好きな香りは文化で決まる? 9つの社会で同じ10成分を比べた研究

好きな香りは文化で決まる? 9つの社会で同じ10成分を比べた研究 香りの科学

育った場所が違えば、心地よいと感じる香りも大きく違うのでしょうか。食文化や思い出が香りの印象に関わる一方、離れた社会に暮らす人たちにも、共通する好みがあるかもしれません。

2022年の研究では、9つの社会の225人が、同じ10種類の香り成分を心地よい順に並べました。結果は、集団の平均順位には大きな共通性があり、同じ集団の中でも個人差が大きいというものでした。文化、分子、個人という三つの視点を、同じ課題で比べた研究です。

都市だけでなく、多様な暮らしの中で比べる

Artin Arshamianらが調べたかったのは、香りの快さが、文化によって決まるのか、個人の好みなのか、それとも香り分子の性質と広く結びつくのかという問いでした。

都市生活者だけを比べると、国が違っても似た食品や香料製品を経験している可能性があります。そこで研究チームは、東南アジアや中南米の、地理や生業の異なる9集団で調査しました。森での狩猟採集、沿岸での採集や漁業、農耕を中心とする生活、メキシコやタイの都市生活など、多様な暮らしが含まれます。

新しく調べた9集団の解析対象は225人。加えて、ニューヨークの55人が以前の研究で答えた香りの快さの評価を、順位に変換して比較に使いました。10番目の集団は、新たに同じ現地課題を受けた集団ではない点に注意が必要です。

10本の香りを、心地よい順に並べてもらう

用いたのは、バニリン、リナロール、オイゲノール、2-フェニルエタノール、イソ吉草酸など、10種類の単一成分です。完成した香水や料理ではなく、一つの成分を所定の濃度に希釈して、ペン型の器具に入れました。

10成分は、米国で476成分を調べた先行研究をもとに、不快から快まで幅広い評価を含むように選んでいます。各社会で、現地の言葉を使って説明し、まず全部を一つずつ嗅いだ後、もっとも快いものから、もっとも不快なものへ並べてもらいました。

点数ではなく順番を使ったのは、数字の尺度で答える習慣が、どの社会でも同じとは限らないためです。最初の提示順はランダムにし、一回に嗅ぐ時間や間隔にも配慮しました。並べ替えるときには、再び嗅ぐこともできました。

ここで分かるのは、10成分の中でどれをより快く感じたかという相対的な順位です。1位にした香りを、日常で積極的に使いたいかまで尋ねたわけではありません。

集団ごとの平均順位は、よく似ていた

集団ごとに平均順位を計算すると、文化間の相関は平均で0.82と高く、よく似た順序になりました。快い側だけでなく、不快な側の成分にも共通性があり、特定の一、二成分だけが結果を作っているかを確かめる分析も行われました。

具体的には、全参加者の平均で、バニラを思わせるバニリンや、桃のような香りと説明される酪酸エチルが快い側に並びました。反対に、チーズや足の汗にも含まれるイソ吉草酸は、不快な側に位置しました。原著の図を見ると、同じ成分にも人によって異なる順位がついており、全員が同じ順番に並べたわけではありません。

一方、一人ずつを比べると、順位はかなり違います。同じ文化内の二人の順位の似方と、異なる文化に属する二人の似方の差は、小さいものでした。同じ社会に暮らすからといって、その人の好みを精密に言い当てられるわけではありません。

さらに、狩猟採集や農耕などの生業、大陸という大きなくくりに組み替えても、説明できる順位の違いが増えることはありませんでした。今回の香りの比較では、生活様式や地理だけで、集団の好みが大きく分かれるという結果にはなりませんでした。

41%、6%、54%は何を表す数字?

研究チームは、順位のばらつきを、どの成分か、文化によって成分の評価が変わるか、それらでは説明できない違いに分けて分析しました。論文では、おおよそ次の割合を報告しています。丸めた数値なので、合計は100%にぴったりとはなりません。

  • 香り成分の違いに対応する部分:約41%
  • 文化ごとに成分の順位が変わる部分:約6%
  • 個人差などの残りの部分:約54%

54%は、純粋な「その人の好み」だけを切り出した数字ではありません。この中には、個人の好みに加えて、感じ方の揺れや課題に伴う測定ノイズも含まれます。41%も、遺伝の寄与を測った数値ではなく、同じ成分が多くの人から似た順位をつけられることに対応する部分です。

また、6%という数字は、この10成分、この濃度、この順位づけの中での結果です。香水の購買、食文化、香りに結びつく記憶など、あらゆる好みへの文化の影響が6%だと決まったわけではありません。

分子の情報から、別の社会の順位を予測できるか

研究は、共通性を見つけるだけで終わりませんでした。分子の物理化学的な特徴から、今回の10成分の快さを予測するモデルも試しました。

モデルの学習に使ったのは、米国の先行データのうち、今回の10成分を除いた466成分です。分子構造から計算した多数の特徴と、米国の参加者による快さの評点を結びつけ、まだ学習していない10成分の評点を予測。その値を順位へ変換しました。

この予測順位は、各集団の平均順位によく対応しました。論文では、同じ文化に属する一人を無作為に選ぶよりも、モデルの予測のほうが集団の平均順位に強く対応したと報告しています。学習した成分も、対象となる社会も変わっているため、単に同じ回答を覚え直しただけでは説明しにくい結果です。

分子の特徴には、文化をまたいで共通する快さの順序を予測する情報がある。この点が、研究のもう一つの主要な成果でした。

共通していることと、生まれつきであることは別

この結果は、人の嗅覚に共有される傾向があることを示します。ただし、それが生まれつき決まっているのか、多くの人に共通する経験から学ばれるのかは、この研究だけでは区別できません。著者らも、その点を明確にしています。

同じ集団の中にも、異なる経験や生活歴があります。また、研究したのは特定の濃度の単一成分で、数多くの成分が混ざり、名前や見た目も伴う食品・香水とは条件が違います。調査場所での器具の状態や知覚のノイズも、個人の回答のばらつきに関わりえます。

追加の強度順位課題は5集団で行われ、快さの順位が単に強さだけで説明されるわけではないことも確かめられました。このように条件を点検しながら、共通性と違いを分けていくことが重要です。

まとめ

9つの社会の225人による10成分の順位づけと、米国の既存データを比べると、香りの快さには集団を越えた共通性がありました。同時に個人の回答の違いは大きく、所属する文化だけでは、その人の順位を十分に予測できませんでした。

別の466成分で学習したモデルが、調査した集団の平均順位とよく対応したことも、共有される傾向を支えます。香りの好みには、共通する土台があり、その上に一人ひとりの違いがある。文化か個人かの一方だけで決めず、分子の性質も含めて捉えた研究です。

研究はオランダのNWO、米国NIH、スウェーデン研究評議会などの助成を受けています。著者らは利益相反なしと申告しています。

参考文献

  • Arshamian, A., et al. (2022). The perception of odor pleasantness is shared across cultures. Current Biology, 32(9). DOI・原著。共著者公開の全文。
  • Karolinska Institutet (2022). 研究紹介(身近な香りの説明を参照)。