香りを嗅ぎ終えても、脳には余韻が残る? 90秒の安静から見えたこと

香りを嗅ぎ終えても、脳には余韻が残る? 90秒の安静から見えたこと 香りの科学

香りのある場所を離れた後も、どこかに印象が残っている。そんな「余韻」は、脳の活動にも表れるのでしょうか。

2020年の研究は、快いにおいと不快なにおいを嗅いだ後、何もせず休んでいる間の脳を調べました。においの提示が終わった後の90秒間にも、脳の領域同士の活動の連動に違いが見つかりました。嗅いでいる最中だけでなく、嗅いだ後の状態から香りの影響を捉えようとした研究です。

においが止まった後の脳を調べる

脳は、何かの課題に取り組んでいないときも活動しています。休んでいる間には、複数の領域が連動する「デフォルト・モード・ネットワーク」などの働きが見られます。直前の経験が、この安静時の活動にも影響するかが、研究の出発点でした。

ジュネーヴ大学のHeather Carlsonらは、快・不快を伴うにおいの体験が、その後の安静時の脳活動に残るか、残り方が快いにおいと不快なにおいで違うかを調べました。そこでfMRIを使い、においを嗅いでいるときと、嗅ぎ終えて休んでいるときの両方を記録しました。

中心となる指標は「機能的結合」です。これは、離れた脳領域の信号が、時間とともにどれくらい一緒に変動するかを表します。神経の配線そのものが増えた、ある領域から別の領域へ情報が流れた、と直接示す数値ではありません。

20人が、快いにおいの日と不快なにおいの日を経験

参加したのは18〜35歳の学生20人で、男女各10人でした。全員が2日に分けて実験を受け、一方の日には快いにおい、もう一方の日には不快なにおいを経験しました。どちらの日を先にするかは、参加者間で入れ替えています。

快い刺激はラベンダー、イチゴ、キャラメルなどを含む5種類、不快な刺激も5種類です。事前に別の10人が評価し、快・不快の方向が比較的そろう刺激を選びました。香りのない空気を送る条件も設けています。

各日の測定は、無臭、におい、におい、無臭の4回で構成しました。においの測定では、各刺激を15秒ずつ3回、計45秒間提示。途中で短く区切って強さを尋ね、最後に快さと強さを評価してもらいました。その後、目を閉じ、考えを自由に巡らせながら90秒間休みました。

安静後の半数の試行では、その間に何を考えていたかも尋ねました。選択肢は、においに関連すること、自分の生活、MRIの音などの周囲の環境、眠気との闘いです。さらに各日の実験前後には、気分を評価するPANAS-Xという質問票に答えてもらいました。

気分と考えごとにも、別々の結果があった

参加者は、選ばれた快臭を快く、不快臭を不快に評価しました。二つのにおい群の強さには有意差がなく、無臭条件の快さも両日で大きく違いませんでした。

気分の質問票では、肯定的な気分の得点は両日とも実験後に下がり、不快臭の日の低下幅のほうが大きくなりました。平均変化は不快臭の日が−5.6点、快臭の日が−3.1点で、著者らの片側検定では有意でした。一方、否定的な気分の得点には有意な差は見つかりませんでした。

安静中に考えたことの大まかな分類は、におい条件によって有意に変わりませんでした。「快い香りで気分が上がった」「不快なにおいの後は皆が嫌な記憶を考えていた」という単純な結果ではなかったのです。

嗅ぎ終えた後にも、活動の連動が変わっていた

脳画像の解析では、嗅覚、情動、記憶、安静時の活動などに関連する27領域を選びました。そして、においの後と無臭の後で、安静時の機能的結合を比較しました。信号のゆっくりした揺れを二つの速度帯に分け、それぞれで連動を調べています。

不快なにおいの後には、安静時ネットワークに関わる楔前部と、嗅覚や情動に関わる領域などとの結びつきが強まりました。速めの帯域では、楔前部と内側眼窩回、島皮質と扁桃体などの組み合わせで増加が見られました。より遅い帯域でも、楔前部と嗅覚・感覚・行動調整に関わる複数領域の連動が強くなりました。

快いにおいの後には、速めの帯域で、海馬と島皮質、海馬と梨状皮質などの結びつきが弱まりました。一方、遅い帯域では、楔前部や視床と前頭部の領域など、一部の組み合わせで結びつきが強まりました。

つまり、快いにおいで脳全体の連動が一様に上がり、不快なにおいで下がる、という変化ではありませんでした。どの領域の組み合わせか、どの速度の信号を見るかによって、変化の向きは違います。

快臭後と不快臭後を直接比較すると、速めの帯域には差がありましたが、遅い帯域では研究で設定した統計的な基準を超える差はありませんでした。無臭との比較で異なるパターンが見えることと、快・不快の直接比較で差を確かめることも、分けて読む必要があります。

結びつきのパターンから、快臭後と不快臭後を見分ける

研究チームはさらに、複数の結合の値を組み合わせ、快臭後か不快臭後かを分類する機械学習も試しました。使ったのは、たくさんの分岐ルールを組み合わせるランダムフォレストという方法です。

同じ研究データ内での内部評価では、分類誤りは約14%でした。分類に重要な上位5つの結合のうち4つは、左の島皮質と、前頭前野、海馬周辺、扁桃体などを結ぶものでした。

この結果は、嗅ぎ終えた後の活動の連動に、快・不快の条件を区別する情報がある可能性を示します。新しい集団で確かめた外部検証ではなく、本人の気分や考えている内容を読み取れる技術を完成させたわけではありません。

脳に残る変化と、本人が感じる余韻

著者らは、不快なにおいの後に見られた記憶や行動調整に関わる領域の結びつきを、避けたいものを学ぶ過程などと関連づけて考察しています。快いにおいの後の変化には、注意の向け方の柔軟性が関わる可能性も挙げています。

ただし、この研究では、脳の各変化を特定の記憶、回避行動、気分の変化と直接対応させたわけではありません。気分と考えごとの測定は行っていますが、その粒度とタイミングだけで、一つ一つの神経変化の心理的な意味までは決まりません。

また、20人の学生を対象に、においの後の90秒間を分析した研究です。何時間も効果が続くことや、暮らしの中で集中力、睡眠、健康が改善することを調べたものではありません。個人による好き嫌い、香りへの親しみ、刺激の種類を広げ、余韻の長さも確かめることが次の課題になります。

まとめ

快いにおいと不快なにおいは、提示が終わった後の短い安静時間にも、脳領域の活動の連動に違いを残しました。とくに楔前部や島皮質を含む結合が重要で、その組み合わせを使った探索的な分類も可能でした。

同時に、気分の質問票では不快臭の日に肯定的な気分の低下が大きかった一方、否定的な気分や考えごとの大分類には明確な条件差がありませんでした。脳で見える余韻と、本人が言葉にする体験は、同じ指標ではありません。嗅いでいる瞬間を越えて香りを調べることは、その両方の関係を知るための一歩になります。

研究はFirmenichのEMODORプロジェクトから資金支援を受け、同社が刺激を提供しました。同社所属の共著者も参加しています。

参考文献

  • Carlson, H., Leitão, J., Delplanque, S., Cayeux, I., Sander, D., & Vuilleumier, P. (2020). Sustained effects of pleasant and unpleasant smells on resting state brain activity. Cortex, 132, 386–403. DOI・原著。大学公開の全文。