験では、ペパーミント油、ローズマリー油、バニリン、バラ様のフェニルエチルアルコール、オイゲノール、調合香料など10種類を調べました。参加者、実験担当者、解析者には香料の名前や正体を知らせず、二日間に分けて、同じ映像を香りあり・無臭で比較しています。
方法の記載では、二本で計6分以上になる映像の組を10組用い、香りと映像の組み合わせが偏らないよう割り振りました。10種類をまとめると、香りがある条件のISCは無臭より高くなりました。一方、香りごとの「無臭からどれだけ変わったか」を比べた検定では、10種類の間の差は有意ではありませんでした(p=.73)。
個別の比較ではフェニルエチルアルコールとオイゲノールに上昇が報告されていますが、複数の香料を検定したことへの補正の記載はありません。これは次の研究で確かめる候補を探す結果として読むのが適切です。平均値の順番から「最も集中できる香り」のランキングを作る根拠は得られていません。
なお、この実験は参加者20人と記載される一方、主要なt検定の自由度は18と報告され、人数との対応が本文では明確ではありません。香料間の違いを詳しく判定するには、より大きな標本と、解析人数の明確な報告が必要です。
香りを嗅いだ瞬間の反応とは、違う情報が得られた
研究者はISCだけでなく、香りの提示直後に現れる脳波の応答も調べました。最初の実験では、提示開始から1秒以内の応答に、香りと無臭の有意な差は見つかりませんでした。アルファ波を含む振動のパワーにも明らかな違いは見られず、こちらは正式な統計検定を行っていない部分があります。
ISCを構成する信号の頭皮上の分布は、従来の映像・音声研究で得られた分布に似ていました。著者らは、におい自体への短い反応が強まるというより、映像や音への応答が香りによって変わった可能性を考えています。鼻の刺激感に関わる三叉神経への作用だけでも、香料ごとの結果を単純には説明できないと論じていますが、その神経経路を直接切り分けた実験ではありません。
また、注意の行動課題、記憶テスト、学習成績は今回測っていません。ISCの上昇は注意の変化と整合するものの、生理的な覚醒や感覚応答そのものの変化でも起こり得ます。この区別を確かめることが、香料の評価指標から、日常の学習や作業への応用へ進むための次の課題です。
まとめ
ユーカリプトールを提示すると、映像視聴中の脳波の参加者間相関が無臭より高くなり、この結果は別の参加者でも再現しました。リモネンでは同じ上昇が見られず、「元気が出る香り」という分類が、測定される脳の変化とそのまま対応するとは限りませんでした。
10種類の香料を調べた実験では、全体として香りありのISCが高かった一方、香料間の差は確定できませんでした。得られたのは、香りが映像への脳の応答に関わることと、その作用をISCで評価する方法の手がかりです。香りの印象と、実際に測る機能を丁寧に対応させる大切さが分かります。
研究費はInternational Flavors & Fragrances(IFF)が提供しました。研究当時同社所属の著者2人は、香りの強度調整試験、試料提供、提示方法への助言、原稿作成に関与しています。別の著者1人も研究当時Neuromatters所属で、これらの関係は論文に開示されています。
参考文献
DeGuzman, P., Jain, A., Tabert, M. H., & Parra, L. C. (2020). Olfaction Modulates Inter-Subject Correlation of Neural Responses. Frontiers in Neuroscience, 14, 702. 原著論文


