「ギリシャは神殿である。そしてヘレニストは、記憶の神殿だ。」
— Jean-David Jacoby(ジャン=ダヴィッド・ジャコビー)、創設者
基本情報
設立年: 2024年
創設者: Jean-David Jacoby(ジャン=ダヴィッド・ジャコビー)
公式サイト: https://hellenistparfums.com
創設者・ブランドの成り立ち
6歳の夏、サントリーニ島で
すべては、ひとりの少年の記憶から始まった。
1980年代後半、ジャン=ダヴィッド・ジャコビーは6歳のとき、家族とともにギリシャのサントリーニ島を訪れた。白と青のコントラストが眩しいキクラデス建築、エーゲ海の透明な水、そして夜になると父がベッドで語ってくれるギリシャ神話の物語——。その体験は、幼い心に深く刻まれた。
「ギリシャとの旅を始めたのは6歳のときでした。家族旅行で、その土地と文化、そして父が語ってくれた神話の物語に夢中になりました。それは本当に、私が育っていく中での核になったものです。」
— Jean-David Jacoby(ザ・パフューム・ガイ(The Perfume Guy)とのインタビューにて)
その後もジャコビーのギリシャへの愛は深まるばかりで、約15年にわたって毎年ギリシャを訪れ、ドデカネス諸島、スポラデス諸島、キクラデス諸島と、20以上の島を旅することとなった。
ラグジュアリー業界での20年
ギリシャへの情熱を胸に抱きながら、ジャコビーはラグジュアリー・フレグランス業界でのキャリアを歩んだ。ロレアル、LVMH(エルヴィーエムエイチ)、Google(グーグル)などの大手グループで要職を歴任し、なかでも香料会社シムライズ(Symrise)では、エバリュエーター(香りの評価・選定担当)と商業ディレクターを兼ねるハイブリッドな役割を担い、コティ(Coty)、エスカーダ(Escada)、カルバン・クライン(Calvin Klein)などのプロジェクトに携わった。
「シムライズではエバリュエーションに深く関わりながら、クリエイティブ・ディレクションにも口を出すようにしていました。ブランドを立ち上げる人間として、この経験は本当に大切なものでした。」
— Jean-David Jacoby(ジャン=ダヴィッド・ジャコビー)
20年以上にわたる業界経験の中で、ジャコビーはひとつの問いを持ち続けていた。「ハイパフューメリー(高級香水)の世界に、ギリシャをテーマにしたブランドがほとんど存在しない。なぜ誰も作らないのか」と。
ブランド誕生へ——2年間の開発と2024年のローンチ
この問いへの答えとして、ジャコビーは2022年頃からヘレニストの開発に着手した。フランス人調香師たちとのネットワークを活かし、シムライズの調香師たちと丁寧なコラボレーションを重ねた。ジャコビー自身はその過程でクリエイティブ・ディレクターとして香りの方向性を定め、各調香師の得意なマテリアルや香料ライブラリーを熟知した上でブリーフィングを行ったという。
2024年7月8日、パリの「アパルトマン・エトワール」(凱旋門が目の前に見える空間)で、ヘレニストはついに世界に産声を上げた。発表会にはジャーナリスト12名、美容系インフルエンサー30名以上が参加し、ジャコビーとともに調香師たちとアーティストのカルロ・アメンが登壇した。
ブランド名「Hellenist(ヘレニスト)」は、ブランドの説明では「ヘレニズム時代に生きた、ギリシャの血を引かないながらもギリシャ語を話しギリシャ的な生き方を選んだ人々」を意味する。ジャコビー自身はフランス人であり、ギリシャにルーツを持たない。しかしだからこそ、この言葉は彼自身の姿を映し出すものでもあった。
ヘレニストは「フランスで作られ、ギリシャに捧げられる」ブランドを標榜する。
「私はギリシャ人ではありません。でも人に最初に聞かれることは必ず『あなたはギリシャ人なの?』ということです。それが答えになっています。」
— Jean-David Jacoby(ジャン=ダヴィッド・ジャコビー)
ギリシャへの「帰還」
2025年5月18日、ブランドはアテネで正式なギリシャ・ローンチイベントを開催した。会場はアテネのウー・スイーツ(Woo Suites)ホテルの屋上テラス。在ギリシャ・フランス大使ローランス・オーエルも列席し、フランスのサヴォワール・フェールとギリシャの精神が結びついたこのブランドを祝った。
ジャコビーはその夜、単なる起業家としてではなく、「語り手」として来場者を迎えたという。
「ヘレニストはアイデンティティへのオードです。ギリシャの魂へ。記憶と光と神話から生まれる香りへ。」
— Jean-David Jacoby(ジャン=ダヴィッド・ジャコビー)、アテネ・ローンチイベントにて
ブランドのこだわり
香りづくりの哲学:「記憶の神殿」
ヘレニストが香りを通じて表現しようとしているのは、「時間の継続性(タイム・コンティニュイティ/Time Continuity)」というテーマである。古代ギリシャの神話や英雄、その風景は、私たちの幼少期の想像力を形作った「集合的な記憶」である。その記憶を香りとして召喚することで、まるで時間が止まったような「永遠の感覚」を纏う人にもたらしたい——それがブランドのコンセプト「記憶の神殿(テンプル・オブ・メモリーズ/Temple of Memories)」だ。
また、ジャコビーはインタビューの中で、パフューム(perfume、香水)という言葉の起源にも触れている。
「ギリシャは実は香水を発明した国なんです。古代ギリシャ人が最初に香りを使ったのは神々との繋がりのため。お香を焚いて、その煙を天に昇らせることで、神々と交信しようとしていた。」
— Jean-David Jacoby(ジャン=ダヴィッド・ジャコビー)
この古代ギリシャを原点と捉えるブランド上の語りは、キャンドルラインの哲学にも直結している。「Perfume(パフューム)」という言葉がラテン語の「per fumum(ペル・フームム=煙を通じて)」に由来することを踏まえ、キャンドルを灯す行為そのものを古代の儀式の再現として位置づけているのだ。
香りの方針として、ジャコビーはハイパフューメリーの基準に忠実であることを重視する。たとえばアクアティック系の香水に用いられることの多い合成分子(いわゆる「1980年代の海洋系分子」)は使わず、天然素材と地中海由来の原料にこだわった処方を調香師たちとともに追求している。
ボトル・パッケージ:地中海の素朴な美
ジャコビーが掲げるコンセプトは「Slow and Quiet Luxury(スロー・アンド・クワイエット・ラグジュアリー=静かなラグジュアリー)」だ。見せびらかさず、本質を大切にする——そのフィロソフィーは素材選びにも表れている。紙・木・ガラス・陶器といったシンプルで上質な素材を用い、ボトルは角を丸くなだらかな曲線を持つ形状に仕上げられた。「自然への敬意」を形で表したデザインである。
ボトルのラベルには、地中海出身のアーティスト、カルロ・アメン(Carlo Amen)のアートワークが描かれている。彼のスタイルは「ネオ・キュビスト(Neo-cubist)」と形容され、平面的な輪郭と線、顔の描写が素朴でありながらも現代的な表情を持つ。ヘレニストはカルロ・アメンとのコラボレーションにより、自らを「ファシアノス、ピカソ、ミロ、コクトー」ら地中海の偉大な芸術家たちの系譜を引く存在として意識的に位置づけている。
地中海サステナビリティへのコミットメント
素材の調達先もブランドの世界観と一致している。香料にはフランス、イタリア、ギリシャ、スペインなど地中海沿岸諸国で厳選された天然素材を使用。ボトルガラスや紙、キャップに至るまで地中海沿岸の国々で製造されており、FSC(エフエスシー)認証ペーパーやアップサイクル・リサイクル可能な素材を選定するなど、環境への配慮も組み込まれている。
香水ラインナップ
ヘレニストの香水は大きく2つのラインに分かれている。
ミソロジー・コレクション(The Mythology Collection)
ギリシャ神話の英雄や神々、または古代の物語に着想した5本のオードパルファム(香水)が揃う。各作品が一つの神話的な場面や情景を香りで描き出し、まるで嗅覚で読む「神話文学」のような趣がある。
ル・シャン・ダキル(Le Chant d’Achille)/アキレスの歌
調香師:アレクサンドラ・カルラン(Alexandra Carlin)
フローラル&ムスキー。アメリカの作家マデリン・ミラーが2011年に発表した同名小説(邦題:「アキレウスの歌」)にインスパイアされた作品。アキレスとその恋人パトロクロスの物語を軸に、トロイア戦争の太陽と塩気を宿したネロリ、ゼラニウム、ムスクが展開する。ジャコビーによれば「ネロリとオレンジブロッサムを非常にオリジナルな方法で処理した。甘さや無邪気さではなく、ミネラルっぽく、塩気があり、セクシュアルな側面も感じさせる。まるで二面性を持った香り」だという。
ア・ロンブル・ダルテミス(À l’ombre d’Artémis)/アルテミスの木陰で
調香師:スージー・ル・エレイ(Suzy Le Helley)
ボワゼ&フルーテ。狩猟と自然の女神アルテミスが隠れ棲む聖なる森の、夜明け前の空気を描いた作品。地中海の象徴であるイチジクの葉の青々しさを主役に、ブラックカラントとローズが絡む。シムライズ独自の抽出技術「SymTrap(シムトラップ)」を用いた素材や、ムスク調の香りを持つ高価な植物性素材「アンブレット」が使用されており、肌に溶け込むような自然さが特徴だ。スージー・ル・エレイは若き才能として注目されており、フレデリック・マル・エディシオン・ドゥ・パルファンのアクネ ストゥディオズ パー フレデリック マル(Acne Studios par Frédéric Malle)も手掛けている。
レ・ブラ・ドゥ・モルフェ(Les Bras de Morphée)/モルフェの腕の中で
調香師:スージー・ル・エレイ(Suzy Le Helley)
アンブレ&プードレ。夢と眠りの神モルフェウスに捧げた作品で、ヘレニストにとって最初のベストセラーと言えるほどの評価を得ている。バイオレットリーフ、ピーチ、ヘリオトロープのトップから、オリス(アイリス)、バイオレット、ヘーゼルウッドのハート、バニラ、トンカビーン、カシュメランのベースへと移ろう。ジャコビーはこの香りについて「アイリスとバイオレットを組み合わせるとヴィンテージになりがちだが、この作品はバニラとヘーゼルナッツ、トンカビーンのベースがほどよい中毒性を生み出している」と語っている。フィフィ・アワード・フランス2025(Fragrance Foundation Awards France 2025)において、「創業5年未満のブランドによるベスト・ニッチ・フレグランス」部門のファイナリストに選ばれた。
レ・デュー・オー・バン(Les Dieux aux Bains)/神々の水浴び
調香師:ピエール=コンスタンタン・ゲロス(Pierre-Constantin Guéros)
アクアティック&サンシュエル。キプロスの秘境「アフロディーテの水浴び」と呼ばれる天然の水辺に着想した作品。愛の女神アフロディーテとアドニスが愛を交わした場所とされるターコイズの泉を、ジュニパーベリー、ユーカリ、ローズマリーの清冽なアロマティックノートと、パチョリのフラクション(トップ・フラクションを使用することで土臭さを抑えた)、アンブロクサンのセンシュアルな官能性で表現している。
ラ・ニュイ・デ・トロワ・サン(La Nuit des 300)/300の夜
調香師:モーリス・ルーセル(Maurice Roucel)
センシュエル&マグネティック(2025年発売)。5本目の最新作であり、スパルタの300人の戦士(テルモピュライの戦い)とテーバイの神聖隊(Sacred Band of Thebes)という二つの古代ギリシャの物語に着想している。神聖隊は恋人同士の兵士たちで構成された最強の部隊だったとされており、「戦いの前夜、互いに寄り添う魂」の温もりと緊張を官能的なムスクとアロマティックノートで描いた。
「神聖隊の物語は、テルモピュライの300人の物語を思い起こさせました。腕に腕を取り合う戦士、勇気と欲望に満ちた兵士たち。私はその金属と肌の混在を捉えたかった。山が一日の熱を放出する黄昏時、鎧が夕暮れ色に輝く光景。それがこの香りの出発点です。」
— Maurice Roucel(モーリス・ルーセル、調香師)
調香師自身が語るように、ベルガモットとアルテミジア(ニガヨモギ)のトップから、ラベンダーとトンカビーンのアロマティックなハート、そしてムスセノン・パチョリ・サンダルウッドの「第二の肌のような」ベースへと展開するアロマティック・フゼア(Fougère)系の作品だ。
ミスティカル・ランドスケープ・コレクション(The Mystical Landscapes Collection)
キャンドルラインとして展開しているコレクションで、地中海の神話的な風景を香りで再現する。「フィグエ・サクレ(Figuier Sacré/聖なるイチジクの木)」「ラヴァンド・オランプ(Lavande Olympe/オリンポスのラベンダー)」「モワソン・セレスト(Moissons Célestes/天上の収穫)」などが含まれる。ブランドによれば、キャンドルに火を灯す行為は「per fumum(ペル・フームム=煙を通じて)」という香りの原点——神々とつながるための儀式——に立ち返るものとして設計されているという。
ちなみに…
「ヘレニスト」という言葉の選択 ブランド名の「Hellenist(ヘレニスト)」は英語の単語であるが、フランス語では語頭のhを発音せず「エレニスト」に近い読みになる。インタビューの中でジャコビーは、「英語だとヘレニスト、フランス語だとエレニスト」と笑いながら説明している。ギリシャ系でも古代ギリシャ語の専門家でもない自分が「ヘレニスト」を名乗ることへの軽い自嘲と誇りが混じったような言い方が印象的だ。
シムライズ出身というバックグラウンド ジャコビーがシムライズ出身であることは、ブランドの調香師選定にも影響している。調香師チームのうち複数名がシムライズ香水学校(Symrise Perfumery School)と関わりを持っており、またラ・ニュイ・デ・トロワ・サンを手掛けたモーリス・ルーセルは、調香師アレクサンドラ・カルランのメンターでもある。スージー・ル・エレイも、アニック・メナードとモーリス・ルーセルの両者をメンターとして挙げている。業界の「師弟関係の輪」がこのブランドを中心に見事に交差していることは興味深い。
ピエール=コンスタンタン・ゲロスのギリシャ系ルーツ 調香師の一人ピエール=コンスタンタン・ゲロスは、フランコ・ギリシャの家系に生まれ、父はオートクチュール向けの毛皮職人のアトリエを営んでいた。ギリシャとフランスの美の交差点で育ったという彼の出自は、ヘレニストのブランド哲学と深く共鳴している。
参考文献
- Hellenist公式サイト「The House」ページ
- Hellenist公式サイト「The Creative Team」ページ
- Jean-David Jacoby LinkedIn
- Hellenist公式サイト「La nuit des 300 – 100ml」製品ページ
- The Creative Team – Hellenist Paris
- Discover HELLENIST: The New Perfume Brand Everyone's Talking …
- JULY 8TH 2024 – LAUNCH EVENT
- Hellenist Paris: Αfter launch event για το γαλλικό άρωμα
- Greece, our promised land. Hellenist celebrates its official launch.
- Hellenist: Fragrances with Essence of Legends
- Hellenist Les Bras de Morphée – ÇaFleureBon Perfume Blog
- Brand/Hellenist – ZGO Perfumery
- Hellenist(ヘレニスト)まさかの日本上陸! ギリシャに捧げる …
- PERFUMES – Hellenist Paris
- Les Bras de Morphée, a FiFi Awards France 2025 finalist
- La Nuit des 300 Perfume by Hellenist,Size 100ml
- La Nuit des 300 de la Hellenist | Fraganty
- ドルセー公式・スージー ル エレイ
- シムライズ公式・シムトラップ技術


