HEDONIK(ヒドニク) — フランチェスカ・ビアンキが開いた「快楽の扉」

ヒドニクの世界観と代表製品「Divine Perversion 50ml」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「私たちのオブジェは単なるアクセサリーではなく、変幻自在のツールである。タキシードの下に、ブラウスの上に、あるいは素肌に直接まとえばいい。スーパーマーケットに行くときでさえ、身につけてほしいと思っている。」
— フランチェスカ・ビアンキ(ヒドニク公式サイト)

基本情報

設立年:2021年
創設者:フランチェスカ・ビアンキ(Francesca Bianchi)
公式サイト:hedonik.store

ブランド名「ヒドニク(Hedonik)」は、英語の「hedonic(ヘドニック:快楽の)」に由来する。快楽・享楽を意味するギリシア哲学の概念「ヘドニズム(hedonism)」を想起させる名前であり、ブランドの世界観をそのまま体現している。読みは日本語で「ヒドニク」と表記されることが多い。

創設者・ブランドの成り立ち

フィレンツェで育まれた感性

フランチェスカ・ビアンキは、イタリア・トスカーナ地方フィレンツェのファッション製造業者たちの中で生まれ育った。幼い頃から上質な織物や革製品、熟練した職人やデザイナーたちに囲まれていた彼女の環境は、後のブランドの美的基盤を静かに形作っていった。

自身のインタビューで、彼女はこの原体験についてこう語っている。

「両親は職人でした。衣料や革加工において非常に洗練された手仕事をする多くの職人たちとも出会いました。生産プロセスを目で見て、ものがどうやって作られるかを理解することは、今でも新しいプロジェクトを発展させる際に役立つ財産です。」
— フランチェスカ・ビアンキ

香りとの最初の出会いもまた、幼少期にまで遡る。彼女は姉とともにイヴ・サンローランの「パリ」を共用していた。その香りが親しい人物を連想させるものだったことから、以来、香りと感情のつながりを深く感じ続けるようになったと語る。

「14歳のときに自分のお小遣いで最初に買ったのは、ディオールのポワゾンでした。17歳のときには10本の香水を持っていて、それは同年代の友人のなかでは少なくない数でした。友人たちが1本か0本だったのに対して、私のコレクションは香水のノートへの関心というより、深い感情的なつながりを反映したものでした。」
— フランチェスカ・ビアンキ

フィレンツェからベルリン、アムステルダムへ

フランチェスカはフィレンツェの大学で美術史を修め、卒業後はアート・ブック出版の世界で働きながら、フィレンツェ、ベルリン、ルクセンブルク、そしてアムステルダムと、複数の都市を渡り歩く生活を送った。

パフューム・ラウンジの紹介によると、調香を独学で学びはじめたのは28歳のときのことだという。一冊の天然香料に関する本と数種類のエッセンシャルオイルが、その出発点だった。

「美術史の学位を取得したあと、天然香料に関する本とひとつかみのエッセンシャルオイルが香り作りへの情熱の火をつけました。当時、私は錬金術にも傾倒していましたが、それが香り作りといかに深くつながっているかを理解するには少し時間がかかりました。」
— フランチェスカ・ビアンキ(ブランドステートメントより)

独学の道のりについては、後年こう振り返っている。

「振り返ってみると、私は障害や挫折、袋小路、二度三度の仕切り直しに満ちた巨大な道を歩み始めたのだと気づきます。少し知識を積んだ今だから、自分の無知の深さが計り知れないとわかるのです。ですから、全体を制覇しようとする野望は捨て、特定のプロジェクトに集中し、それに関連する知識を着実に増やすことにしています。」
— フランチェスカ・ビアンキ

独学の道において精神的な支えとなったのが、フィレンツェの著名な調香師ロレンツォ・ヴィロレッジとの出会いだった。「存在の大きな不確かさを感じていた時期に」彼と出会い、その励ましの言葉が、香水作りを「手の届かない夢ではなく、努力すれば達成できる目標」として捉えなおすきっかけになったという。

アムステルダムのアトリエ、そして初のブランドへ

2016年、フランチェスカはアムステルダムの屋根裏部屋でフランチェスカ・ビアンキ名義の最初の3本の香水を生み出した。「ザ・ダーク・サイド」「エンジェルス・ダスト」「セックス・アンド・ザ・シー」と名づけられたこの3作は、いずれも彼女が「エクストレ・ドゥ・パルファン(extrait de parfum)」という非常に高濃度のフォーマットで手作りしたもので、世界中の香水愛好家から瞬く間に注目を集めた。

特に「エンジェルス・ダスト」は、著名な香水評論家ルカ・チューリンから星4つの高評価を受けた。自身のスタジオで原液の調合から瓶詰め・梱包まで一貫して手がけていた彼女だが、需要の急増を受け、わずか1年ほどでイタリアの小規模アルチザン企業へ製造を委託する体制へ移行することになった。現在、彼女のブランドの香水は45カ国以上、150店舗超で販売されるまでに成長している。

ヒドニクの誕生――「ポップ・フェティッシュ」な世界観への衝動

ヒドニクが産声を上げた背景には、フランチェスカが以前から温めていたある構想があった。2020年のインタビューでは、ブランド誕生前にすでにその萌芽を語っている。

「私は現在、いわば『ポップ・フェティッシュ』と呼べるレザーアクセサリーのシリーズに取り組んでいます。この新しいビジョンを体現するために新しいブランドを立ち上げるつもりで、もちろんそのための専用香水も作ります。」
— フランチェスカ・ビアンキ(2020年のインタビューより)

その宣言通り、2021年にヒドニクが設立された。同年9月4日、ベルギー・ブリュッセルのセレクトショップ「スメル・ストーリーズ」で創設者本人が登壇し、ブランドと最初の香水「ダイヴァイン・パヴェーション(Divine Perversion)」を正式に発表した。

パフューム・ラウンジは「ヒドニクとともに、フランチェスカ・ビアンキはその暗い側面を見せる」と評した。彼女の本名ブランドが「リキッド・エモーション(液体の感情)」を標榜する内省的・感情的な世界観であるとすれば、ヒドニクはより官能的で挑発的、遊び心に富んだ「もうひとつの自己表現」の場といえる。

ブランドのこだわり

「快楽のオブジェ」という哲学

ヒドニクのコア・コンセプトは、「あらゆる形の快楽のオブジェを創造すること」である。香水はその一形態にすぎず、首元を飾るチョーカーや鋲打ちベルトといったレザーアクセサリーもラインナップに並ぶ。ブランドが目指すのは、「ポップ・フェティッシュ、ダーク、ロック、パンク、ファン」といったキーワードで表現されるような、定型に収まらない多面的なアイデンティティの解放だ。

あらゆる製品はジェンダーレスで展開されており、「タキシードの下でも、オフィスでも寝室でも」自由に使えるという姿勢が一貫している。

二都市を橋渡しする素材と製法

製品の背景には、アムステルダムとフィレンツェという二つの都市が交差している。レザーアクセサリーはフランチェスカ自身がアムステルダムでデザインし、世界有数のラグジュアリー皮革の産地であるフィレンツェで製造される。

香水についても妥協はない。原料は、南フランスのグラース(世界的な香料の一大産地)にある家族経営の企業から調達された最高品質の素材を使用し、最終的なボトリングはイタリア・ミラノの小規模アルチザン企業が担う。

レザーという「個人的執念」

全ヒドニク香水に共通するモチーフがレザーだ。フランチェスカにとって、それは幼少期から身近にあった素材であり、かつ調香師としての自分が「個人的な執念」を抱くノートでもある。

「私はこの香水をレザーノートに捧げました。この素材はヒドニクブランドの中心的な要素であるとともに、私のお気に入りのノートのひとつでもあるからです。レザーはオープニングからドライダウンまで、この香水の中で欠かせない存在感を放っています。私は矛盾を愛しているので、甘くフルーティーなキャラメルノートと、強烈なレザー・アンバーノートを対比として使いました。」
— フランチェスカ・ビアンキ(ダイヴァイン・パヴェーションについて)

官能性の追求においても彼女は明確なスタンスを持つ。アニマルノートを積極的に使うのは、「強度と人間らしさ、肉感を加え、香水をたまらなく官能的にする」ためだという。

香水ラインナップ

2026年3月時点で、ヒドニクの香水ラインには3作品が揃っている。すべてエクストレ・ドゥ・パルファン(非常に高濃度の香水フォーマット)で展開され、ユニセックスに設計されている。

Divine Perversion(ダイヴァイン・パヴェーション)— 2021年

ヒドニクの記念すべき第1作。「有毒な愛のように中毒性がある」というコンセプトのもと、フランチェスカはレザーという素材そのものへのオマージュとして本作を制作した。甘さと官能性の対比が特徴的な構造を持つ。

  • トップノート:ラズベリー、ピンクペッパー
  • ハートノート:ローズ、アイリス、キャラメル
  • ベースノート:レザー、アンバー、ウッディノート、アニマルノート

Obsessive Devotion(オブセッシブ・ディヴォーション)— 2023年

第2作のテーマは、フランチェスカが「強力な調香素材への感情と崇拝」と呼ぶチャンパカ(Champaca)アブソリュート——インドを原産とする黄色の花のエキス——への「執念」。

「チャンパカのナチュラル・アブソリュートを初めて嗅いだとき、私の心は完全に虜になりました。非常に官能的な素材で、さまざまな側面を持っています……『オブセッシブ・ディヴォーション』という名前は、このパワフルな香水素材に向けた私の感情と尊敬を体現しています。」
— フランチェスカ・ビアンキ

チャンパカを軸に、レザー・オークモス・アイリスが絡む複雑な構造が印象的なシプレ・フローラル系の作品だ。

  • トップノート:グレープフルーツ、ベルガモット
  • ハートノート:チャンパカ、ピーチ、イランイラン、ピンクペッパー
  • ベースノート:レザー、パチョリ、アイリス、オークモス、サンダルウッド

Exquisite Affair(エクスクィジット・アフェア)— 2024年

2024年のESXENCE(エクサンス:ミラノで開催される世界的なニッチ香水見本市)でお披露目された第3作。コンセプトは「無邪気さと誘惑の秘密の情事」。ピーチとレザーという一見相反する素材の対話が軸をなす。

「エクスクィジット・アフェアはピーチとレザーの予想外のリエゾン(liaison)の中に、甘くてセクシーなエッセンスを閉じ込めています。相反しながらも補い合う二つの性格——無邪気さと誘惑——の間の秘密の関係です。」
— フランチェスカ・ビアンキ

ベルガモット・グリーンマンダリンの爽やかな開幕から、ピーチとオスマンサス(キンモクセイ)が輝く中間部を経て、アニマルなレザーとヴァニラ・コットンキャンディーが重なるベースへと着地する構造だ。

  • トップノート:ベルガモット、マンダリン、ピンクペッパー
  • ハートノート:ピーチ、オスマンサス、シナモン、カシス
  • ベースノート:アニマルレザー、パチョリハート、サンダルウッド、コットンキャンディー、ヴァニラ

ちなみに…

ヒドニクの香水ラインにはレザーアクセサリーとの深い連動がある。ブランドとして「首元を飾る高級チョーカーや鋲打ちベルト」といったセミ・フェティッシュな革製品も手がけており、香水はその世界観を嗅覚で補完するものとして設計されている。「香水をまとったまま、オフィスに入るか寝室に入るかを決めればいい」という公式の言葉は、ブランドのスタンスを見事に言い当てている。

また、ヒドニクはあくまでもフランチェスカ・ビアンキの「第2のブランド」に位置づけられており、本名ブランドが15作以上の香水を擁するのに対して、ヒドニクはより的を絞った少数精鋭のラインナップを維持している。ヒドニクが「より暗い側面」「より官能的で挑発的な表現」のために生まれた実験場であるという評もある。

このブランドの名称・コンセプト・香水のノート選びに一本筋が通っているとすれば、それは創業者自身の言葉に集約される。

「私は矛盾に魅了されており、矛盾に取り憑かれていると思っています。そして、それを香水を通じて表現したいのです。」
— フランチェスカ・ビアンキ

参考文献