チェリーの香りに、赤やピンクを思い浮かべることはあるかもしれません。では、香りに似合う色を選ぶのではなく、「赤みも黄みもない灰色」を作ろうとしたときにも、周囲の香りは判断に入り込むのでしょうか。
2023年、Ryan J. Wardらは、香りを漂わせた部屋で、画面の色を無彩色に調整してもらう実験を行いました。目的は、色が香りの印象を変えるだけでなく、逆に香りが色の見え方や判断に影響するかを調べることでした。
「香りに合う色」ではなく、色みのない灰色を作る
参加者は20~57歳の24人で、女性13人、男性11人でした。自分の嗅覚や色覚に問題はないと申告した人が参加しています。色覚については、参加前の検査ではなく自己申告で確認しました。
使った香りはキャラメル、チェリー、コーヒー、レモン、ペパーミントの5種類で、対照には香りを加えない水を使いました。香料を水に加えて超音波式のディフューザーで室内に広げ、香りの順番はランダムにしました。装置は参加者から見えない位置に置いています。
参加者は暗くした部屋で、画面上の四角い色見本を調整しました。二つのスライダーで、赤と緑の方向、黄と青の方向を変え、「どちらの色みもない」と感じる点を選びます。明るさは固定され、自由に変えられるのは色みの部分でした。
課題は、それぞれの香りに似合う色を選ぶことではありません。あくまで灰色に見える状態を作ることです。香りの名前はその作業の前には教えず、色を決めた後で、何の香りだと思ったかを選択肢から答えてもらいました。
研究者の予想は、反対側へ補正することだった
研究チームは、香りから連想される色と反対の方向へ、色見本が調整されると予想していました。たとえばレモンの香りが黄色を感じさせるなら、本人が「色みを消した」と思うには、見本に少し青を足すかもしれない、という考え方です。
ところが、得られた平均の調整値は、その予想とは違いました。香りなしの条件を基準にすると、五つの香りの条件は、概して黄や赤を含む暖色側へずれていました。著者らが色の座標で示した変化は1単位未満で、大きな変化ではありません。
チェリーやコーヒーでは赤茶色側、キャラメルでは黄茶色側、レモンでは黄緑側へ、平均の調整値が寄りました。著者らは、そのうち四つが、先行研究で各香りから連想されやすかった色の方向におおむね対応すると解釈しています。ペパーミントは、連想されやすい緑や青ではなく、赤茶色側でした。
「灰色が赤く見えた」とは、同じ意味ではない
ここで大切なのは、記録したのが、参加者が灰色に見えると判断して選んだ画面上の色だという点です。たとえば少し赤みのある値を選んだとしても、その人はその状態を「色みがない」と答えています。
したがって、「チェリーの香りを嗅ぐと灰色が赤く見える」とそのまま言い換えることはできません。今回の結果が示すのは、無彩色として受け入れた色の設定が、香りなしのときから小さく変わったことです。部屋の物の色が大きく変わって見えるという実験ではありません。
五つの香りで、証拠の強さはそろわなかった
平均値に暖色側の傾向があることと、参加者の間でずれる方向がそろっていたことは、別の問題です。香りなしとの差について、方向がばらばらではないかを調べる検定では、チェリー、コーヒー、ペパーミントで有意な偏りがありました。キャラメルとレモンでは、この基準を満たしませんでした。
原著にはほかの比較もありますが、一部の方向の検定では、有意でない結果を「方向が異なる」と解釈しています。有意でないことは、違いの証明にはなりません。五つの香りすべてで同じような効果が確立したとするより、香りによる小さい調整の偏りが示され、その一貫性には香りごとの違いがあったと捉える必要があります。
名前を言えなくても、知っている感じは働く?
香りの名前を正しく選べた割合は、キャラメル、チェリー、ペパーミントでそれぞれ約33%、コーヒーとレモンでそれぞれ約12%でした。香りの名前を明確に答えるのは、参加者にとって簡単ではありませんでした。
著者らは、何の香りかという知識や、「嗅いだことがある」という感覚が、色の判断に関わる可能性を考えています。名前が出てこなくても、経験から生まれた色との結びつきは働くかもしれません。
一方、香りが分からない場合には、その強さ、快・不快、刺激感、あるいは香りが呼び起こす感情が影響する可能性も挙げています。香りと色の組み合わせが心地よく釣り合う方向へ調整されたのかもしれない、という別の説明も議論しています。今回のデータだけでは、それらの仕組みを選び分けられません。
著者らは、香りの名前を使わない灰色の課題で偏りが生じたことから、単に言葉で色を連想しただけでなく、知覚そのものに影響した可能性を重視しています。ただし、回答を選ぶ判断の過程と、色が見える過程を直接切り分けた実験ではありません。
明るさや、香りへのなじみも含めて確かめる
この実験では色見本の明るさを固定しました。香りの強さと、連想する色の明るさには関係があると先行研究で報告されているため、明るさも自由に変えられる課題にすると、違う結果が得られる可能性があります。
また、対象は24人と5種類の香りです。もっと多くの人と香りで、名前を言える香りや、なじみのない香りでも同じ傾向が出るかを調べる必要があります。青や緑と結びつく香りも含めて検証すれば、暖色側への全体的な偏りと、それぞれの香りに固有の連想を分けやすくなります。
著者らは、研究に関連する商業的・金銭的な利益相反はないと申告しています。
まとめ
香りのある部屋で選ばれた「色みのない灰色」は、香りなしの条件からわずかにずれ、平均では暖色側に寄りました。研究者が予想した、香りから連想する色を反対色で打ち消すという説明は、支持されませんでした。
この研究の興味深さは、香りに似合う色を尋ねていなくても、灰色を決める作業に香りの影響が入りうる点にあります。その背景が、香りについての知識なのか、感情なのか、知覚の変化なのかを確かめることで、目と鼻の情報がどの段階で結びつくかを、さらに詳しく調べられます。
参考文献
Ward, R. J., Ashraf, M., Wuerger, S., & Marshall, A.(2023). Odors modulate color appearance. Frontiers in Psychology, 14, 1175703. DOI: 10.3389/fpsyg.2023.1175703. 原著全文。© 2023 Ward, Ashraf, Wuerger and Marshall. 原著はCC BYで公開されています。


