香水から立ち上る成分に触れると、色が変わる薄い膜。その色をスマートフォンで撮れば、香水を見分ける手がかりになるのでしょうか。2024年、Kuo Zhan、Anemar Bruno Kanj、Lars Heinkeは、三種類の特殊な膜を組み合わせ、市販の香水など16製品の蒸気を分類しました。
研究者らが目指したのは、鏡に映したような関係にある分子も区別でき、繰り返し使える光学センサーです。複雑な混合物である香水に対しても、その反応を一般的なカメラで読み取れるかを調べています。
右手と左手のように、重ならない分子
分子には、同じ原子の組み合わせでも、右手と左手のように、鏡像同士でぴったり重ならないものがあります。この性質を「キラリティー」と呼びます。香料にもこうした分子があり、鏡像関係にある二つの形で、においの感じ方が違う場合があります。
そこでセンサー側にも、分子の向きによって取り込まれ方が変わる構造を持たせました。材料は、金属と有機分子がつながって小さな孔をつくる、金属有機構造体(MOF)の薄膜です。
研究では、キラリティーを持つ二種類の膜と、持たない一種類の膜を並べました。違いに反応する膜と、その性質を持たない膜を組み合わせることで、一つの膜だけでは分かりにくい応答の差を捉えます。
分子を取り込むと、なぜ色が変わる?
膜は、下側の金を使った反射面と、上側の薄い白金の反射面の間に置かれています。二つの面で反射した光が重なり合う「干渉」によって、特定の色が見える構造です。シャボン玉に色が現れるのと同じく、光の重なり方が見える色に関わります。
蒸気の分子が膜の孔へ入ると、膜の中での光の進み方を表す屈折率が変わり、反射する光の色も変わります。染料が香水と反応して別の色素になる仕組みではありません。分子が孔から抜ければ、もとの状態へ戻ることを目指しています。
三種類の膜は、同じ蒸気にも違う反応を示します。それぞれの色を赤・緑・青の三つの値で記録すると、三枚の膜で九つの数値が得られます。この組み合わせを、試料を見分けるための信号にしました。
まず、一組の鏡像分子で確かめた
最初に調べたのは、2-オクタノールという物質の、R型とS型の二つです。専用の光学分析装置で測ると、キラリティーを持つ膜では、二つの形に対する色の変化の程度が異なりました。一方、その性質を持たない膜では、二つに同じ程度の反応を示しました。
また、蒸気にさらしてから取り除く操作を繰り返すと、反応が戻り、再び現れることを確認しています。分子の取り込みと放出を利用する、可逆的なセンサーとしての検証です。
次に、一般的なスマートフォンで三枚の膜を撮影しました。得られた色の数値を、近い反応パターンをもとに分類する機械学習へ入力すると、このR型とS型を使った実験の分類精度は99.0%でした。これは、一組の純物質を使った結果です。
市販の16製品では、どこまで分けられた?
続いて、香水、オードトワレ、アフターシェーブなどの市販16製品を調べました。製品から出る蒸気を、膜を入れた透明な密閉容器へ流し、位置を固定したスマートフォンで色を撮っています。スマートフォンのカメラだけで、空気中のにおいを直接撮影したわけではありません。
各条件で連続した10枚の写真から色の値を取り出し、データを五つに分けて、一部を学習、残りを評価に使う交差検証を行いました。香水の蒸気に対する色のパターンは異なり、製品群の分類では98.9%という成績を報告しています。
ただし、連続写真は、それぞれが独立した香水瓶や別の日の測定を表すものではありません。論文の「データ点」の総数にも、写真から得た複数の色の値をどう数えたかが明確でない部分があります。この成績を、多数の独立した製品試料で確かめた精度や、別環境での識別率と受け取ることはできません。
同じブランドの異なる製造ロット、開封後の変化、撮影機種や照明が違う場合などでも、同じように見分けられるかは、さらに調べる必要があります。
名前を隠した三つの試料も照合
研究者らは、16製品の中から選んだ三つについて、実験者には製品名が分からない状態で測定しました。九つの色の値を二次元の図にまとめ、既に測った製品の位置と照合すると、三つとも正しく対応づけられました。
この検証は、登録済みの製品のどれに当たるかを調べるものです。まったく知らない香水の処方を解読したり、含まれる香料を一つずつ同定したりしたわけではありません。実際、著者らは、使った製品の分子組成や配合比を特定していないと記しています。
論文には、著者らの訓練されていない鼻では、すべての製品を分類できなかったという記述もあります。ただし、人数や手順をそろえた正式な官能評価との比較ではないため、センサーが人の嗅覚全般を上回ったと結論することはできません。
簡単な読み取りと、製造上の課題
この研究の利点は、膜の応答を、高価な分析装置だけでなく、身近なカメラでも数値にできたことです。さらに、孔の構造が違う膜を増やせば、より多様な成分や混合物に対する反応を得られる可能性があります。
著者らは将来の用途として、香水の取り違えや偽造品、薄められた製品を見つける可能性を挙げています。ただし、今回、実際の偽造品や濃度を系統的に変えた香水で、その検出性能を検証したわけではありません。
読み取りが簡単でも、センサー全体の製造が既に安価になったとは限りません。著者らは、キラリティーを持つ膜を広い面積へ安定してつくる方法や、金を使う基板、白金の上部反射膜の費用を改善する必要があるとしています。実用化には、材料をつくる工程も含めた検討が残ります。
研究はドイツ研究振興協会、中国の大学向け基礎研究費、中国国家留学基金などの支援を受けています。著者らは利益相反はないと申告しています。
まとめ
分子を取り込むと干渉色が変わる三種類の膜は、一組の鏡像分子に異なる応答を示し、スマートフォンで撮った色から市販16製品の蒸気を分類できました。既知の製品群から名前を隠した三試料の照合も成功しています。
研究の重要な点は、分子を選んで取り込む材料の性質を、簡単に読み取れる光の変化へつないだことです。繰り返し使える膜の種類を広げ、製造や測定条件を整えられれば、複雑な香りを製品管理のために見分ける手段へ発展する可能性があります。
参考文献
Zhan, K., Kanj, A. B., & Heinke, L.(2024). Classification and Identification of Perfume Scents by an Enantioselective Colorimetric Sensor Array of Chiral Metal-Organic-Framework-Based Fabry-Pérot Films. Chemistry – A European Journal, 30(39), e202400798. DOI: 10.1002/chem.202400798. 原著全文。© 2024 The Authors. Chemistry – A European Journal published by Wiley-VCH GmbH. 原著はCC BY-NC 4.0で公開されています。


