バラやグレープフルーツなどの香りを嗅ぐと、短時間の身体反応は同じ方向に動くのでしょうか。健康な若い女性を対象にした2002年の研究では、血圧の揺らぎから計算した指標が、グレープフルーツなど四種類の精油で上がり、バラとパチュリで下がりました。
さらに別の参加者では採血を行い、バラの香りを嗅いだ後に血中アドレナリンが低下する結果も得ています。香りの作用を一つの測定だけで捉えず、血圧の変動と血中の物質という二つの方法で調べた研究です。
六種類の精油を、無香の溶媒と比較
参加したのは、日常で香水を使った経験のある22〜25歳の健康な女性、合計43人です。21人が血圧の変動を測る実験、別の22人が採血の実験に参加しました。
血圧の実験では、黒コショウ、エストラゴン、フェンネル、グレープフルーツ、バラ、パチュリの六種類の精油を使いました。エストラゴンはタラゴンとも呼ばれるハーブです。各人には六種類のうち三種類が無作為に割り当てられ、一つの精油ごとに、精油入り試料と無香の溶媒TECを順序を無作為にして比較しました。21人全員が六種類すべてを嗅いだ設計ではありません。
精油はTECに重量比2%で溶かし、少量を含ませた綿を鼻の下に置いて、普段どおりに呼吸してもらいました。30分間休んだ後、安静時を3分間、香りの提示中を3分間測定しています。この2%は綿に付けた液の濃度で、吸い込んだ空気中の濃度とは異なります。
血圧そのものより、「揺らぎの大きさ」を見た
解析したのは、収縮期血圧が時間とともに変動する中の低周波成分、SBP-LFの振幅です。著者らは、これを交感神経に関わる活動の間接的な指標として用いました。香りを嗅いでいる間の2分間の平均を、直前の安静時の平均で割り、無香条件の値と比較しています。
黒コショウ、エストラゴン、フェンネル、グレープフルーツでは、この相対指標が無香条件より有意に高くなりました。反対に、バラとパチュリでは無香条件より約40%低くなりました。
大切なのは、上がったり下がったりしたのが「血圧の低周波の揺らぎから作った指標」だという点です。血圧値そのものが40%下がった、交感神経全体を直接測って40%抑えた、という結果ではありません。香りによってこの生理指標の反応が異なることを示しています。
採血では、バラでアドレナリンが低下
採血の実験では、別の22人を四群に分け、黒コショウ、グレープフルーツ、バラ、無香のTECのいずれかを7分間提示しました。30分間の安静後と、香りを嗅いだ後に採血し、アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンを測っています。
バラの群では、アドレナリン濃度が提示前より約30%低下し、有意でした。黒コショウでは約1.7倍に増える傾向がありましたが、p=0.06で、通常の5%基準では有意差に達していません。
グレープフルーツでは、アドレナリンとノルアドレナリンが数値上は増えたものの、有意な変化ではありませんでした。ドーパミンなどについても、明確な変化は報告されていません。
採血の統計は各群の提示前後の比較で、香り群の変化量が無香群の変化量と異なるかを直接検定したものではありません。バラの前後差は血圧変動の結果と方向が合いますが、二つの実験がまったく同じ効果を別の方法で確定した、とまでは言い切れません。
精油の成分と、感じ方の両方が次の課題
使った精油の成分もGC-MSで調べています。グレープフルーツはリモネンが93.3%を占め、バラにはシトロネロール27.7%、ゲラニオール15.0%など、パチュリにはパチュリアルコール42.4%などが含まれていました。
著者らは、こうした成分が異なる反応に関わる可能性を考えています。ただし、今回比較したのは精油という混合物で、リモネンやシトロネロールを単独で試した実験ではありません。精油名や主要成分だけから、どんな場面でも一定の身体反応が起こると考えるのは早い段階です。
香りから生じる感情や記憶、成分そのものの作用など、仕組みについても複数の可能性が議論されています。アンケートでは六種類とも親しみがあり快い印象だったとされていますが、それだけで期待や感情の影響を除外できるわけではありません。
測定は3分または7分と短く、対象は若い女性に限られます。長く嗅いだときの慣れや持続性、ほかの年齢・性別での再現性も課題です。高血圧や肥満などへの応用は原著の将来の展望であり、今回それらの治療効果を調べてはいません。
まとめ
血圧の低周波の揺らぎから作った相対指標は、黒コショウ、エストラゴン、フェンネル、グレープフルーツで無香条件より高く、バラとパチュリで低くなりました。別の採血実験ではバラでアドレナリンが提示前より低下し、黒コショウの増加とグレープフルーツの変化は有意ではありませんでした。
香りによる短時間の反応は、精油の種類と測る指標によって異なる。その違いを二種類の測定で探ったことが、本研究の主要な成果です。
論文では著者3人全員が資生堂の商品開発部門所属と記載されています。独立した研究資金・利益相反の申告欄は見当たりません。
参考文献
Haze S, Sakai K, Gozu Y. Effects of Fragrance Inhalation on Sympathetic Activity in Normal Adults. Japanese Journal of Pharmacology. 2002;90(3):247–253. doi:10.1254/jjp.90.247


