鏡や写真に映った自分の顔は、いつも同じように見えるとは限りません。その場にある香りも、自分や他人の顔に抱く印象に関わるのでしょうか。
Jennifer Davies-Owenらが2024年に発表した研究は、女性が自分と他の女性の顔を見るとき、心地よい香りによって評価が変わるか、さらに顔を処理する脳の反応が、どの段階から変わるかを調べました。視覚と嗅覚が組み合わさる仕組みを、自己と他者の両方について探る試みです。
同じ顔を、香りのあるときとないときに見る
参加したのは19~30歳の健康な女性22人です。顔への評定は、極端な回答値を示した3人を除く19人、脳波は動きによる雑音の多かった1人を除く21人を解析しました。
参加者は、自分の顔写真6枚と、別の女性の顔写真12枚を見ました。自分の写真は左右の異なる角度から撮影し、他人の写真は顔画像データベースの正面像を使っています。表情は中立的なものでした。
香りには、市販のボディウォッシュ「LUX Magical Orchid」を使いました。製品を肌に塗ったのではなく、その香りを装置で鼻の近くへ届けています。比較条件は、香りを加えない空気でした。同じ参加者が両方の条件を経験し、条件の順序は偏りが少なくなるように組まれました。
一つの試行では、自分の顔2枚、他人の顔4枚を順に見ます。その後、直前に見た顔の一つをもう一度表示し、その顔を評価しました。魅力的か、自信がありそうか、女性的か、華やかか、という四尺度のうち二つに、0~100の連続した目盛りで答えました。
同時に、頭皮上の電極で脳波を記録しています。顔の表示に合わせて繰り返し得た波形を平均し、顔を見たあと何ミリ秒で、どのような電気的反応が生じるかを調べました。こうした反応を、事象関連電位、略してERPと呼びます。
魅力、自信がありそう、女性的の評定が上がった
香りがある条件では、香りのない条件に比べ、顔はより魅力的で、自信がありそうで、女性的だと評価されました。一方、華やかさの評定には、統計的に明確な香りの効果は認められませんでした。
ここでいう「自信」は、写真に写った顔がどれほど自信ありそうに見えるか、という評価です。参加者自身の実生活での自信や行動が改善したかは調べていません。また、女性的という評価も、今回の参加者による印象の尺度です。
香りの効果が自分の顔と他人の顔で異なるという、評定上の明確な証拠はありませんでした。したがって、「香りは他人よりも自分を美しく見せる」とは結論できません。自己と他者の違いが現れたのは、主に次に述べる脳波の一部でした。
顔を見て約100ミリ秒の反応にも違い
香りによる脳波の違いは、顔が表示されてから75~115ミリ秒という早い時間帯に見られました。N1と呼ばれる負方向の波が、香りのある条件で大きくなっていたのです。
これは、香りが鼻に届いて100ミリ秒で印象を変えた、という意味ではありません。香りは複数の顔を見せる間、15秒間にわたって提示されていました。時間の起点は、個々の顔画像が画面に現れた瞬間です。
研究者らは、この早い反応の変化を、香りが顔への初期の注意や視覚処理に関わる可能性として捉えています。最終的な評価を答える段階だけでなく、その前の処理にも影響するかもしれない、という点が重要です。ただし、N1の変化だけで、無意識のうちに魅力を判断したことまで証明できるわけではありません。
その後の170~290ミリ秒に現れるN2と、425~580ミリ秒の後期陽性電位、LPPにも香りの効果がありました。N2は負方向、LPPは正方向の反応が大きくなっています。著者らは、初期の注意から、感情を含む後の評価まで、複数の段階で香りと顔の情報が関わると考察しています。
自分の顔と他人の顔への反応が近づく
一部の電極群では、N2と、315~400ミリ秒のP3という反応に、香りと顔の種類の組み合わせによる違いがありました。香りのあるとき、自分の顔へのN2はより負方向へ動き、他人の顔への反応に近づきました。
P3では、もともと自分の顔を見たときに大きかった正方向の反応が、香りによって小さくなりました。ここでも、自己と他者の反応差が縮まっています。脳波のすべてが一律に強くなったわけではありません。
この結果から著者らは、香りが、自分の顔に向ける批判的な注意や、自己に特有の評価の仕方を和らげるのではないか、と提案しています。自分の顔を、普段とは少し違う視点から捉えるという仮説です。
一方、慣れない香りと自分の写真を組み合わせた新奇さによって、自己の顔が他者に近いものとして処理された可能性もあります。香りによる気分や覚醒の変化も、別の説明として残ります。今回の脳波から、自己批判を担う特定の脳部位や、その変化の原因を直接突き止めたわけではありません。
一つの香り、小規模な実験から見えたこと
試した香りは一種類だけです。どんな心地よい香りでも同じ反応になるのか、別の香調や不快なにおいではどうなるのかは、分かりません。香りの心地よさや強さの個人差と、評定・脳波への効果との間にも、明確な相関は見られませんでしたが、小規模な実験で関係がないと確定できるものではありません。
自己と他者の写真は、角度も枚数も違い、提示頻度も1対2でした。そのため、脳波に表れた自己と他者の差には、写真の見え方や出現頻度が関わった可能性があります。顔以外の画像を使っていないため、人の顔に特有の効果かどうかも今後の課題です。
研究はUnileverが資金と製品を提供し、著者のうち5人が同社の社員でした。論文では、同社はデータの収集と解析には関与していないと記されています。
まとめ
今回の実験では、同じ顔でも、心地よいボディウォッシュの香りと一緒に提示されると、魅力、自信がありそうな印象、女性的な印象が高く評価されました。顔を見始めた早い段階から、その後の評価に関わる時間帯まで、脳波にも違いがありました。
研究の面白さは、香りが最後の好みの点数だけでなく、自分と他人の顔を処理する過程にも関わる可能性を示したことです。自分への批判的な見方が和らぐという解釈を、写真の条件や香りの新奇さと切り分けて確かめられれば、自己認識が視覚だけでなく周囲の感覚情報から形づくられる仕組みに近づけます。
参考文献
Davies-Owen, J., Roberts, H., Scott, M., Thomas, A., Sen, S., Sethna, S., Roberts, C., Giesbrecht, T., & Fallon, N.(2024). Beauty is in the nose of the beholder: Fragrance modulates attractiveness, confidence and femininity ratings and neural responses to faces of self and others. Behavioural Brain Research, 465, 114932. DOI: 10.1016/j.bbr.2024.114932。著者最終稿全文(University of Liverpool Repository)。大学リポジトリ掲載の著者最終稿は、Creative Commons Attributionの条件で公開されています。


