KOHSHI(コウシ)— 松野秀至の歩みと、和楽器や物語を香りにするものづくり

黒い鉄と淡い木を背景に、苺とハーブを添えたKOHSHIのabsinthe fraiseの瓶。ブランド紹介用の生成イメージ。 ブランド創業者

調香は、勘やセンスでできるものではない

松野秀至(創業者・調香師)

和楽器の鋭い一音をヒノキで、余韻をローズウッドで表す。苺の甘さに、アブサンを思わせるハーブの香りを重ねる。KOHSHI(コウシ)の香水では、題材の印象を、香料の組み合わせとバランスへ移す工夫が見えてくる。

創業者の松野秀至にとって、大胆な発想を支えるのは、香料を知り、配合による変化を理解する訓練である。販売と製造の現場を経て独立した松野は、香りの細かな表情を追う仕事を、自社の香水と受託開発の両方で続けてきた。

基本情報

  • ブランド名:KOHSHI(コウシ)
  • 創業者・調香師:松野秀至(Hidenori Matsuno)
  • 運営会社:株式会社香師(2010年7月21日設立)
  • 拠点:神奈川県秦野市、日本
  • 公式サイト:KOHSHI

創設者とブランドの成り立ち

数百円のコロンから、販売と製造の仕事へ

松野が香りに親しんだ入口は、十代の頃にコンビニで買った数百円のオーデコロンだった。サッカーやダンスに熱中していた時期で、香りをつけて体を動かすと気分が上がる。その体験から、香水は日常に欠かせないものになった。

18歳から約10年間、香水販売と化粧品製造の仕事を経験しながら、調香の学校でも学んだ。つくる側と売る側の現場を通り、香料の知識と配合の技術を身につけていく。2010年、松野は独立し、株式会社香師を設立した。

独立を支えた先輩と、秦野での香りづくり

独立には、香料を仕入れる難しさがあった。新しく業界に入る事業者には原料調達の壁があり、松野の仕事を評価しながら独立には反対していた先輩が、最後には力を貸してくれた。自身の世界観や美学を持つ香水をつくりたいという意志を、周囲の支えによって事業へ進めたのである。

香師は、香料開発、他社ブランドの香水や化粧品を受託してつくるOEM、自社ブランド商品の販売を柱にした。松野自身も受託商品の香料開発とKOHSHIの調香を手がける。香水に必要な細かな表現を磨く仕事が、会社の事業と自身の創作をつないでいる。

KOHSHIの製品は、山々に囲まれた神奈川県秦野市でつくられる。原料の調達から調香、デザイン、製造までを自社で担い、構想を製品へと仕上げる。2025年の京都店開業時には、複数の自社調香師が香料開発を担う体制となっていた。

2025年、京都店で示した無骨さと繊細さ

香りをつくるだけでなく、どう出会ってもらうかも松野の関心となった。直営店の名前は、pallumer(パルメ)。フランス語のparfum(香水)とallumer(火をつける)を掛け合わせ、香水を通して心に火をつけたいという思いを込めている。

2025年3月22日には、代官山本店に続く二つ目の直営店を京都に開いた。松野が京都を選んだ第一の理由は、街そのものが好きだったことにある。伝統と新しい文化が共存する街への親しみは、彼が香りでも大切にする対比と重なる。

何でもバランスだと思っています。

松野秀至(2025年、京都店開業時のインタビュー)

松野は、辛いものに甘さが加わるようなバランスを例に挙げ、香りづくりのテーマを「無骨さと繊細さの共存」と説明する。京都店では、その考えを素材の選択へ移した。重厚な黒皮鉄と、淡いホワイトアッシュ材の格子。剥き出しのコンクリートと、光を受けるガラス瓶や液体。異なる質感を隣り合わせにし、互いの表情を際立たせた。

黒皮鉄は、表面に黒い皮膜を残した鉄である。力強い素材と細かな格子の組み合わせは、香水における強さと繊細さを、空間でも感じられるようにしたものだ。

京都店に来れば何かしらの香水と出会える店舗

松野秀至(2025年、京都店で目指す体験について)

松野が目指すのは、初めて香水を使う人にも、複雑で癖のある香りを求める人にも出会いがある店だ。ファッションに合わせやすい優しい香りも含め、豊かなバリエーションを持つブランドへ育てたいと考えている。

ブランドのこだわり

自由な発想を支える、香料の知識と配合

松野は、空を青一色で描けないように、香りにも細かな違いと組み合わせがあると考える。

配合の割合によって、時間とともにどう香るかを理解する。その知識が、自由な発想を香水にする土台となる。

KOHSHIには三つのシリーズがある。最初のシリーズ「kohshi」は、日本の肌、風土、季節を意識して香りを考える。「L’Héritage(エリタージュ)」は日本の伝承を、「kilesa(キレーサ)」は幅広い題材と物語を香りにする。題材に応じて表現を変えられることも、このブランドの特徴である。

和楽器の音色を香りへ移すエリタージュ

エリタージュは、フランス語で継承・伝承を意味する。雅楽や能楽に焦点を当て、和楽器の歴史、音色、雰囲気を香水で表現するシリーズだ。「笙」「琵琶」「鼓」は、それぞれの響きを香りへ移す異なる方法を示している。

「鼓」では、大鼓の鋭く高い音をヒノキで、小鼓の余韻をローズウッドで表す。ローズとジャスミンによる華やかさも重ね、ウッディな骨格とハーブの香りを持つ構成へ展開した。二つの音の違いを、香りの立ち上がりや響きの違いとして考えている。

対して「琵琶」は、哀愁を帯びる響きをイリスに託す。花とレザーの印象に果実のアクセントを添え、控えめながら重みのある表情をつくる。「笙」では、レモンとジャスミンが透明感のある厳粛な空間を、ライムとグリーンのアクセントが細い音の線を描く。伝統を題材にしながら、香りの選択は一作ごとに具体的である。

苺とアブサンに重ねる、甘さとハーブの対比

キレーサは、優美で繊細な香りから複雑で個性的な香りまでを扱い、108作品を目指すシリーズである。これは創作の目標であり、作品の物語を一つずつ増やしていく構想だ。

「absinthe fraise(苺とアブサン)」が描くのは、アブサンという酒に苺を漬け込む物語である。公表された香りの構成には、苺やラズベリーの果実感に加え、ヨモギ、スターアニス、スイートフェンネルを思わせる要素がある。

果実の濃厚な甘さを、ハーブやアニスの個性と組み合わせ、さらにタバコを思わせる要素も重ねる。単に苺を再現するだけではなく、甘さと癖のある香りを同居させる選択に、松野の語るバランスが現れる。物語の苺酒を香りの組み合わせへ移した作品である。

和楽器の一音にも、酒と果実の物語にも、まず題材の細かな表情を捉える視点がある。その違いを配合でどう表すかを考えることが、KOHSHIの多彩な香水をつないでいる。

参考文献