私はミニマリストではなく、ピュリストです。
ジル・サンダー
ジル サンダーを、装飾を減らした服のブランドとして眺めるだけでは、その仕事の大切な部分を見落としてしまう。創業者ジル・サンダーが探求したのは、素材がどのように形を支え、身に着ける人の姿勢や感覚を変えるかということだった。布を選び、立体的に裁断し、何度も着せて確かめる。その積み重ねが、簡潔に見える服の内側にある。
香水もまた、早くからその世界の一部だった。1979年の最初の香水から、2025年に始まった「Olfactory Series 1(オルファクトリー シリーズ1)」へ。創業者と、後にブランドを担った作り手たちの選択をたどると、服と香りを結ぶ素材への関心が見えてくる。
基本情報
- ブランド名:JIL SANDER(ジル サンダー)
- 設立年:1968年。ハンブルクのブティックから始まり、1973年に最初のウィメンズコレクションを発表
- 創設者:Jil Sander(ジル・サンダー)
- 誕生の地:ドイツ・ハンブルク
- 香水の出発点:1979年の「Woman Pure」「Man Pure」
- 公式サイト:JIL SANDER
創設者とブランドの成り立ち
繊維の学びと、アメリカでの暮らし
ジル・サンダーは1943年、ドイツ北部のヴェッセルブレンに生まれた。母がハンブルクの空襲を逃れ、北海沿岸に暮らす祖父母のもとへ身を寄せていたためである。幼いころにハンブルクへ戻り、やがてクレーフェルトで繊維工学を学んだ。
若いジルが望んだのは、遠い土地で暮らすことだった。父から贈られたフォルクスワーゲンを返してもかまわないから、カリフォルニアへ行きたい。そう頼んで渡米し、それまでとは違う自由を知る。ニューヨークでは女性誌『McCall’s』のアシスタントも経験した。
父の死をきっかけに帰国したときには、再びアメリカへ戻るつもりでいた。しかし、母と年下の弟を支えるためハンブルクに残る。自分の進みたい道と、家族への責任。その両方を抱えながら、ジルはドイツで仕事を始めた。
雑誌の編集から、ハンブルクの店へ
帰国後は『Constanze』『Petra』でファッション編集に携わった。撮影する服を選ぶうちに、素材や形を自分の望むものへ変えたいと考えるようになる。メーカーに既存の服の変更を頼む仕事は、やがて自ら小さなコレクションをつくる仕事へつながった。
1968年、ジルはハンブルクのペーゼルドルフ地区にブティックを開く。1973年には自身のウィメンズコレクションを発表した。既成の服を紹介する側から、自分の考えるプロポーションと素材を形にする側へと踏み出したのである。
その服が応えようとしたのは、女性の暮らしと社会での役割の変化だった。ジルは、働く自分自身を支えてくれる服を必要としていた。かつての女性像をなぞる服から離れ、着る人が動き、自分の意思で振る舞える形を探す。その関心は、仕事着という一つの用途に収まるものではなかった。
私はいつも、自分の服を着た人が気分よく、強さを感じられるようにしたかったのです。
ジル・サンダー
生地と立体的な裁断を探求する
ジルは、親世代の服にあった仕立ての技術や上質な生地を認めていた。一方で、特に女性の服には、時代に合う型紙と形が必要だと考えた。求めたのは、単に男性の服をそのまま女性に着せることではない。身体の見え方や性の表し方を、より繊細に変えることだった。
そのために、素材の研究を続けた。日本から先端的な織物を取り入れ、イタリアの生産者とは造形性のある新しい素材を開発する。布は、出来上がった形を飾るものではなく、その形を成立させる出発点だった。
外側の装飾を控えるほど、裁断や布の動き、小さな釣り合いが目に入る。スタイリストのジョー・マッケンナと組んだ仕事では、一つの白いシャツとスカートを14人のモデルに着せて確かめたこともあった。簡潔な見た目のために、細部の調整へ時間を注ぐ。その制作の密度を含めて、ジルのピュリズムを捉えたい。
1979年、最初の香水にも貫いた造形
1979年、ブランドは「Woman Pure(ウーマン ピュア)」と「Man Pure(マン ピュア)」を起点に、香水とボディケアへ領域を広げた。ジルはデザイナーのペーター・シュミットと、香水瓶やブランドのロゴにも取り組んでいる。
ウーマン ピュアでジルが距離を置きたかったのは、懐古趣味や神秘性をまとった、当時の高級フランス香水の見せ方だった。彼女は最初の香水を、服づくりの考えを示すものとして捉えていた。
現代的な環境に置かれる軽やかな香りを夢見て、すりガラスの四角い形を考えました。
ジル・サンダー
四角い幾何学的な瓶は、服を本質へと絞り込む考えとつながっていた。香りを別の世界の装飾品にするのではなく、容器まで含めて、ジル サンダーの現代的な生活のなかへ置こうとしたのである。
1989年には「Sun(サン)」が登場する。同じ年、会社はフランクフルト証券取引所へ上場した。服のブランドを育てながら、香水もその名を広く伝える領域になっていった。
創業者から次の制作陣へ
1999年にプラダがブランドの株式の過半数を取得すると、ジルは2000年に退任した。その後、二度ブランドに戻り、最後に手がけたのは2014年春夏コレクションである。創業者の名を持つブランドは、次の作り手へと引き継がれていく。
2017年からクリエイティブディレクションを担ったのが、ルーシー&ルーク・メイヤーだった。2021年にはブランドがOTBグループに加わる。2023年、香水事業のパートナーであるコティとのライセンス契約を更新し、ファッション部門と歩調を合わせた高級フレグランスの展開へ進んだ。
その新しい段階として、2025年1月28日に発表されたのがオルファクトリー シリーズ1である。メイヤー夫妻の指揮のもと、5人の調香師が6つのユニセックスの香りを制作した。創業者の香水への初進出から、40年以上が過ぎていた。
夫妻は、ブランドの過去を再現すること自体を目的にしなかった。自分たちが面白いと感じる素材や香りを選び、調香師へ明確な方向を示しながら、各人の創作の自由を残した。
それぞれの香りは、私たち自身が好きなものや、訪れた場所から着想を得ています。
ルーシー&ルーク・メイヤー
2025年3月には、シモーネ・ベロッティがブランドのクリエイティブディレクターに就任した。オルファクトリー シリーズ1は、それに先立ってメイヤー夫妻が率いた香りの仕事である。
ブランドのこだわり
天然素材の表情を変えるアルデヒド
オルファクトリー シリーズ1を結ぶのは、天然素材とアルデヒドを組み合わせる設計である。ここで使われるアルデヒドは、香りに明るさや広がりを与える合成香料の一群。天然素材の印象を際立たせる役割を担うが、その働かせ方は作品ごとに異なる。
「リーフ(Leaf)」と「アース(Earth)」を手がけたジュリー・マッセが目指したのは、構築的で精密でありながら、身にまとうと心地よい服の感覚を、香りで表すことだった。
それは“少ない原料で作る”という意味ではありません。
ジュリー・マッセ
ジュリーは、奥に複雑さを残しながら、全体は簡潔で、細部まで柔らかく香るものを求めた。アルデヒドも、リーフでは弾けるような青さを、アースでは自然の湿度を際立たせるものを選んでいる。同じシリーズの印を、同じ匂いを繰り返すために用いるのではない。素材や情景の違いを、より鮮明にするために使い分けるのである。
リーフとアースに重なる、庭と日本の記憶
リーフの着想には、ジュリーが祖母と過ごしたグラースの夏がある。庭のトマトを収穫し、いっしょにトマトソースをつくった時間。その記憶が、ブラッククリムトマトの実と葉を思わせる香りにつながった。
そこで選ばれた主要素材は、キーライム、二酸化炭素で抽出したカルダモン、コーンミントである。トマトの記憶を、ほかの植物の香りから組み立てる。アルデヒドが加わることで、柑橘やミントのなめらかな組み合わせに、鮮烈な緑の輪郭を与える設計になった。
アースの出発点は、白い空間に苔のランウェイを敷いた、ジル サンダーのショーだった。人工的な白さと自然の対比から、ジュリーは湿った森や雨の中を歩く感覚へ思いを進める。そこに重なったのが、幼いころ日本で食べた松茸の記憶である。
その情景を形にするために、ダマスクローズとグラース産センティフォリアローズ、二酸化炭素で抽出したパチョリの葉を組み合わせた。バラとパチョリを軸とするシプレローズの構成を、雨上がりの地面や松茸の感触へ近づける作品だ。リーフでは収穫する植物の青さを、アースでは湿った大地を描く。同じ調香師の記憶が、異なる自然の表現へ展開している。
その後、シリーズには「Chapter II」の6香が加わり、現在は計12香を展開している。たとえばジュリーによる「Shiso(シソ)」は、ジュニパーベリーの香りを通して、シソの葉のきりっとした感覚を表す。題材の名を、そのまま配合原料の名と読むことはできない。身近な印象を、選び抜いた別の素材から再構成するところにも、このシリーズの創作がある。
工業生産のなかに残す、ガラスの不均一さ
ボトルは、デザインスタジオのFormafantasma(フォルマファンタズマ)との協働から生まれた。課題は、工業生産の容器に、手仕事を思わせる感触を持たせること。左右対称で均質な形へ仕上げる代わりに、ガラスの配分や輪郭に小さな不均一さを残した。
容器を覆う白い鐘形のカバーは、アルミ製である。光から香水を守り、使うときには全体を持ち上げる。その動作によって、中にある自分の香りを取り出す仕草が生まれる。白く整った外側と、わずかな揺らぎのあるガラスの内側を、手の動きがつないでいる。
製造には、ガラスのHEINZ-GLAS(ハインツ・グラス)や、ポンプのアプター、カバーのTNTグループなどが関わった。簡潔に見える瓶も、デザイナーと製造技術の協働で成立している。
ジルが服で探った素材と形の関係は、後の香水でも、香料の組み合わせや手に取る容器へ問い直されている。リーフとアースの異なる自然の描き方、均一にしすぎないガラス。ジル サンダーの香水を知る手がかりは、その具体的な選択のなかにある。
参考文献
- Jil Sander: Fashion’s First Feminist — British Vogue
- ブランドの沿革とクリエイティブディレクター — JIL SANDER
- Jil Sander: Present Tense 展覧会公式資料 — Museum Angewandte Kunst
- The legendary. Jil Sander. — System Magazine
- ジル・サンダーの生い立ちと編集者時代についての本人インタビュー — WELT / ICON
- Jil Sander by Jil Sander 刊行時の本人インタビュー — Wallpaper*
- Essential Read:最初の香水とデザインについての本人インタビュー — Family Style
- Coty Announces Extension of License Agreement With Jil Sander — Coty
- ジル サンダーがコティとプレステージ フレグランス コレクションをローンチ — コティジャパン
- Olfactory Series 1についてのルーシー&ルーク・メイヤー本人インタビュー — Emirates Woman
- 東京生まれの調香師が明かす、ジル サンダーの香りの秘密 — FASHIONSNAP
- Per Julie Massé, i profumi nascono dai ricordi dell’infanzia — AMICA
- Olfactory Series 1:Chapter I・IIとボトルデザイン — JIL SANDER
- Innovation Awards spotlight: Jil Sander — Paris Packaging Week

