同じにおいに感じるローズオキシドにも、鼻は違って反応する?

同じにおいに感じるローズオキシドにも、鼻は違って反応する? 香りの科学

二つの物質を嗅いでも、同じにおいに感じる。そんなとき、鼻の中でも同じ反応が起きているのでしょうか。

2017年の研究は、見分けにくい二種類のローズオキシドを使い、鼻の粘膜の電気反応と、頭皮から測る脳の反応を同時に調べました。参加者はにおいを明確には嗅ぎ分けられませんでしたが、鼻の粘膜の反応には違いがありました。分子を受け取る段階と、私たちが感じるにおいの間にある関係を探った研究です。

鏡写しの分子は、いつも違って香るのか

分子には、右手と左手のように、鏡に映した関係にありながら重ね合わせられない組合せがあります。これを「鏡像異性体」といいます。

においの分子を受け取る受容体も、立体的な形を持つタンパク質です。そのため、鏡写しの二つの分子に違う反応を示すことがあります。ただ、人間がその二つを別のにおいとして感じるかは、物質の組合せによって異なります。

研究者が選んだのは、(+)と(−)のローズオキシドです。二つを区別しにくい条件を使い、鼻の最初の反応に違いがあっても、それが脳の測定値や本人の嗅ぎ分けに現れるとは限らないのかを調べました。

においの回答、鼻の電気反応、脳波を比べる

事前に26人を調べ、嗅覚が正常で、鼻の奥に記録用電極を置きやすいなどの条件を満たした19人が参加しました。女性14人、男性5人で、平均年齢は25歳です。

香りは専用の装置から、片方の鼻へ0.5秒ずつ送りました。空気の温度、湿度、流れをそろえ、装置の音も雑音で隠しています。機械の切替音や空気の変化を手がかりにしにくくするためです。

濃度は、(+)型が0.0275%、(−)型が0.02%でした。別の参加者による予備試験で、においを感じられ、強さが近く、嗅ぎ分けにくい条件を選んでいます。また、刺激された鼻の左右を当てる予備課題を使い、ツンとする感覚などを伝える三叉神経の刺激が大きくならない条件を確かめました。

本人が区別できるかは、三つの刺激のうち一つだけ違うものを選ぶ課題で測りました。各人9回です。鼻の粘膜からは、においに応じた電位変化である「EOG」を記録。頭皮の中央の電極からは、刺激に合わせて脳波を平均する「嗅覚事象関連電位(OERP)」を記録しました。

同じにおいへの応答でも、EOGは鼻の受け取り口に近い反応、OERPは脳での処理を反映する測定です。研究は、この二つと行動の対応を見ています。

嗅ぎ分けは偶然の水準。鼻の反応には差があった

嗅ぎ分け課題の正解は、9回中平均3.2回でした。三択を偶然に選んだときの目安は3回で、そこから有意に高い成績にはなりませんでした。強さの評価も、100点中(+)型が約41、(−)型が約40で、有意差はありませんでした。

一方、記録できた14人のEOGには違いがありました。(+)型を送ったときのほうが電位変化の振幅が大きく、ピークに達するまでの時間も長くなっていました。

たとえば、基準線から負のピークまでの振幅は、(+)型で平均約6.42µV、(−)型で約3.77µV。そのピークまでの時間は、約589ミリ秒と約415ミリ秒でした。研究者は、鼻の粘膜で異なる反応が起きても、本人の嗅ぎ分けには直結しない例として捉えています。

なお、二つの刺激は、感じる強さを近づけるため濃度を変えています。この濃度差も鼻の電位差に寄与した可能性があり、観察された差を分子の立体構造だけの効果として切り分けることはできません。

頭皮から測った反応には、明確な差が出なかった

OERPを記録できたのは18人でした。調べた脳波のピークの振幅と、ピークまでの時間には、二つのローズオキシドの間で有意差がありませんでした。

鼻の反応には差があり、頭皮から測った指標と本人の嗅ぎ分けには明確な差がない。この組合せが、研究の中心となる発見です。

香りの信号は、鼻の感覚神経から嗅球を経て、梨状皮質などの領域で処理されます。著者は、分子の構造を反映する入力が、その後の経験や学習も関わる処理を通じて、似たにおいの経験になる可能性を論じています。

今回の測定では、その変換がどの場所で起きたかまでは特定していません。頭頂部の電極で測った特定の波形に差がないことと、脳内のあらゆる活動が同じであることは、分けて考える必要があります。

リモネンでは、嗅ぎ分けと脳波の一部に差

著者は補足実験として、別の鏡像異性体の組合せであるリモネンも調べました。こちらは事前に二つを区別できることを確認した12人を対象にしています。

その集団では、三択課題の平均正解数は9回中6.2回で、偶然の水準を上回りました。脳波では、P2という正のピークの振幅が(+)型と(−)型で異なりました。ほかの振幅やピークまでの時間には有意差がありませんでした。

これは、嗅ぎ分けられる組合せでは、脳波の一部にも違いが現れるという、主実験を補う結果です。あらかじめ識別できる人を選んでいるため、一般の人すべてのリモネンの識別能力を表す数値としてではなく、この条件での行動と脳反応の対応として読むのが適切です。

香りの違いは、受け取り口だけで決まらない

この研究は、鼻で別の反応が起きることと、本人が違う香りとして経験することの間に、単純な一対一の対応を置けないと示唆します。嗅ぎ分けを理解するには、分子と受容体の相性に加えて、脳での処理も見る必要があります。

ローズオキシドの結果は、19人という限られた集団と、選ばれた濃度・課題で得られました。「人は絶対に区別できない」という固定的な性質より、同じように感じられる条件で、鼻と脳の測定がどう対応するかを示した結果として価値があります。

まとめ

二つのローズオキシドは、この実験では明確に嗅ぎ分けられませんでしたが、鼻の粘膜の電気反応には違いがありました。一方、頭皮から測った脳波の指標には有意差がなく、識別できる人を選んだリモネンの補足実験では、一部の脳波指標に差が現れました。

同じにおいに感じることは、鼻への入り口で同じ反応が起きることと同じではない。香りの経験は、分子を受け取ってから脳で解釈するまでの過程を通して生まれると考える手がかりです。

研究はドイツ研究振興協会、スウェーデンの人文社会科学系財団、ドレスデン工科大学のフェローシップの支援を受けています。著者は利益相反なしと申告しています。

参考文献

Poletti SC, Cavazzana A, Guducu C, Larsson M, Hummel T. (2017). Indistinguishable odour enantiomers: Differences between peripheral and central-nervous electrophysiological responses. Scientific Reports, 7, 8978. 原著論文・補足資料