香りが残っていることと、まだ香っていることは同じ?

香りの科学:香りが残っていることと、まだ香っていることは同じ? 香りの科学

香水をつけたムエットを、しばらくたってから嗅いでみる。最初とは違う、穏やかな香りが残っていることがあります。このとき、紙に残る香料の量を測れば、香りがどれくらい続くかも分かるのでしょうか。

2026年9月、フランスのル・アーヴル・ノルマンディー大学などの研究チームは、香水のベースノートに使われる2種類のムスクを調べました。注目したのは、紙にどれだけ残り、分析の際にどれだけ取り出せるかという関係です。結果は、香りの「持続」を数字で語る前に、測定方法を確かめる大切さを示しています。

紙に残る量をどう調べるか

対象になったのは、アンブレットリドとエチレンブラシレートです。研究では、この2種類に、より揮発しやすい成分などを加えた、6種類の香料からなるモデル処方を使いました。ムスクだけを単独で測るより、ほかの成分も混ざった香水の状態に近づけるためです。

比較した処方は2つあります。香料の配合をそろえたうえで、一方には、香料をとどめるための技術「Longscent」を組み込みました。論文では、においのない材料が薄い膜をつくり、香料の蒸発を遅らせる仕組みと説明されています。

これらを紙のムエットにのせ、一定の時間、空気にさらしました。その後、紙を分析装置に入れて加熱し、出てきた成分を捕まえます。捕まえた成分は、ガスクロマトグラフィー質量分析という方法で分けて調べました。

ここで測っているのは、決められた条件で紙から回収できた成分です。室温のムエットから鼻に届く香りを、そのまま再現した測定ではありません。最初の抽出条件でも80℃で30分間加熱しており、日常の使い方とは区別して読む必要があります。

一度の測定では取り切れない

最初の実験では、紙に処方をのせて15分後に成分を取り出しました。すると、Longscentを含む処方のほうが、2種類のムスクとも、検出量の目安になる分析の信号が小さくなりました。

これだけを見ると、紙の上に香料が少なくなっていたようにも見えます。しかし、装置に入ってきた量が少ない理由には、紙に残っているのに取り出しにくかった、という可能性もあります。

そこで研究者たちは、一度分析した紙を、同じ条件でもう一度分析しました。すると、2回目にもムスクが検出されました。最初の分析だけでは、紙にあった成分をすべて回収できていなかったのです。

アンブレットリドでは、2回分の信号を合計すると、技術を含む処方と含まない処方で同程度になりました。最初に取り出せた割合が小さくても、次の抽出で回収される分があったと考えられます。

一方、エチレンブラシレートは、技術を含む処方では2回分を合計しても信号が小さいままでした。研究者たちは、この条件では取り出せない分が、紙に強く保持されている可能性を考えました。同じムスクとして使われる成分でも、分析時の回収のされ方は一様ではありません。

残っている分を確かめる

この解釈を検討するため、研究チームは、より高い温度で長く抽出する条件も試しました。加熱条件を150℃、45分間へと変更し、取り残しを減らす方法を検証しています。

強めた条件での回収を確認する実験では、再抽出しても対象の2成分は検出されませんでした。研究者たちは、この方法なら紙に残る成分を十分に回収できると判断しました。

そのうえで、処方をのせた直後、2時間後、8時間後の紙を調べました。どちらのムスクも時間とともに減りましたが、8時間後には、技術を含む処方のほうが多く残る結果になりました。

最初の条件で信号が小さかったことと、時間がたった紙に成分が多く残っていたことは、矛盾しません。前者には取り出しにくさが関わり、後者では回収方法を確かめたうえで残り方を比較しています。測定の条件まで見ることで、同じ「信号が小さい」という結果の意味が変わるのです。

香料の残量と、人が感じる持続

では、この技術で香水は何時間長く香るのでしょうか。今回の実験から、その時間を答えることはできません。

調べたのは、紙にのせたモデル処方に含まれる2種類のムスクです。人の肌に使い、時間ごとの香りの強さを参加者が評価する試験ではありません。論文には、抽出後の紙ににおいが残っていないという確認もありますが、それは、着用中の香りの持続を測った官能試験とは別のものです。

紙に分子が残っていても、どの程度が空気中に出て、人にどう感じられるかは、さらに調べる必要があります。残りやすさは持続を考える大切な手がかりですが、残量だけから香りの強さや持続時間へ換算することはできません。紙で得られた結果が、肌でも同じになるかも未確認です。

なお、著者たちは利益相反なしと申告しています。一方、共著者にはLongscentを提供するExpressions Parfuméesの所属者が含まれます。特定の技術を評価した企業との共同研究であることは、結果を読む際の背景として押さえておきたい点です。

まとめ

紙から取り出せた香料が少ないとき、紙に残る量そのものが少ないとは限りません。今回の研究では、回収の条件を確かめることで、取り出しにくさを残量の少なさと取り違えずに、配合による残り方を比べられました。試験用の配合をつけた紙を空気中に8時間置くと、香料をとどめる材料を加えたほうが、加えない場合より2種類のムスクが多く残っていました。

ただし、人の鼻に届くには、残っている成分が空気中へ出る必要があります。今回分かったのは紙の上での残りやすさであり、人が何時間香りを感じたかは測っていません。残りやすさと分析時の取り出しやすさを分けることは、香料をとどめる技術が配合の中でどう働くかを、より適切に比較するための土台になります。

原著情報

Catherine Malhiac, Charbel Hawko, Jennifer Buzzi, Haris Laghouati, Christophe Marin, Géraldine Savary
Tracking Base Note Persistence in Fragrances by Time-Resolved Analysis: Revealing Ingredient Contributions
Flavour and Fragrance Journal, 2026, 1–8. 初回公開 2026年9月8日。
DOI: https://doi.org/10.1002/ffj.70155
全文: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ffj.70155

原著のライセンス: Creative Commons Attribution License(CC BY)
本記事は原著の知見をもとにした独自の解説です。原著の図表は転載していません。