私はそれをいちばんに羽織ってみたい。
中田真由美
ショコラティエ土屋公二のつくるショコラの香りを、味わうだけでなく身にまとう。その思いから生まれたのが、THÉOBROMA PARFUMS(テオブロマ パルファン)である。菓子の作り手と、キャンドルから香りのデザインへ進んだ中田真由美による協働は、2024年にオードパルファンとして形になった。
核となるのは「身に纏うショコラ」。チョコレートの甘さや苦みを、果実、ハーブ、花、お茶と組み合わせることで、一つの味を再現する以上の情景をつくる。二人の異なる仕事の歩みが、その香りの背景にある。
基本情報
- 香水の誕生:2024年2月、日本
- 協働する人物:土屋公二(ショコラティエ)、中田真由美(フレグランスマジシャン・調香を担当)
- 背景となる菓子店:ミュゼ・ドゥ・ショコラ・テオブロマ(1999年開業、東京・富ヶ谷)
- コンセプト:身に纏うショコラ
- 公式サイト:THÉOBROMA PARFUMS
創設者とブランドの成り立ち
土屋公二、フランスでの修業から富ヶ谷の菓子店へ
土屋公二は静岡県清水市、現在の静岡市の出身である。1980年に洋菓子職人として働き始め、1982年に渡仏した。ラ・メゾン・デュ・ショコラやダロワイヨなどで研修を重ね、1987年に帰国。代官山のラ・ポムベールでシェフを務めた後、1991年には再びフランスへ渡り、ミッシェル・ショーダンのもとで半年間学んだ。
1998年に勤めていた会社を離れ、洋菓子店への助言などを行った後、1999年1月にテオブロマを設立。同年3月、渋谷区富ヶ谷に本店を開いた。フランスで積んだ菓子づくりの経験を、自分の店で展開する場が生まれたのである。
土屋の菓子づくりでは、素材の個性と、組み合わせたときの釣り合いの両方が重要になる。2016年には、わさびを強くしすぎれば単純な味になり、創造性が失われると語っている。産地ごとのカカオの違いにも目を向け、材料を公平に見極める姿勢を大切にしていた。
良い原料を買います。高価であっても、妥協はしません。
土屋公二(2016年、菓子づくりについて)
意外な素材を組み合わせることと、それぞれの素材を丁寧に扱うこと。その両方を重ねてきたショコラティエの世界が、後に中田の香りづくりと出会うことになる。
中田真由美、キャンドルの造形から香りのデザインへ
中田真由美は、オンワード樫山でアパレルの仕事を経験した後、1998年にキャンドルブランドSWATi(スワティー)を始めた。当初はアルバイトをしながら製造と販売を続け、セレクトショップで扱われるようになると、キャンドルへ香りを加えてほしいという依頼も増えていった。
香りと本格的に向き合う転機は、2004年夏の「UN DOUZE」シリーズにある。誕生石、女性、スイーツ、星座、メッセージ、カクテルと、十二という数を軸に題材を展開した。スタッフと日々クリエーションを語り、キャンドルをつくり、市場を調べる。色や形の制作に、香りを追求する仕事が加わった。
香りを追求し、向き合ったのです。
中田真由美(2026年、2004年の制作を振り返って)
中田は調香師から学び、キャンドルだけでなく、企業の依頼による香りの仕事も広げていった。やがて目に見えるデザインに加え、物語を持ち、言葉で語れる製品を長くつくりたいと考えるようになる。
2019年、長く関わったSWATiのディレクターを退任し、5W1H(ゴダブリュウイチエイチ)を立ち上げた。香りのイメージをスケッチし、想像したものを香りの組み合わせへ移す制作を続ける。テオブロマ パルファンでは、土屋のショコラを「目に見えない衣装」として捉えることになる。
2024年、ショコラティエとの協働を香水へ
中田が土屋との協働に託したのは、シェフが奏でる香りを自分でも羽織ってみたいという願いであった。土屋のショコラを着想の源に、中田が香りを組み立てる。味覚と嗅覚の二つの仕事を重ねた最初の企画が、2024年2月のテオブロマ パルファンである。
同年秋には、伊勢丹新宿店のサロン ド パルファンへ初出店した。そこで、春のお披露目会で配られた香りへの反応から、「バナヌ オ ショコラ」が製品化された。チョコバナナを題材とする香りで、来場者から商品化を望む声が寄せられていたのである。
土屋が香水の着想源となったチョコレートを会場で紹介する企画も組まれた。食べるショコラと、身につける香りを一緒に体験する構成で、この協働の出発点を使い手へ伝えようとした。
ブランドのこだわり
ショコラオランジェで、果実と苦みを組み合わせる
テオブロマ パルファンの香りは、グルマンとショコラを軸にしている。グルマンとは、菓子や飲み物など、食べ物を思わせる香りを表す言葉である。ここではショコラに花やハーブも重ね、甘さの形を変えていく。
「ショコラオランジェ(Chocolat orange)」の題材はオランジェット。オレンジの皮の砂糖漬けをチョコレートで包む菓子の組み合わせを、香りの中で描く。カカオとラム酒を思わせる甘さに、フレッシュなオレンジ、ビターなチョコレートの深さを合わせ、コーヒーの香りをアクセントにしている。
甘いチョコレートだけを前に出すのではなく、果実の明るさ、酒を思わせる複雑さ、コーヒーのほろ苦さを重ねる。菓子を味わうときに感じる対比を、身につける香りの表情へ移した作品である。
ティザンヌで、ハーブから紅茶とショコラへ移る
「ティザンヌ(Tisane)」は、選ばれたハーブティーを主題にした香りである。描かれる情景は、早朝の霧がかかった森から、昼下がりのアフタヌーンティーへと移る。
レモンやペパーミント、烏龍茶の印象に、ラベンダーとローズマリーなどのハーブを重ね、紅茶とチョコレート、ホワイトチョコレートの香りへつないでいく。菓子の甘さに向かう前に、澄んだ緑や摘みたてのハーブを思わせる時間を置く構成だ。
ショコラオランジェが菓子の組み合わせを描くのに対し、ティザンヌはお茶とショコラを楽しむ時間を描く。チョコレートを軸に保ちながら、甘さへ至る道筋を変えられることが、このブランドの表現の幅を示している。
マダガスカルで、花の香りとショコラを重ねる
「マダガスカル(Madagascar)」では、異国の植物や風景への憧れが題材となる。イランイランやジャスミンを中心とした花の香りに、ほろ苦いチョコレートと菩提樹の印象を組み合わせた。夕暮れのバオバブの並木道を思わせる情景を、花とショコラの重なりで描いている。
ショコラは、食卓の菓子を表すことも、森や花の情景の奥に置かれることもある。土屋の菓子の世界を出発点に、中田が時間や風景のイメージを重ねる。それが「身に纏うショコラ」を、一つの甘い香りに閉じない協働のかたちである。
参考文献
- 「身に纏うショコラ」のコンセプトと中田真由美の言葉 — 公式サイト
- 中田真由美プロフィール — 香油香寮
- 土屋公二の歩み — テオブロマ公式
- 土屋公二本人取材:Chocolatier Tsuchiya offers Japanese chocolate fanatics hope — Candy Industry/Snack Food & Wholesale Bakery(2016)
- 中田真由美本人取材:フレグランス・マジシャン — バッファロー
- 香りと向き合ったきっかけ — 中田真由美の日記(2026年4月10日)
- 2024年のサロン ド パルファン初出店と香水誕生の経緯 — 香油香寮
- ショコラオランジェ — テオブロマ公式
- ティザンヌ — 香油香寮
- マダガスカル — 香油香寮


