植物では、染色体のセットが増える「倍数化」が起こることがあります。花の大きさなどが変わる場合がありますが、昆虫を呼ぶ香りも変わるのでしょうか。さらに、その変化はセットが増えた直後に起こるのか、その後の長い進化の中で生まれるのかという問いがあります。
2025年、Elisabeth Schlagerらは、ユキノシタ科の植物Lithophragma bolanderi(リソフラグマ・ボランデリ)で、この問題を調べました。自然に存在する二倍体と四倍体に加え、実験によって新しくつくった倍数体を比べ、香りの放出量、成分の種類数、配合比を分析しました。
二倍体と四倍体は、何が違う?
染色体には、遺伝情報がまとまって入っています。基本となる染色体の組を二つ持つのが二倍体、四つ持つのが四倍体です。ここでの変化は、ある染色体が一本だけ増えることではなく、組全体の数が変わることです。
対象の植物は、米国カリフォルニアに分布する多年草です。花には、Greya属の小さなガが花粉を運び、香りがガを引き寄せる重要な手がかりになることが、先行研究で分かっています。研究者らは、二倍体と四倍体が同じ場所に生育する一つの集団に由来する植物を使いました。
自然に定着した二倍体と四倍体の香りが違っていても、それだけでは、倍数化が直接の原因か分かりません。長い時間の中で選択を受けたり、偶然に遺伝的な違いが蓄積したりした可能性もあるからです。新しく倍数化した植物を調べることが、この二つを分ける手がかりになります。
親に処理をして、次の世代の84個体を調べた
研究では、二倍体の苗にコルヒチンという薬剤を使って倍数化を促しました。その植物同士を交配し、処理の副作用を減らすため、次の世代であるF1の花の香りを調べています。対照の二倍体・四倍体は、親の苗に薬剤の代わりに水を使いました。
分析したのは計84個体です。自然の系統に由来する二倍体と四倍体がそれぞれ22個体。薬剤処理を受けた親からの子孫では、二倍体のままの群が17個体、新しい三倍体が16個体、新しい四倍体が7個体でした。
三倍体も生じたのは、親の一部に、異なる倍数性の細胞が混在していた可能性があるためです。薬剤を使った植物が、すべてきれいに四倍体になるわけではありません。
咲いた花を袋で囲み、室温で15分間、空気から香りの成分を採りました。一個体当たり平均約10花をまとめて測り、花の数と時間に合わせて放出量を計算しました。成分を分けて調べるガスクロマトグラフィー質量分析を使い、空の袋や葉なども対照として測っています。
自然由来の四倍体では、量も種類数も多かった
全84試料を通じて検出された花の香気成分は42種類でした。そのうちリナロール、安息香酸メチル、サリチル酸メチルなど五つは、すべての試料で見つかりました。一方、特定の群でだけ検出された成分もありました。
自然の系統に由来する二倍体と四倍体を比べると、四倍体では一花当たりの成分の放出量が多く、検出される成分の種類数も多くなっていました。各成分が全体に占める割合、つまり配合比も異なっていました。
ここでは、「多く出す」「多くの種類を含む」「混ざり方が違う」という三つが区別されています。これらは人が嗅いだときの強さや、ガにとっての魅力を、そのまま測ったものではありません。
新しい四倍体でも、変化は見られた
新しく生じた四倍体と、自然系統に由来する二倍体を比べると、新しい四倍体のほうが成分の種類数が多く、配合比も異なっていました。一方、放出量の差は有意ではありませんでした。
さらに、新しい四倍体と、自然系統の四倍体を比べても、配合比には違いがありました。したがって、染色体のセットが四つになれば、すぐに自然の四倍体と同じ香りの組み合わせになるわけではありません。
著者らは、新しい四倍体に見られた変化が、自然の二倍体と四倍体の違いと概ね同じ方向で、程度は小さかったことに注目しています。倍数化直後の変化に、その後の進化による変化が重なる可能性があるという解釈です。
薬剤の影響と、倍数化の影響を分ける難しさ
ここで重要になるのが、薬剤処理を受けた親から生まれたのに、二倍体のままだった群です。この群にも、自然系統の二倍体より検出成分が少ないという違いがありました。次の世代を使っても、処理の影響や処理由来の系統の違いを完全に消せたとは限りません。
新しい四倍体を、この「処理由来で二倍体のまま」の群と比べると、放出量は多い傾向を示し、補正前の検定では有意でした。しかし、多数の組み合わせを比較したことに対応する統計的な補正をすると、有意ではなくなりました。この二群の成分数や配合比にも、有意な差は見つかっていません。
つまり、新しい四倍体に変化があったという結果はありますが、「セットが増えたことだけで、すぐに放出量が増えた」と強く断定するには、なお慎重さが必要です。論文の図にある差の記号も補正前の検定に基づくため、比較の相手と補正後の結果を区別することが大切です。
新しい四倍体は7個体に限られます。研究では親の種子家系の違いを考慮した解析も行っていますが、同じ交配系統に絞ると使える個体はさらに少なく、多くの差は有意ではありませんでした。著者らも、標本数を増やし、薬剤による変化と倍数化による変化を、よりよく分ける研究が必要としています。
ガが香りの違いを選ぶなら、何が起こる?
この研究の関心は、香りの変化が植物の進化にどう関わるかという点にもあります。もしガが二倍体と四倍体の香りの違いを区別し、似た香りの花を続けて訪れるなら、同じ倍数性の植物同士で花粉が渡りやすくなるかもしれません。
そのような訪花の偏りは、新しく生じた倍数体が集団の中に定着し、もとの二倍体との違いを大きくする一因になり得ます。著者らは、倍数化が最初の香りの違いを生み、その後、送粉者による選択が違いを強めるという道筋を提案しています。
ただし、今回、ガに花を選ばせる実験や、倍数体の繁殖成功を測る実験はしていません。先行研究には、関連する香気成分にガの触角が反応することや、地域ごとの花の香りをガが区別することを示す結果がありますが、今回の倍数性の違いをガが使うかは、別に確かめる必要があります。
研究はスイス国立科学財団、スウェーデン研究評議会、Wenner-Gren財団などの支援を受けました。著者らは利益相反なしと申告しています。
まとめ
Lithophragma bolanderiでは、自然の系統に由来する二倍体と四倍体で、香気成分の放出量、種類数、配合比が異なっていました。新しい四倍体でも、自然系統の二倍体と比べて成分数や配合比の変化が見られましたが、薬剤の影響を分けた直接効果の評価には課題が残ります。
著者らが示したのは、染色体のセットが増えることを、花の形だけでなく、香りの多様化の出発点として考える可能性です。生じた小さな違いを昆虫がどう受け取り、その後の花粉のやり取りにどう影響させるのか。そこまでをつなげて調べることで、植物と送粉者が関わりながら多様化する仕組みが見えてきます。
参考文献
Schlager, E., Dötterl, S., Thompson, J. N., Friberg, M., & Gross, K.(2025). Direct Effects of Polyploidization on Floral Scent. Journal of Chemical Ecology, 51, 89. DOI: 10.1007/s10886-025-01641-y. 原著全文。© The Author(s) 2025. 原著はCC BY 4.0で公開されています。


