ムスクの感じやすさは、受容体で変わる?

ムスクの感じやすさは、受容体で変わる? 香りの科学

ムスク系の香料には、分子の形が大きく異なるものがあります。それでも似た香りの仲間として感じられ、ある人には分かりにくいムスクが、別の人には少ない量でも感じられます。この共通点と個人差は、鼻で匂い分子を受け止める仕組みから説明できるのでしょうか。

2024年、香料会社ジボダンの研究者たちは、三つの嗅覚受容体を培養細胞で調べ、人の遺伝子の違いや、香料を感じ始める量と照らし合わせました。目的は、ムスクを一つの香りとしてまとめるだけでなく、香料ごとの感じ方の違いを生む仕組みを理解することでした。

細胞の反応と、人が感じ始める量をつなぐ

嗅覚受容体は、匂い分子に応じて細胞へ信号を伝えるタンパク質です。対象となったのは、OR5A2、OR5AN1、OR1N2という三つ。研究者はこれらを働かせた細胞に香料を加え、反応を光の信号として測りました。OR5A2はそのままでは実験系で働きにくかったため、分子の末端を改変したものを使っています。

まず440種類の香料で反応を探り、その後、濃度を変えて調べました。別に、大きな環状構造を持つラクトン系のムスク50種類について、受容体の反応と、人が検出できる最少量の関係を調べました。この検査の評価者は、香料ごとに4〜8人です。

人の検査では、ガスクロマトグラフという装置から出る香料を専用の嗅ぎ口で嗅ぎ、感じた瞬間にボタンを押しました。香料の量を段階的に減らし、正しい時点で最後に検出できた量を「検出閾値」としました。小さい値ほど少量で気づけるという意味で、同じ濃度での強さや好みを採点したものではありません。

形が似ていても、同じ受容体を使うとは限らない

OR5A2は、幅広い構造のムスクに反応しました。ラクトン系や多環式、直鎖状のムスクに加え、別の構造を持つジエノン系にも反応が見られました。一方、OR5AN1はムスコンなど一部の環状ケトンに強く反応し、OR1N2はアンブレットリドなど、より限られた分子に反応しました。

大切なのは、化学構造の分類と受容体の担当が一対一には対応しなかったことです。同じ分類に属していても主に反応する受容体が違い、反対に形の異なる香料が同じ受容体を動かしました。複数の受容体に反応する香料もあります。ムスクらしさの共通部分と、その中の違いを考えるには、この重なりが重要になります。

50種類のラクトンでは、OR5A2を低い濃度で反応させる香料ほど、人も少量で検出しやすいという関係が見られました。細胞での反応を、人の感じやすさにつなげる手がかりです。ただし、培養細胞と鼻では受容体の量も周囲の環境も違うため、細胞の数値がそのまま人の感覚を表すわけではありません。

31人の検査では、差が出るムスクと出ないムスクがあった

さらに研究者は、31人について三つの受容体の遺伝子を調べ、4種類のムスクの検出閾値を比べました。OR5A2の一か所のアミノ酸が置き換わる「P172L」という型に注目すると、基準の型を二つ持つ人が10人、基準と置き換わった型を一つずつ持つ人が15人、置き換わった型を二つ持つ人が6人でした。

置き換わった型を二つ持つ人は、チベトリドとジヒドロアンブレットリドを感じるのに、基準の型を二つ持つ人より数十倍多い量を必要としました。細胞試験でも、この型のOR5A2は複数のムスクに反応しにくくなっていました。受容体の働きの違いと人の検出閾値が、同じ方向を示したことになります。

ただし、ムスコンと(E)-アンブレットリドでは、OR5A2の遺伝子型による有意な閾値の差は見られませんでした。著者らは、ムスコンではOR5AN1、アンブレットリドではOR1N2という別の受容体が、検出を支えうると考えています。とくにOR1N2が補うという説明は、今回の細胞反応と参加者の結果を合わせた仮説で、人の鼻でその受容体だけを止めて確かめたわけではありません。

遺伝子との関連だけでは、担当を決められない

この研究では、OR5AN1の遺伝子型も一部のラクトンの検出閾値と関連していました。ところが細胞では、そのラクトンは主にOR5A2を動かします。なぜ、別の受容体の遺伝子が関係して見えるのでしょうか。

二つの遺伝子は染色体上で近くにあり、特定の型が一緒に受け継がれやすい関係にあります。そのため、一方の遺伝子を調べた結果が、実際にはもう一方の働きの違いを反映することがあります。著者らは、人の遺伝子と感覚の関連に、細胞でどの受容体が反応するかという証拠を重ねることが、役割を見極める鍵になると論じています。

一方、31人という規模や、実験用に改変した受容体を使う条件には限界があります。人の検査は限られた香料の検出閾値を測ったもので、香水全体の印象、好み、時間とともに変わる香りを説明し尽くすものではありません。研究は全額ジボダンが資金を出し、著者全員が同社の社員です。一部の実験用ムスクのデータには、特許申請に伴う公開制限もあります。

まとめ

今回の研究は、ムスクの感じやすさの違いを、三つの受容体の反応と遺伝子の違いを結びつけて説明しました。幅広いムスクを受け止めるOR5A2に、別の香料にも反応するOR5AN1やOR1N2が加わることで、あるムスクは感じにくくても、別のムスクは感じられるという違いを理解しやすくなります。

著者らは、この三つがムスク知覚の多くを説明し、受容体への反応を手がかりに、新しいムスクを設計できると提案しています。大きな環状構造を持つムスクで三つの受容体を動かせることは、生分解性も考えた香料開発への手がかりになるという展望です。ただし、今回測ったのは受容体の反応と嗅覚であり、新しい香料の生分解性や安全性そのものを実証した研究ではありません。

参考文献

Emter, R., Merillat, C., Dossenbach, S., & Natsch, A.(2024). The trilogy of human musk receptors: linking receptor activation, genotype, and sensory perception. Chemical Senses, 49, bjae015. DOI: 10.1093/chemse/bjae015/原著全文。

© The Author(s) 2024. Published by Oxford University Press. All rights reserved. 原著の権利条件。