古代の香水瓶が残っていても、中身の香りまで分かるとは限りません。ところが、スペインのローマ時代の墓から、栓が残り、内部に固形物を含む水晶の小瓶が見つかりました。残留物を分析した研究では、パチョリ由来の香料と植物性の油脂を含んでいた可能性が高いと結論しています。
2023年に発表されたこの研究の成果は、香料候補だけではありません。小瓶を閉じていた栓の鉱物と、密封に使われた物質も調べ、容器と内容物を一つの資料として読み解きました。
墓の中の骨壺に収められていた小瓶
小瓶が発見されたのは、2019年、スペイン南部カルモナの建物の改修に伴う発掘です。地下には、火葬された成人6人の遺骨などを納めたローマ時代の墓室があり、その一つのガラス製の骨壺に、布の残り、琥珀の玉、小瓶が入っていました。
小瓶は水晶、つまり石英で作られたアンフォラ型の容器です。研究者は、こうした材質の容器を珍しい高級品として位置付けています。内部に固形物が残り、栓も付いていたことが、かつて何を入れていたかを調べる貴重な機会になりました。
研究の問いは三つでした。中身は何だったのか、残った固形物は何でできているのか、そして栓は何で作られていたのか。鉱物を見るX線回折、元素や表面を見る電子顕微鏡分析、分子の結合を調べる分光法、成分を分けるガスクロマトグラフィー質量分析を組み合わせています。
栓はドロマイト、封止にはビチューメン
まず調べたのは栓です。中身に栓の成分が混じっている可能性があるため、内容物の分析に先立って確認しました。栓の内側、外側、縁のX線回折パターンは、カルシウムとマグネシウムを含む炭酸塩鉱物、ドロマイトに一致しました。ラマン分光や元素分析も、この判断を支持しています。
一方、栓の外側や瓶の口には、黒に近い褐色の付着物がありました。そこには、ドロマイトだけでは説明できない炭素に富む物質が含まれていました。分光分析に加え、テルパン類やステラン類などの分子指標を確認し、研究者はビチューメン、すなわち瀝青が封止や防水に使われたと判断しました。
瓶の内側にあった白っぽい粒子にもドロマイトが見つかりました。栓から剥がれた物質が混ざったと考えられます。このように、残留物をすべて香水の材料と見なさず、容器の栓や封止材から来たものを分けて考えることが、分析の重要な段階でした。
残留物には、油脂と香料を思わせる成分があった
内部の明るい粒子と暗い粒子から有機物を抽出して調べると、ビチューメンに対応する成分群に加え、植物の香りに含まれるセスキテルペン類と、油脂に関わる成分が見つかりました。
油脂については、脂肪酸を測りやすい形に変える処理を行い、オレイン酸やパルミチン酸、ステアリン酸などに対応する成分を確認しています。さらに植物ステロールなども含まれていたことから、植物性の油脂が使われていたと考えました。
ただし、その植物油の種類までは決められませんでした。長い時間の中で組成が変化した可能性もあり、オリーブ油など特定の油へ絞るには証拠が不足しています。今回の結果が支持するのは、香りのある植物由来物と、油脂を組み合わせた内容物という像です。
パチョリとナルドを、実際の標準品で比較した
香料の候補を考えるうえで注目されたのが、パチョリアルコール、α・β-パチョレン、セイシェレン、α-グアイエン、α-ブルネセンなどです。これらの組み合わせは、パチョリ油の成分構成に似ていました。
古代の植物名や記述には曖昧さがあり、ナルドも候補になりました。そこで研究者は、市販のパチョリ油とナルド油を同じ分析法で調べ、遺物の抽出物と比較しています。結果は、成分全体の並びがナルドよりパチョリに近いというものでした。
ここで重要なのは、パチョリアルコールが一つ見つかったから即座に決めたわけではないことです。比較したナルド油にも、この成分は含まれていました。複数の成分の一致と、パチョリアルコールの相対的に大きな信号を合わせて、パチョリ由来の香料が有力だと判断しています。
現在のパチョリ油と古代の残留物で、成分比が完全に一致したわけではありません。使われた植物の種、古代の抽出法、保存中の変化が分からないためです。著者らも、植物由来の特定は高い可能性を持つ一方、疑いなく確定したものではないと本文で述べています。
封止材が、香りの手がかりを残した可能性
香料由来と考えられる成分が残った理由として、著者らは、ビチューメンへの吸着を挙げています。容器内の香料成分が封止材に取り込まれ、その後、栓や封止材の一部とともに瓶の内壁へ残ったという説明です。
密閉性や墓室の環境も、保存に関わった可能性があります。ただし、当時の酸素量や、成分がどの段階でどれだけ吸着したかを直接測った保存実験ではありません。考古資料に残った化学的な痕跡から、保存の過程を推定したものです。
また、この研究は一つの容器の分析です。古代ローマでの一般的な香水の処方、パチョリの流通経路、正確な配合比までは決められません。残った成分を組み直して、当時の香りを嗅覚で再現する試験も行っていません。それでも、容器の形だけからは分からない香料の候補へ、分子の証拠から近づけた点に価値があります。
まとめ
カルモナのローマ時代の墓から出土した水晶の小瓶には、パチョリ由来の香料と植物性油脂の組み合わせに整合する成分が残っていました。現代のパチョリ油とナルド油を比べ、単一成分ではなく組成全体から、パチョリを有力な候補としています。
栓はドロマイトで、封止にはビチューメンが使われたことも分かりました。何を香らせていたかと、どう閉じて保存していたか。その両方を調べることで、一つの小瓶から古代の香りの使い方を読み解いた研究です。
論文は外部研究資金なし、利益相反なしと申告しています。一方、謝辞には、著者Daniel CosanoへのFEDER関連プログラムの個別支援も記載されています。
参考文献
Cosano, D., Román, J. M., Lafont, F., & Ruiz Arrebola, J. R. (2023). Archaeometric Identification of a Perfume from Roman Times. Heritage, 6, 4472–4491. 原著論文


