場所、素材、そして物語を語ること。そのすべてが大切なのだ。
フィリップ・ソラス
ユンヌ ニュイ ノマド(Une Nuit Nomade)は、音楽業界で働いていた二人が、バリでの体験から育てたフランスの香水ブランドである。夜に香る花、モントークに集まった音楽家や芸術家、オマーンの白い砂丘。旅先を選ぶだけでなく、その土地のどの場面を香水にするかを考え、調香師へ手渡していく。「ノマド」という名前の背景には、場所とともに、香りの表現も変えていく歩みがある。
基本情報
- ブランド名:Une Nuit Nomade(ユンヌ ニュイ ノマド)
- 創設者:フィリップ・ソラス(Philippe Solas)、アレクサンドラ・キュビゾル(Alexandra Cubizolles)
- 創設国:フランス。最初の着想地はインドネシア・バリ島
- 歩み:2013年に前身のUne Nuit à Baliが製品を展開。2017年にUne Nuit Nomadeへ改名
- 公式サイト:Une Nuit Nomade
創設者とブランドの成り立ち
音楽業界で出会った二人
ソラスはユニバーサル・ミュージックのマーケティング責任者、キュビゾルはアーティスティック・ディレクターとして働いていた。キュビゾルは生物学を学び、自然や身体の仕組みに関心を持つ一方、音楽業界ではアーティストと作品を扱うA&Rの仕事に携わった。ソラスはマーケティングとコミュニケーションを学び、ユニバーサルを離れた後には、東洋医学に関心を寄せて指圧の訓練も受けている。
二人が求めたのは、別の情熱を探り、自分たちの方法で創作することであった。旅、自然、心身のくつろぎをめぐる関心が重なり、独立への構想が育っていく。キュビゾルにとって、独自の香水を生み出す世界へ進むことは、音楽の仕事から続く創造的な選択でもあった。
音楽から香水への転換は、それ自体が大きな変化をもたらす旅だった。
フィリップ・ソラス
愛用香水を探して訪れたジョヴォイ
ブランドをつくる考えには、パリの香水店での出来事も関わっている。ソラスが愛用していたブシュロンの「ジャイプール」は、一時、処方の問題から手に入りにくくなった。二人は小さな独立系ブランドを集めたジョヴォイの記事を読み、当時のダニエル・カザノヴァ通りの店へ向かった。
そこでソラスは「アンブル・プルミエ」に惹かれ、購入した。店を出た二人は、生涯ひとつの香水に留まる必要があるのだろうか、と考えた。愛用品を探すための訪問が、新しい香りや、小さなブランドが成り立つ世界を知る機会になったのである。
2013年、バリのボディケアと最初の香水
最初の目的地はバリだった。二人はアジアを旅するなかで、植物の豊かさや、その土地に伝わる身体の手入れに心を向けた。前身の「ユンヌ ニュイ ア バリ(Une Nuit à Bali)」は、当初から香水だけを扱うブランドではない。ドライオイル、竹の粉を使うスクラブ、マッサージ用のパウダーなど、身体をいたわる製品も展開していた。
2013年の夏にはオイルやスクラブが紹介され、マッサージパウダーは9月、香水「ル・パルファン」は10月の発売が予定されていた。香水は一連のケアの最後を飾るものだったが、やがて香りの創作が活動の中心になっていく。その最初の香水は、後の「フルール・デ・フルール」へとつながる。
2015年のエクセンスでは、フルール・デ・フルールに加え、「ミスター・ベチバー」「スーマ・オリエンタル」が並んだ。バリの花、ジャワのベチバー、東南アジアをめぐる古い記述。ひとつの旅先のなかでも、題材は花の芳香から人物の物語や歴史へ広がっていた。
2017年の改名と、モントークへの展開
2017年、ブランドはユンヌ ニュイ ノマドへ改名し、バリの香水をひとつのコレクションとして残しながら、「ユンヌ ニュイ ア モントーク」を加えた。新しい目的地は、ニューヨーク州ロングアイランドの東端にあるモントーク。「メモリー・モーテル」と「ローズ・アメリカ」がその入口となり、どちらもアニック・メナルドが調香した。
メナルドは、ソラスが以前から協働を望んでいた調香師である。海辺の町に集まった芸術家たちの物語を出発点に、バリの植物とは異なる香りの世界へ進んだ。さらに2019年には、ジェローム・ディ・マリノとオマーンを題材にする作品を展開。ブランド名がひとつの島を離れたことで、各地に異なる視点と作り手を迎える道が開かれた。
創設者が物語を決め、調香師が処方をつくる
二人は、自ら調香する創設者ではない。目的地を選び、香水が表す物語を考え、制作の要望をまとめたブリーフを調香師へ渡す。その提案を評価し、修正を重ね、完成を決める役割を担う。
新しい香り、新しい構想、ブランドの芸術的な方向は、いつも二人で決める。
フィリップ・ソラス
読書や旅から始まった題材が、調香師との対話を経て香水になる。この間をつなぐのが二人の仕事である。日常の運営では、キュビゾルが数字に関わる仕事を、ソラスが言葉に関わる仕事を受け持つ。音楽家と作品の世界を伝えてきた経験が、香りだけでなく、その背景まで組み立てる活動に続いている。
ブランドのこだわり
バリの花を組み合わせたフルール・デ・フルール
カリーヌ・シュヴァリエが手がけたフルール・デ・フルールは、イランイランとジャスミンへの賛歌である。バリの花という題材には、夜を待って芳香を放つジャスミンも含まれる。現在の公式説明では、二つの花を中心に、粉を思わせる柔らかさと、控えめな木質の表情を備える構成として描かれている。
夜は、単に香水を使う時間帯ではない。花が香る時刻や、旅先で過ごす時間そのものが創作の題材になる。ケアから始まったブランドの最初の香水にも、植物と身体、夜の感覚を結びつける発想が残っている。
メモリー・モーテル:1970年代の音楽と海辺の町
モントークのコレクションでは、海を思わせる香りだけで町を描こうとはしない。メモリー・モーテルが捉えるのは、アンディ・ウォーホルやローリング・ストーンズに結びつく1970年代の空気である。題名は実在するモーテルと、ストーンズの同名曲を重ねている。
メナルドは、タバコ、革、カーネーション、モス、パチョリを組み合わせ、二人が求めた当時の官能性を形にした。現在のブランドの説明にも、パチョリに包まれるタバコと、そこへ差し込むバニラという構想が示されている。地名を香水に付けるだけでなく、町に蓄積した音楽の記憶を、香りの組み合わせへ移した作品である。
同じモントークを題材にする「ボヘミアン・ソウル」は、1966年のサーフィン映画『エンドレス・サマー』に着想を得る。理想の波を追って移動する旅を、アイリスやガイアックウッド、サンダルウッドを含む構成で描いた。同じ町を入口にしても、音楽家の滞在とサーファーの自由な移動では、香水が追う物語も変わる。
オマーンの庭園と白い砂丘
2019年の「ジャルダン・ド・ミスファ」は、オマーンの村ミスファ・アル・アブリーンを題材とするオードパルファムである。ディ・マリノはオマーンを訪れ、制作へと結びつけた。公式の物語に登場するのは、段々畑の間を流れる水、花のある小道、ナツメヤシの木々。ローズの表情と、クリーミーなデーツや蜂蜜、水を思わせるアコードが重なる。アコードとは、複数の香料でひとつの印象をつくる組み合わせである。
一方、2023年に発表された「シュガー・レザー」が向かうのは、アル・ハルーフの白い砂丘だ。隊商のラクダの鞍が太陽に熱せられ、革の匂いを放つという情景を起点にしている。砂丘の白さを「砂糖」に見立て、革が砂をまとい、陽光でキャラメリゼされたかのような像を描く。シナモン、革、キャラメルの組み合わせは、その物語を構成する要素である。
庭園では水と花、砂丘では熱と革。同じオマーンという目的地が、作品ごとに異なる場面へ分かれる。土地を単一の香りで代表させず、そこで何を見るかによって創作を変えるところに、ユンヌ ニュイ ノマドの旅がある。
クリック・ソング:ミリアム・マケバへの敬意
南アフリカを題材にした「クリック・ソング」は、歌手ミリアム・マケバへのオマージュである。題名には、彼女が世界へ広めたコーサ語の歌が選ばれた。制作はロベルテのセルジュ・ド・オリヴェイラが担当した。
ブランドが描いたのは、パチョリの葉に包まれたバラのつぼみが、アンバーとラブダナムの深い根を故郷の土へ伸ばす姿である。ラブダナムは、シスタスから得られる樹脂性の香料だ。亡命しながら歌い続けたマケバへの敬意を、花と根のイメージに重ねている。旅の目的地が植物や風景だけでなく、その土地に関わる人物へも広がった作品である。
ロクサーヌ・ラガシュが描く旅のパッケージ
香水の視覚表現を担うのは、アーティストのロクサーヌ・ラガシュ(Roxane Lagache)である。ラガシュはロゴ、各目的地を描く水彩画、箱のデザイン、ボトルの写真まで手がけ、ブランドの変化に合わせてロゴも育ててきた。
香りが土地の情景を組み立て、絵がその旅を目に見えるものにする。ひとつの瓶を選んだ後にも、その外側の図像が、作品の背景を思い出す手がかりとなる。
現在、ブランドはすべての香水に動物由来の素材を使わない方針を示している。シュガー・レザーの「革」も、動物の革そのものを原料にしたという意味ではなく、香料で描く革の印象である。物語の題材と、実際に使う素材を分けて考えることも、この香水づくりを理解するうえで大切だ。
参考文献
- Philippe Solas, Une Nuit Nomade — 2019年の本人取材、最初の香水、調香師との制作、各コレクション
- Alexandra Cubizolles & Philippe Solas im Interview — 二人の経歴、ジョヴォイでの出来事、役割分担、クリック・ソング
- Planning to create a niche fragrance brand? — 2023年のソラスの講演と音楽業界からの転身
- Rêve d’ailleurs — 2013年7月のUne Nuit à Baliのケア製品と香水発売予定
- Une Nuit Nomade Interview — ケアから香水への展開、ル・パルファンとフルール・デ・フルール
- Une Nuit à Bali at Esxence — 2015年の会場取材と三つの香水
- Memory Motel & Rose America — 2017年の改名とモントーク・コレクション
- Oman: The New Destination of Une Nuit Nomade — 2019年のオマーン・コレクション発表
- Fleur des Fleurs — 花と香りの構成の公式説明
- Memory Motel — 音楽とモントークの物語の公式説明
- Bohemian Soul — エンドレス・サマーと香りの構成の公式説明
- Jardins de Misfah — オードパルファムの着想と構成の公式説明
- Love At First Sight and Sugar Leather — 2023年5月の新作紹介
- Sugar Leather — 白い砂丘、革、香りの構成とボトルの公式資料
- Click Song — ミリアム・マケバへのオマージュの公式説明
- Une Nuit Nomade — ロクサーヌ・ラガシュによるビジュアル制作の紹介
- FAQ — 動物由来素材を使わない現在の公式方針


