石けんで体を洗うと、肌から届くにおいは変わります。その変化は、人に清潔な香りとして感じられるだけでなく、蚊が寄ってくる手掛かりにも影響するのでしょうか。
2023年の研究では、市販のボディソープで洗った腕のにおいに対して、蚊の選び方が変わりました。ただし、同じ製品でも人によって結果が違います。大切なのは、製品の香りだけでなく、その人の体のにおいと混ざった状態でした。
洗浄後の香りを調べ、蚊の行動につなげる
バージニア工科大学の研究チームは、石けんが人のにおいの成分構成をどう変え、それが蚊の選択にどう関わるかを調べました。さらに、得られた化学分析と行動の関係を手掛かりに、蚊が寄る、または避ける混合物を作れるかも試しています。
主な実験には4人の協力者と、4種類の市販ボディソープを使いました。対象は、Dial、Dove、Simple Truth、Nativeの各ブランドから選んだ特定の製品です。ブランド全体や、その後に販売された別の処方を評価したわけではありません。
まず両腕を水ですすぎ、片腕だけをボディソープで洗って再びすすぎました。もう片腕は、水ですすいだ状態のまま比較用にします。それぞれの腕にナイロンの布を当て、1時間かけてにおいを集めました。
同じ人の左右の腕から、同じ日に試料を取るのが工夫です。食事や活動などによる日ごとの変動をある程度そろえながら、洗浄の有無を比べられます。実験は繰り返して行われました。
蚊に直接腕を差し出した実験ではない
行動試験で使ったのは、実験室で飼育したネッタイシマカの雌です。においを集めた布を二つの容器に入れ、ケージ内でどちらに着地するかを20分間記録しました。容器は網で覆われていて、蚊が布に直接触れることはできません。
ここで区別したのは、どちらかの容器に着地した蚊の割合と、着地した蚊がどちらを選んだかです。たくさんの蚊が動いても、左右を半々に選ぶ場合があります。反対に、行動した数が多くなくても、片方に選択が偏る場合があります。
人の皮膚で刺された回数や、吸血量を測ったものではありません。また、人を探す重要な手掛かりである二酸化炭素は追加しておらず、まずにおい試料による違いを調べる条件でした。
洗うと、成分の量も組み合わせも変わった
布から揮発する成分をGC-MSという装置で分析すると、洗浄後は、成分の数と検出された総量が増えていました。もともとの体のにおいに対して、ボディソープ由来の成分が大きく加わったと考えられます。
とくに、リモネンなどを含むテルペン類の割合が増え、アルデヒド類などの割合は小さくなりました。ただし、割合が下がった成分群でも、絶対量まで減ったとは限りません。アルデヒド類は、全体に占める比率が下がる一方で、量自体は増えていました。
この違いは、洗うことを「体のにおいを消して、石けんの香りに置き換える」とだけ捉えないために重要です。蚊に届くのは、その人由来の成分と、製品由来の成分が、量や比率を変えて混ざったにおいです。
同じ製品でも、人によって寄られ方が違う
洗浄前のにおいを、誰も着けていない布と比べると、4人中3人の試料に蚊の選択が偏りました。残る1人では、全体の着地は増えたものの、その人の試料側を選ぶ有意な偏りはありませんでした。もともとのにおいにも個人差があります。
左右の腕を比べた試験では、DoveとSimple Truthの対象製品で洗った後、一部の人の試料が、洗わない側より選ばれやすくなりました。しかし、全員に同じ変化が出たわけではありません。
Nativeの対象製品では、洗った側が避けられる方向に動き、4人目の協力者では有意な回避が見られました。これも、すべての人で同じ程度の効果が確かめられた結果ではありません。
どちらかに着地する蚊の割合も、人と製品の組み合わせによって変わりました。ある人では減った製品が、別の人では増える場合もあります。製品名だけで、蚊が寄る・寄らないを一律に決めにくいことが分かります。
成分の組み合わせから、新しい混合物を作る
研究は市販品の比較で終わりませんでした。化学分析の結果と蚊の行動を重ね、選ばれやすい試料や避けられやすい試料に、どの成分の組み合わせが関連するかを探しました。
そこから、リリアール、α-イソメチルイオノンなどを含む4成分の「誘引側」の混合物と、安息香酸ベンジル、γ-ノナラクトン、ベンズアルデヒドの3成分からなる「回避側」の混合物を作りました。
次に、配合を考える段階では使わなかった5人目の協力者のにおいを用いて確認しました。その人が着けた布に混合物を加え、溶媒だけを加えた同じ人の布と比較したところ、4成分の混合物側は選ばれやすく、3成分の混合物側は避けられました。どちらも有意な差でした。
これは、実際の試料の成分情報を利用して、蚊の選択を変える混合物を設計できるという実証です。ただし、混合物は元の洗浄後の試料より高い濃度で提示されています。市販品を使ったときの濃度や効果を、そのまま再現したという意味ではありません。
「この香りなら虫よけ」とは決められない理由
今回の製品には、どれもリモネンが多く含まれていました。それでも蚊の反応は同じではありませんでした。著者らは、一成分の名前や量だけでなく、ほかの成分との比率や、人のにおいとの組み合わせが重要だと考察しています。
主な比較は4人、一種類の蚊、洗浄後1時間以内に集めた試料によるものです。時間がたった後の持続性、屋外での刺されやすさ、ほかの蚊の種類については、この実験からは分かりません。ココナツやバニラという香りの表示だけで、虫よけになると判断する根拠にもなりません。
身近な洗浄料が、昆虫へ届く化学的な手掛かりを変える。その仕組みを調べることが、この研究の出発点です。虫よけ製品としての有効性を判断するには、実際の使用条件で別の検証が必要です。
研究は米国農務省の研究助成によって支援され、著者らは利益相反なしと申告しています。
まとめ
ボディソープで洗うと、体から届くにおいの成分構成が変わり、ネッタイシマカの着地先の選択も変わりました。その方向は、人と製品の組み合わせによって異なりました。
さらに、成分と行動の関係から作った混合物でも、別の協力者のにおいに対する選択を、誘引側と回避側へ変えることができました。においは単独成分の足し算だけでは捉えられない。体のにおいと製品の香りを一緒に見ることが、蚊との関わりを理解する手掛かりになります。
参考文献
VanderGiessen M, et al. Soap application alters mosquito-host interactions. iScience. 2023;26:106667. doi:10.1016/j.isci.2023.106667


