創造性はザラの核心であり、私たちを定義する特徴である。
— マルタ・オルテガ・ペレス(インディテックス会長)
ZARA(ザラ)は、1975年にスペインのア・コルーニャで誕生したファッションブランドである。衣服から始まったその世界は、後に香水へと広がった。服のアーカイブをひもとき、着る人の姿や、その人が過ごす時間を想像する。ザラのフレグランスには、装いの物語を香りで表すという面白さがある。
その創作を支えるのは、ブランドのチームと調香師たちの共同制作だ。ジョー・マローン、ジェローム・エピネット、オリビア・ジャコベッティらの発想が、服の記憶や布の質感と出会っている。ザラを香水の作り手として見ると、衣服の売り場だけでは見えない、クリエイターとの関係が浮かび上がる。
基本情報
ブランド創設年:1975年
創設者:アマンシオ・オルテガ(Amancio Ortega)、ロサリア・メラ(Rosalía Mera)
誕生の地:スペイン・ア・コルーニャ
所属:インディテックス(Inditex)
公式サイト:https://www.zara.com/
創設者とブランドの成り立ち
アマンシオ・オルテガとロサリア・メラの縫製の仕事
アマンシオ・オルテガは、1936年、スペイン北部のブスドンゴ・デ・アルバスに生まれた。父は鉄道員で、家計は豊かではなかった。10代で学校を離れ、衣服に関わる仕事を始める。縫製や服の作り方を学んだ経験が、後の事業の土台となった。
もう一人の創設者であるロサリア・メラも、幼い頃から衣服の仕事に携わっていた。ア・コルーニャのモンテ・アルト地区で育ち、11歳で学校を離れて「ラ・マハ」という店で働いた。最初は縫い手として、その後は販売員として経験を重ねる。当時、オルテガは同じ街の衣料品店「ガラ」で働いていた。衣服を作り、売る仕事の中で、二人の歩みが交わったのである。
1963年、オルテガは小さな縫製工房「Confecciones GOA(コンフェクシオネス・ゴア)」を始めた。メラや家族とともに、バスローブや家庭で着る衣服を製作する事業であった。仕事が増えるにつれ、家族の外にも働き手が加わり、地域の女性たちを組織した縫製の協働へと発展していく。ザラの出発点には、店舗より先に、服を仕立てる仕事があった。
1975年、ア・コルーニャに最初のザラを開く
1975年5月9日、ア・コルーニャのフアン・フローレス通りに、最初のザラの店舗が開いた。ゴアで衣服を作り始めてから、すでに十年以上が経っていた。ここでオルテガの事業は、製造から小売へと踏み出した。自分たちで作った服を、着る人へ直接届ける場所を持ったのである。
ザラは、顧客の好みを聞き取り、求められる装いをコレクションに取り入れていった。店舗で人々が何を買い、何を見ているかを捉え、デザインと供給につなぐ。移り変わる服の好みに応じて提案を変えられる仕組みは、ブランドの成長を支える特徴となった。
1985年には、事業をまとめるインディテックスが誕生する。ザラは1988年にポルト、1989年にニューヨーク、1990年にパリへと進出した。地域の縫製工房から始まった仕事が、世界の街で人々の装いに関わるようになっていった。
香水への進出と、ジェローム・エピネットとの共同制作
ザラが香水へと領域を広げたのは、1990年代末のことである。初期には、スペインの香水企業プーチと協働した。1975年はファッションブランドの誕生の年であり、香水はその後に加わった表現だった。
やがて、香水の制作に携わる調香師の個性も見えるようになる。その一人が、ジェローム・エピネット(Jérôme Epinette)である。2016年には「Vibrant Leather(ヴァイブラント レザー)」がオードトワレとして登場し、2018年にはオードパルファムの作品へと展開した。エピネットは、このシリーズを含め、ザラの複数の香水を手がけてきた。
ヴァイブラント レザーで重ねられるのは、ウッディの穏やかさと、レザーの力強さである。木の香りを好むエピネットの発想が、ザラの装いの世界に加わった。調香師との関係は、作品を重ねながら育つものになっていく。
2019年、ジョー・マローンとザラ エモーションズを発表
香水づくりの新たな節目となったのが、2019年の「Zara Emotions by Jo Loves(ザラ エモーションズ バイ ジョー ラブズ)」である。最初のコレクションには、性別を限定しない八つの香水とキャンドルが並んだ。
共同制作者のジョー・マローン(Jo Malone CBE)は、自身の名を冠したブランド「Jo Malone London(ジョー マローン ロンドン)」を1999年にエスティ ローダーへ売却し、2006年に同ブランドを離れていた。その後、2011年にJo Loves(ジョー ラブズ)を立ち上げる。ザラとの仕事は、彼女がこの第二のブランドを育てていた時期に始まった。
ザラから声がかかった頃、ジョー ラブズはイギリスで支持を得ていたものの、まだ世界規模で展開するブランドではなかった。ザラとの共同制作は、マローンにとって、自分の創作を再び世界へ届ける機会でもあった。彼女はこの関係を、二つの異なる歩みが出会う仕事として捉えている。
本質的には、ザラのファッションの歴史と、私の香りの歴史がひとつになることなのです。
— ジョー・マローン(調香師・ジョー ラブズ創設者)
マローンは、ザラの服のアーカイブに目を向けた。さらに、自分のワードローブにあるレースのドレスやレザージャケットなどを取り出し、それを着る人はどんな人物で、何をするのかを考えた。その人物像から香りを組み立てることが、最初のコレクションの出発点となった。
ザラとの共同制作は、ジョー マローン ロンドンを離れた後のマローン本人による仕事である。「バイ ジョー ラブズ」というコレクション名には、彼女が新たに育てていたブランドの名が記されている。ジョー ラブズはマローンの第二のブランドであり、エスティ ローダー傘下のジョー マローン ロンドンとは別の事業である。
50周年にも続く、クリエイターとの香水制作
2022年、オルテガの娘であるマルタ・オルテガ・ペレス(Marta Ortega Pérez)が、インディテックスの会長に就いた。2025年にはザラが50周年を迎える。写真家スティーヴン・マイゼルと50人のモデルによる記念映像など、ファッションと創造性の関係をあらためて示す企画が生まれた。
香水でも、50周年に合わせた共同制作が行われた。「Final Black(ファイナル ブラック)」では、クリエイティブディレクターのファビアン・バロン(Fabien Baron)と調香師アルベルト・モリヤス(Alberto Morillas)が組み、自然の力を題材に三つの香りを作った。服の物語を思い描く仕事に加え、写真や立体デザインを交えた表現も、ザラの香水に加わっている。
ブランドのこだわり
調香師の個性を生かす香りづくり
ザラの香水づくりは、捉えたい気分や感情、ある瞬間のイメージから始まる。社内のチームが調香師とともに素材や質感、対比を探り、試作を重ねて香りを整えていく。ファッションと同じように、ひとつの着想を、身につけられる形にしていく制作である。
その中で、調香師は継続してアイデアを交わす相手となる。エピネットは、ザラのために複数の香りを作ってきた経験を、次の制作につながるものと捉えている。
ザラのためにいくつもの香水を作ってきたことで、新しいプロジェクトを理解しやすくなっています。
— ジェローム・エピネット(調香師)
彼は木の香りを好み、ほぼすべての自作に使うという。マローンが服を着る人物を思い描く一方で、エピネットは自分の素材の好みを持ち込む。異なる調香師と仕事をするザラには、そうした作り手ごとの視点が共存している。
服を着る人の物語から香りを作る
ザラ エモーションズでは、衣服が香りの物語への入口になる。マローンは、それぞれの作品に、人物とその時間を与えた。
ひとつひとつが物語であり、組み合わせた香りのノートによって、それぞれの個性を伝えています。
— ジョー・マローン(調香師・ジョー ラブズ創設者)
たとえば、2019年の「Ebony Wood(エボニー ウッド)」の着想は、大学を出たばかりの若い女性のカシミヤのセーターだった。父から車の鍵を受け取り、海岸沿いの道へ走り出す。新しい生活が始まる自由な瞬間を、ひとつの香りに託したのである。
「Waterlily Tea Dress(ウォーターリリー ティー ドレス)」には、ヴィンテージのドレスを着て芝生でくつろぐ人物がいる。服の形だけでなく、それを着てどこで過ごし、どんな気分でいるのかが、作品の発想につながっている。衣服と香水が、同じ人物の物語を別の感覚で表す関係である。
オリビア・ジャコベッティが描く、白い布の質感
2023年には、オリビア・ジャコベッティ(Olivia Giacobetti)による「A Perfume By Olivia Giacobetti(ア パフューム バイ オリビア ジャコベッティ)」が登場した。四つの香りを通じて、ムスクや白い布を思わせる清潔なイメージを、異なる角度から扱ったコレクションである。
「Popeline Blanche(ポプリーヌ ブランシュ)」で題材になるのは、肌に触れる繊細なコットンと白いシャツだ。ベルガモットとネロリ、洗い立ての布を思わせるノート、ムスクを組み合わせる。一方、「Blanc Ensoleillé(ブラン アンソレイエ)」は、白いジーンズをイメージし、ココナッツミルクと木、ムスクでミルキーな白を描く。
同じ白でも、シャツの軽さと、ミルクのように包む質感では、香りで表そうとするものが変わる。花や木の種類だけで作品を分けず、布の感触や白の印象を嗅覚へ移そうとする点に、このコレクションの面白さがある。
ボトルとパッケージのデザインへのこだわり
香りの企画には、ボトルや外装を手がけるクリエイターも加わる。ザラ エモーションズのパッケージを担当したのは、アートディレクターのエズラ・ペトロニオ(Ezra Petronio)である。2020年の日本展開時には、透明なガラス瓶と、森林管理などに関する基準を満たすFSC認証紙の箱を採用した。外装の包装にはセロハンやプラスチックを使わず、ガラスの着色も避けるなど、このコレクションではリサイクルを考えた選択が行われた。
ファイナル ブラックでは、バロンの視覚表現がボトルの形にも表れる。透明なガラスの鋭い輪郭、黒く塗られた内側、立体的な黒い文字を組み合わせ、黒と透明の対比を作った。形を検討する工程では、3Dプリントと実物の試作も重ねられた。
自然を題材にした三つの香りには、バロン自身による写真も伴う。香り、ガラスの造形、写真をひとつの企画にまとめることで、コレクションの主題を複数の感覚へ広げている。ザラの香水は、調香師の発想に、服や視覚表現の作り手が応じる場所でもある。
ちなみに…
マローンは、ザラとの共同制作で、香りを筆で肌に描く「フレグランス ペイントブラシ」も手がけた。自身のジョー ラブズで開発してきた発想を、ザラにも持ち込んだのである。体の輪郭にひとつの香りを塗り、その上に別の香りを少し重ねる。彼女にとって、香りをまとうことは、絵を描くように楽しめる行為でもあった。
参考文献
- ZARA 50TH ANNIVERSARY — ザラ公式、2025年の50周年資料とマルタ・オルテガ・ペレスの発言 — https://www.zara.com/integration/pressapi/microsite/news/?countryiso=AE&detailid=68148f8efcb89e786c382b8e&languageiso=en
- History — Inditex公式沿革 — https://www.inditex.com/itxcomweb/en/group/history
- The Zara Emotions Collection by Jo LOVES — ITXジャパン公式プレスリリース、2020年5月26日 — https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000058949.html
- The 7 Best Zara Perfumes That Should Be on Your Vanity — Who What Wear、ブランド担当者による制作工程の説明 — https://www.whowhatwear.com/best-zara-perfumes
- Vibrant Leather — ザラ公式、調香師と香りの構成 — https://www.zara.com/jp/ja/vibrant-leather-%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%99%E3%83%8F%E3%82%9A%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%A0-60ml—2-03-fl-oz—p20210724.html
- Tinker, Tailor, Wash, and Dry: Olivia Giacobetti Does Laundry Scents 4 Ways for Zara — Fragrantica、2023年10月4日 — https://www.fragrantica.com/news/Tinker-Tailor-Wash-and-Dry-Olivia-Giacobetti-Does-Laundry-Scents-4-Ways-for-Zara-19013.html
- Amancio Ortega — EBSCO Research Starters、創設者の経歴 — https://www.ebsco.com/research-starters/biography/amancio-ortega
- Determined, with a hippy air and forever young at heart: Rosalía Mera — EL PAÍS、2013年8月16日 — https://english.elpais.com/elpais/2013/08/16/inenglish/1376681316_464245.html
- Perfume Houses Volume W, X, Y, Z, Page 5 — Perfume Intelligence、香水事業初期の情報 — https://perfumeintelligence.co.uk/library/perfume/w/w7/w7p5.htm
- Zara Vibrant Leather Eau de Parfum by Jerome Epinette — Fragrantica、2018年の新作紹介 — https://www.fragrantica.com/news/Zara-Vibrant-Leather-Eau-de-Parfum-by-Jerome-Epinette-10940.html
- Interview with the Perfumer Jérôme Epinette — Everfumed、2021年12月初出の本人インタビュー — https://everfumed.com/jerome-epinette-interview/
- Inditex Annual Report 2019 — Zara Emotions by Jo Lovesの展開 — https://static.inditex.com/annual_report_2021/en/documents/annual-report-2019.pdf
- About Jo — Jo Loves公式、ジョー・マローンの経歴とブランドの関係 — https://eu.joloves.com/pages/about-jo
- Perfumer Jo Malone on her collaboration with Zara, creating two brands from scratch and why the world needs more fragrance — Indulge、2021年1月の本人インタビュー — https://www.indulgexpress.com/cover/2021/Jan/21/perfumerjo-malone-on-hercollaboration-withzara-creating-two-brands-from-scratch-and-why-the-worl-31056.html
- The Launch of the Zara Emotions Collection by Jo Loves – In conversation with Jo Malone — HOLR、本人インタビュー — https://holrmagazine.com/the-launch-of-the-zara-emotions-collection-by-jo-loves-in-conversation-with-jo-malone/
- Final Black — デザイナーIngrid Ngによるザラの制作事例 — https://www.ingridng.com/portfolio/finalblack
- A Perfume By Olivia Giacobetti — ザラ公式、コレクションの構成 — https://www.zara.com/by/en/a-perfume-by-olivia-giacobetti-discovery-set-100-ml—3×25-ml-p20210671.html
- Popeline Blanc(2023)— ScentAdvice、ザラの作品説明と香りの構成 — https://scentadvice.com/popeline-blanc-2023-zara/
- Blanc Ensoleille(2023)— ScentAdvice、ザラの作品説明と香りの構成 — https://scentadvice.com/blanc-ensoleille-2023-zara/
- Ebony Wood — ザラ公式、サムネイルのボトル参照画像 — https://www.zara.com/jp/ja/ebony-wood-edp-100ml–3-4-fl-oz—p20110991.html


