花にやってくる昆虫は、花粉だけでなく、微生物も運びます。さまざまな昆虫を迎える花には、それだけ多様な微生物が持ち込まれるかもしれません。では、花の香りは、訪問者を招くことと、花の上で暮らす微生物を調節することの両方に関わるのでしょうか。
Hanuschらが2025年に発表した研究は、オーストリア・アルプスの植物39種で、花の香りの化学的な多様さと、訪花昆虫や細菌の種類の豊かさを比べました。見つかったのは、香りが化学的に多様なほど、訪れる昆虫の種類は多い一方、花の細菌の種類は少ない、という対照的な関連でした。
香りの「多様さ」は、成分の数だけではない
ここでいう多様さは、香りが強いことや、人が複雑な印象を受けることとは違います。研究者は、成分の種類数、それぞれがどれくらいの割合で含まれるか、さらに分子の構造がどれくらい違うかを組み合わせて評価しました。
たとえば、同じ10種類の成分を含む花でも、ひとつの成分に大きく偏る場合と、複数の成分が比較的均等に含まれる場合とでは、組み合わせが異なります。また、構造のよく似た成分が集まる場合と、異なる構造の成分が混ざる場合も区別します。
この見方の背景には、個々の成分だけでなく、その組み合わせによって、生き物への作用が変わるかもしれないという考えがあります。ただし、分子構造の違いは作用の違いを考える手がかりであり、今回すべての成分の生物作用を測定したわけではありません。
山の花、訪問する昆虫、花の細菌を調べる
調査は2014年の5〜7月、グロースグロックナー山周辺の7地点で行われました。標高は1,146〜2,750メートルです。39種・92個体の花の香りを調べ、同じ地域で記録した昆虫、細菌、花の形のデータを組み合わせました。
香りは野外の花序を袋で囲み、周囲に出てきた揮発成分を集めて機器で分析しました。検出した264成分のうち、構造を割り当てられたのは158成分です。構造不明の成分も分析からすべて除くのではなく、構造の違いに平均的な値を置いて多様さの計算に含めています。
昆虫は、花の生殖に関わる部分に触れているものを採集し、外見に基づく種類のまとまりで数えました。記録した訪花は計656件です。香りとの関係を分析したデータは31植物種・53個体分でした。訪問した回数の多さと、訪問者の種類の多さは別で、中心にしたのは後者です。
細菌については、花から採った試料の16S rRNA遺伝子を解析し、配列の違いに基づく種類の豊かさを調べました。こちらの関連分析は31植物種・39個体分です。細菌の細胞数や生きた菌の量を直接数えたものではなく、検出された配列の種類を指標にしています。
採取によって花を使い切るため、香り、昆虫、細菌、花の形を、すべて同じ個体で測ったわけではありません。同じ植物群落の比較可能な環境で得た、別の個体群のデータを統合した研究です。
昆虫の種類とは正、細菌の種類とは負の関連
統計モデルでは、香りの化学的な多様さが高いほど、訪花昆虫の種類が多いという関連が見られました。一方、細菌の配列の種類は少ない傾向があり、どちらの関連も統計的に有意でした。
分析では標高の影響も考慮しましたが、今回のデータでは標高との関連は明確ではありませんでした。これは、温度や湿度など、環境の影響がすべてなくなったという意味ではありません。
花の大きさ、蜜のある筒の幅や深さ、花粉の位置、花の向きも調べました。これらの形の特徴は、今回のデータでは昆虫や細菌の種類数と有意な関連を示しませんでした。香りの多様さ、昆虫の種類数、細菌の種類数の結びつきが、形の特徴との結びつきより目立っていたのです。
ただし、花の色は分析に含まれていません。香りを増減させた実験でもないので、香りだけが昆虫や細菌の違いを生んだ、と結論づけることはできません。
花粉と一緒に、微生物も運ばれてくる
この結果から著者らが提案したのが、「微生物も運ぶ送粉者」に注目する仮説です。論文ではFilthy Pollinator Hypothesisと呼んでいます。花粉を運んで植物を助ける昆虫も、同時に、さまざまな微生物を花から花へ運ぶ存在だという見方です。
幅広い昆虫を迎える花ほど、持ち込まれる微生物も多様になると予想できます。それにもかかわらず、今回、香りが多様で訪問者の種類も多い花では、細菌の種類は少なくなっていました。著者らは、香りの成分の組み合わせが、花に定着しやすい微生物を選り分ける「ふるい」のように働く可能性を考えています。
個々の香り成分が微生物に作用する例は先行研究にあり、複数の成分が組み合わさることで作用の範囲が広がる、あるいは作用が強まる可能性もあります。しかし、今回の研究で混合物の抗菌作用や、昆虫が運んだ菌のその後の定着を直接確かめたわけではありません。
また、花の化学的な環境に耐えて残る微生物が、必ず植物に有益とは限りません。病原性をもつものも、その環境に適応している可能性があります。細菌の種類が少ないことを、そのまま「悪い菌が減って健康になった」と読み替えることはできず、著者らもこの点を区別しています。
香りの役割を、昆虫と微生物の両方から考える
この仮説が重要なのは、花の香りの多様さを、昆虫を呼ぶためだけの特徴として見ないことです。幅広い訪問者を迎える利点と、一緒に運ばれる微生物への対応が結びついているなら、香りの組み合わせには複数の役割があることになります。
著者らは今後、成分の種類数、割合の偏り、分子構造の違いをそれぞれ操作し、昆虫の訪問と微生物の定着がどう変わるかを、条件を揃えて試すことを提案しています。どの微生物が残り、それが植物の生育や繁殖にどう関わるかまで調べて、仮説を確かめる必要があります。
まとめ
アルプスの花では、香りの化学的な多様さと、訪花昆虫の種類数には正の関連、花の細菌の種類数には負の関連が見られました。この組み合わせが、昆虫の誘引と微生物の選別を同時に考える仮説につながりました。
花の香りは、さまざまな相手が出入りする場所を形づくる要素かもしれません。昆虫だけでなく微生物も視野に入れることで、なぜ花が多様な成分を組み合わせた香りをもつのかを、より広い生態系の関係から考えられる研究です。
参考文献
Hanusch, M., Dötterl, S., Larue-Kontić, A.-A. C., Keller, A., & Junker, R. R. (2025). Floral scent chemodiversity is associated with high floral visitor but low bacterial richness on flowers. New Phytologist, 248, 3270–3279. DOI: 10.1111/nph.70600 / 原著全文。原著:© 2025 The Author(s), CC BY 4.0。


