コーヒーを嗅いで懐かしくなる人もいれば、ただ苦そうなにおいだと感じる人もいます。こうした違いには、香りを知っていることや、何のにおいか分かることが関わるのでしょうか。
ジュネーブ、リバプール、シンガポールの計772人を調べた研究では、香りへの親しみと快さの結びつきが、とくに快い香りの側で強く見られました。さらに、正体を言い当てた人のほうが懐かしさを強く報告する香りもあれば、嫌悪感が弱い香りもありました。「好きか嫌いか」だけでは見えない、香りごとの気持ちの違いを探った研究です。
快さだけでなく、どんな気持ちになるかを比べる
Ferdenziらが2013年に発表した論文の目的は二つです。一つは、香りから生じる気持ちが地域や男女でどう異なるか。もう一つは、その違いと香りの知識との関係を調べることでした。
ここでいう知識には、「嗅いだことがある気がする」という親近性と、何の香りか名前を答える同定の両方が含まれます。専門家としての香料知識を試したわけではなく、日常の経験に近い指標です。
気持ちの測定には、それぞれの地域で先に開発された「Emotion and Odor Scale(EOS)」を使いました。36~37語を6~7のまとまりに整理した尺度で、幸福・心地よさ、活力、官能・欲求、嫌悪の四つは3地域に共通します。ほかに、リバプールでは懐かしさや空腹・喉の渇き、シンガポールでは知的刺激や精神性などを評価しました。同じカテゴリー名でも、構成する言葉は地域間で完全には一致しません。
772人が、それぞれ7~8種類の香りを評価
参加者はジュネーブ210人、リバプール351人、シンガポール211人。科学イベントや博物館などで募集され、主にその国、または同じ言語を使う隣接国で暮らしてきた人たちでした。
用意した香りは欧州の2地点で56種類、シンガポールで59種類です。果物、飲み物、花、木、洗剤、体臭など幅広い場面を含み、シンガポールにはパンダンや大豆なども加えました。香料は知覚される強さが近くなるように調整し、番号を付けたペン型器具で提示しました。
一人が全種類を嗅いだのではなく、担当した7~8種類をランダムな順番で評価しています。各香りについて、まず感情を表す言葉の当てはまりを答え、次に親近性、快さ、強さを評価しました。名前を自由に答える課題は、リバプールとシンガポールだけで行っています。解析では個々の回答を使った地域・男女の比較と、香りごとに平均した知識と感情の関係を分けました。
地域差はあり、男女差は一方向ではない
今回の香料セットでは、シンガポールの参加者は欧州2地点より、平均して親近性、強さ、快さを低く評価しました。ただし、地域差の現れ方は香りによって変わります。例えばドリアンの香りへの嫌悪感はシンガポールで小さく、イチゴの香りが呼び起こす官能・欲求や活力などは、スイスで他地域より弱く報告されました。
女性は男性より香りを強く感じると答え、同定成績も高い傾向が得られました。一方、快さや親近性に男女の全般的な差はなく、女性のほうが一律に強い感情を抱くという結果にもなりませんでした。
むしろ幸福・心地よさ、官能・欲求、活力の評点が男性で高いという差は、スイスの標本だけで見られました。この標本では中高年の男性が少なく、年齢構成が関わる可能性を著者らは指摘しています。嫌悪感の男女差も香りによって方向が変わり、体臭や乳製品のような香りでは女性、植物や花の一部では男性の評点が高い例がありました。
親しみと快さの結びつきは、快い香りで強い
研究チームは、各地域で香りを快さの平均値の中央値によって二群に分けました。快い側の群では、親近性が高い香りほど快さも高く、その相関係数はジュネーブ0.71、リバプール0.79、シンガポール0.80でした。不快な側では、親近性と快さの相関はどの地域でも統計的に明確ではありませんでした。
つまり、よく知る香りほど快いという結びつきには、香りの快・不快による偏りがありました。この結果は、不快な香りも慣れれば同じように好きになる、という単純な図式では捉えにくいものです。
名前を言えることと快さの関係にも似た傾向がありましたが、快い群と不快な群の相関の差が明確だったのはリバプールでした。また、EOSの感情カテゴリーすべてに同じ偏りが現れたわけではありません。親近性と快さについての一貫した結果と、個々の感情についての多様な結果を分けて読む必要があります。
コーヒーは懐かしさ、ラベンダーは心地よさと結びつく
名前をほぼ正しく答えた人、誤答した人、答えられなかった人を比べると、正しく答えた人では、答えられなかった人より嫌悪感が低く、幸福・心地よさ、活力、懐かしさ、知的刺激の評点が高くなりました。十分な人数がそろう香りに対象を絞った比較です。
さらに香りごとのパターンを探ると、ビール、コーヒー、シャンプー、一部のイチゴ香では、とくに懐かしさの差が目立ちました。ラベンダーとグレープフルーツでは、幸福・心地よさに加えて、懐かしさや活力にも大きな差がありました。クローブや炒めたエシャロットなどの群では、主に嫌悪感が低くなるパターンでした。
一方、洗濯用石けん、ユーカリ、チーズなどを含む群では、正しく答えた人と答えられなかった人の感情評点に目立つ違いがありませんでした。香りを知っていることとの結びつきは、すべての香りで同じ形を取るのではなく、香りと感情の組み合わせによって異なっていたのです。
名前や経験が関わる仕組みは、これからの問い
著者らは、過去の経験、食べ物かどうかという分類、香りに対する期待などが、感じ方に関わる可能性を考えています。例えばコーヒーの正体が分かることと個人的な思い出が結びつけば、懐かしさの違いを説明できるかもしれません。
ただし今回は、名前を教える前後を比べた実験ではなく、知っていた人と知らなかった人の回答の比較です。名前を覚えると感情がどう変わるかという因果関係は、別の実験で確かめる必要があります。
地域の比較にも、生活経験のほか、言語、回答の仕方、参加者の年齢構成などが重なります。香料は欧州の企業が製造し、欧州の研究者が選んだもので、その選択も結果に影響し得ます。3地点の結果を、そのまま国全体の固定的な性格として扱うことはできません。
まとめ
3地域772人の調査では、親しみのある香りほど快く評価される関係が、とくに快い香りで強く見られました。何の香りか答えられた人は、答えられなかった人より、コーヒーなどでは懐かしさ、ラベンダーなどでは心地よさを強く報告する傾向があり、その現れ方は香りごとに異なりました。
女性の同定成績と強さの評定は高かった一方、感情の強さには地域や香りに応じた違いがありました。香りの感じ方を理解するには、快・不快だけでなく、「何を知っていて、どんな気持ちと結びつくか」まで見ることが大切だと分かります。
本研究はFirmenichと、スイス国立科学財団が支援するNCCR Affective Sciencesの助成を受けています。論文では著者2人がFirmenich所属と記載されています。
参考文献
Ferdenzi C, et al. Variability of Affective Responses to Odors: Culture, Gender, and Olfactory Knowledge. Chemical Senses. 2013;38(2):175–186. doi:10.1093/chemse/bjs083. ジュネーブ大学公開原著.


