リンゴの香りで、計算中の心拍の反応は変わる?

リンゴの香りで、計算中の心拍の反応は変わる? 香りの科学

計算を続けて緊張しているとき、リンゴを思わせる香りがあると、心拍の反応は変わるのでしょうか。健康な男子大学生25人が参加した研究では、リンゴの調合香料を嗅ぐ条件で、無香の対照やカモミールの調合香料よりも、課題中の心拍数の上昇が小さくなりました。

一方、鼻先の温度や本人が感じる負担、計算成績は、心拍と同じようには変わりませんでした。体のどの反応を見るかで、香りの影響の見え方が違うことも、この研究を読むポイントです。

リンゴの香りと、短時間の計算ストレス

研究チームが調べたのは、リンゴの香りが、認知課題で生じる短期的な生理反応にどう関わるかです。心臓の活動と、皮膚の血流に関係する末梢の反応を合わせて測りました。

参加者は、平均年齢22歳の健康な男子大学生25人。同じ人が、リンゴ、カモミール、対照の3条件を別々の日に経験しました。順番の影響を抑えるため、条件を受ける順序は参加者間で釣り合わせています。

1回の実験は、10分間の安静、30分間の計算、15分間の回復で構成されました。課題は、画面に出る1桁の数字を、できるだけ速く正確に足し続けるものです。香りを提示したのは計算中だけで、安静時や回復時には提示していません。

使ったのは、リンゴとカモミールを再現した調合香料

香りは調香師が作ったもので、リンゴやカモミールから抽出した精油とは異なります。リンゴ香料には酢酸ブチル、酢酸ヘキシル、酢酸ゲラニル、Verdoxなど、カモミール香料にはリモネン、リナロール、ゲラニオール、Hedioneなどが含まれていました。

香料は無臭の溶媒DPGで調製し、DPGだけを対照条件にしました。カモミールを加えたのは、リンゴの結果を「香りがあるか、ないか」だけで比べず、別の好まれやすい香りとも比べるためです。

鼻の下のチューブから、専用の提示装置で、1分ごとの最初の20秒間に香りを送りました。残りの時間は休止します。連続して嗅ぐことによる慣れを減らし、提示時間を一定にするための方法です。室内に芳香剤を置いた場合とは、においの届き方が違います。

心拍数と、拍動間隔の揺らぎを測る

心電図から、1分間の心拍数と「心拍変動」を求めました。心拍変動は、一拍ごとの間隔に生じる小さな揺らぎです。ここでは高周波成分のHFを、心臓への迷走神経、すなわち副交感神経の関わりを表す指標として使っています。

計算などの負荷で心拍数が上がり、HFが下がると、課題中に心臓の調節が変化したと考えられます。ただしHFの低下は副交感神経の影響が弱まることに関係し、交感神経活動を直接測った値ではありません。

さらに、鼻先に温度センサーを付けました。鼻の皮膚温は血流の変化を反映し得るため、末梢の反応を見る補助指標です。生理データは、個人差を調整し、最初の安静時を基準にして比較しました。

リンゴ条件では、心臓の反応が小さかった

無香のDPGとカモミールの条件では、安静時に比べて計算中の心拍数が上がり、HFが下がりました。リンゴ条件では、安静時と課題中の差は有意ではありませんでした。

重要なのは、条件同士を直接比べた結果です。リンゴ条件の心拍数の上昇は、DPGより小さく(p=0.008)、カモミールよりも小さくなりました(p=0.001)。HFの低下も、DPG(p=0.029)、カモミール(p=0.006)より小さくなっていました。

つまり、単に「リンゴだけ安静時との差が有意でなかった」という結果にとどまらず、課題による心臓の変化が、ほかの2条件より小さいことが示されました。カモミールとDPGの間には、これらの指標の有意な差は認められませんでした。

鼻先の温度は、同じ方向にはそろわない

鼻先の温度は、リンゴとDPGの条件で、安静時より課題中に低くなりました。条件間では、リンゴはカモミールより低い温度を示しましたが、リンゴとDPGの差は有意ではありませんでした。

心拍の反応が小さいからといって、皮膚温を含む体のすべての指標が「落ち着く」方向へそろうわけではなかったのです。著者らも、心臓と末梢で異なる結果になる生物学的な理由は、まだ明らかでないとしています。

鼻先の温度は、体の一部分の血流などに関係する指標です。心拍変動と合わせることで反応を多面的に見られますが、一つの温度変化だけから自律神経全体の状態を決めることはできません。

退屈さは減ったが、計算成績は変わらなかった

香りについての質問では、リンゴはDPGよりも快適で、好ましく、強いと評価されました。カモミールより有意に好まれたとまでは示されていません。

課題前後の気分や負担感も7項目で調べました。リンゴとカモミールの両条件では、DPGより退屈さの変化が低くなりました。一方、緊張、努力、集中、疲労、いら立ち、単調さなどには、香りの条件による明確な差がありませんでした。

計算の正答率や速さにも、有意な条件差は認められませんでした。心臓の指標に見られた変化を、そのまま本人のストレス感全体の改善や、仕事の能率向上へ置き換えずに読むことが大切です。

どんな条件で得られた結果か

対象は健康な若い男性に限られ、負荷も30分間の単純計算でした。使用した調合香料、提示濃度、間欠的に鼻へ届ける方法を含めた結果なので、別のリンゴ香料や日常の室内芳香にそのまま当てはまるかは、追加の検証が必要です。

また、配合成分を一つずつ比較した実験ではなく、どの成分が結果に関わったかは分かりません。本人が心地よく感じたことと生理反応の関係や、期待・経験による影響も、今後切り分けていく課題です。

まとめ

25人が3条件を経験した実験では、リンゴの調合香料を計算中に間欠提示すると、DPGとカモミールの両条件より心拍数の上昇とHFの低下が小さくなりました。短期的な課題への心臓の反応が、香りによって変わり得ることを示しています。

一方、鼻先の温度はリンゴとDPGで有意差がなく、計算成績も変わりませんでした。退屈さの低下はリンゴとカモミールの両方に見られています。心臓、末梢、本人の感覚を分けて測ることで、香りの影響を具体的に捉えた研究です。

この研究は長岡技術科学大学と高砂香料工業の支援を受け、高砂香料工業が一部資金と香料を提供しました。論文では共著者K. Itoが研究当時同社の社員で、給与を受けていたことが開示されています。

参考文献

Dilrukshi EAC, et al. (2024). Alleviation of physiological stress response by apple aroma. Australian Journal of Psychology, 76(1), 2401022. 原著論文。