白檀を思わせる香りは、天然の白檀精油だけでなく、さまざまな合成香料でも表現されています。その香料を作るとき、必要な部分だけを反応させ、香りに適した立体的な形を選んで作れれば、原料や工程の使い方も変わるかもしれません。
Maria C. Cancellieriらが2024年に発表した研究は、四種類の白檀調香料を対象に、酵素を組み合わせた合成方法を検討しました。中心となる問いは、香りに重要な分子の形を守りながら、必要な反応だけを進められるか。そして、その方法が従来の化学的な工程より有利になるか、というものです。
残したい結合と、変えたい結合がある
対象は、Brahmanol、Firsantol、Sandalore、Ebanolという四つの香料です。白檀精油そのものを再現する混合物ではなく、それぞれが白檀調の香りを持つ合成香料です。研究では、植物由来の原料として利用されるα-ピネンから、段階的に目的の構造へ変えていきました。
難しいのは、途中の化合物にある複数の結合のうち、どれを変えるかです。水素を加えるなどして分子を「還元」するとき、側鎖の反応させたい部分だけでなく、香りに重要な環状部分の二重結合まで変わると、目的とは違う物質ができてしまいます。
もう一つの課題は、立体配置です。原子のつながり方が同じでも、ある部分が空間のどちらを向くかが違う分子を、立体異性体と呼びます。平面の構造式ではよく似ていても、鼻で感じる香りまで同じとは限りません。欲しい形を選ばずに作ると、香りに十分貢献しない形にも、原料や手間を使うことになります。
二つの酵素を、同じ容器で順番に働かせる
研究者らは、エン還元酵素とアルコール脱水素酵素という、役割の異なる酵素を組み合わせました。前者は特定の炭素どうしの二重結合を還元し、後者は酸素を含む部分をアルコールの形へ変えます。酵素を、生物由来の「狙った反応を進める触媒」と捉えると分かりやすいでしょう。
最初の反応には、酵母由来のOYE2という酵素を選びました。続いて、作りたい立体配置に合わせて、性質の違う二種類のアルコール脱水素酵素を使い分けました。出発する中間体の形と、後から加える酵素を組み合わせることで、できあがる分子の立体配置を変えています。
反応は、同じ容器の中で二段階を順に進める方式です。水を主体にした液の中、約30℃で働かせ、酵素の反応を助ける補酵素を、グルコースを使って再利用する仕組みも組み込みました。最後には抽出、精製、蒸留などを行い、香りの評価を妨げる不純物を取り除いています。
天然原料から最後まで酵素だけで作った、という意味ではありません。前半には化学反応もあり、一部の中間体の調製には従来型の還元剤も使っています。研究の焦点は、とくに選択性が求められる還元工程を、酵素に置き換えることでした。
変えすぎずに、目的の形を得る
Sandaloreへ向かう中間体を使った比較では、OYE2による反応は、出発物質の約96%が反応し、生成物のうち目的とするものが99%超を占めました。環の二重結合まで還元された副生成物を抑えられた点が、重要な結果です。精製して取り出した目的物の収率は87%でした。
これらは、別々の割合です。96%は出発物質がどれだけ反応したか、99%超は生成物の中で目的物がどれだけ選ばれたか、87%は最終的に取り出せた量を表します。いずれも、人が香りを正しく嗅ぎ分けた割合ではありません。
比較した化学的な還元法では、反応が進みにくかったり、環まで反応したものなどが混ざったりしました。酵素は、この基質に対して、反応させる場所を選ぶ点で優れていました。
また、四種類の香料について、異なる立体配置のものを作り分けています。ただし、どの中間体でも選択性が同じだったわけではありません。分子のかさ高さや動きにくさが少し変わるだけでも、OYE2がどちらの形を作りやすいかは変化しました。
立体配置は、核磁気共鳴という、原子の周りの状態を調べる分析などで検討しました。一方、OYE2が作る形の偏りの一部は、出発原料の立体的な純度が途中でも保たれると仮定した間接推定です。すべてを同じ精度で直接測定できたわけではない点は残ります。
Sandaloreは、立体配置で香りも違った
作り分けたSandaloreは、専門家による香りの評価にも用いました。四つの立体配置のうち、最も好ましいと記述されたものは、クリーミーで白檀を思わせる特徴を持ち、香りの立ち上がりの印象が10点中8、残り方の評価が10点中9でした。
一方で、アンバーや乾いた木を思わせる方向のものや、最初の印象が好ましくなく、その後に強さが大きく下がるものもありました。同じSandaloreという骨格でも、立体配置は香りの質や残り方に関わる、という結果です。
これは専門家の記述的な評価であり、大人数の消費者の好みを調べた試験ではありません。また、「残り方」の点数は、肌に塗って何時間持続するかを測定した値ではありません。9点だから9時間続く、と読むことはできません。
著者らは、分子の特定の部分がどちらを向くかによって、嗅覚受容体との適合が変わるというモデルで、この差を説明しています。ただし、今回、受容体への結合や反応を直接測定したわけではなく、香りの評価と既存の考え方を結び付けた解釈です。
環境面では、利点と課題が分かれた
研究者らは、Brahmanolを作る一部の工程について、従来の化学的な方法と酵素法を比較しました。同じ中間体から目的の香料へ進む還元工程が対象で、原料の生産から製品の使用・廃棄までを含む評価ではありません。
酵素法は、比較対象の化学法で必要だった高圧の水素や高温の条件を避け、同じ容器で二段階を進められます。危険性、反応条件、収率、後処理などに応じて点数を差し引く「EcoScale」では、酵素法が100点中82点、比較した化学法の各段階は69点と46点でした。
一方、製品の量に対して、どれだけ廃棄物が出るかという指標では、酵素法の方が不利でした。グルコースなどを使い、比較的薄い液で反応させるため、製品の量に対して使う物質や液体が多くなるためです。
著者らは、廃棄物の重量だけでは、選択性、危険性、設備、後処理の違いを十分に捉えられないとして、酵素法の利点を強調しました。ここで示されたのは、複数の観点を比べたときの有望さです。酵素を使えば、環境負荷のすべてが小さくなると確認したわけではありません。
研究にはイタリアや欧州の公的支援があり、企業から市販香料やα-ピネンの提供を受けています。専門的な香りの評価にはCreaSensの評価者が協力しました。著者らは利益相反はないと申告しています。
まとめ
この研究は、白檀調香料の合成で、残したい構造を守りながら、狙った場所と立体配置を選んで反応させる酵素の働きを示しました。Sandaloreの香りの違いは、「同じ骨格を作れればよい」だけではなく、どの立体的な形を作るかが重要な理由にもなっています。
意義は、香りに適した分子を選ぶことと、その分子をどう作るかを、一緒に設計できる可能性です。温和な条件や工程のまとめやすさを生かしつつ、廃棄物量などの課題を改善できれば、香料の質と製造方法の両面を考える選択肢になります。
参考文献
Cancellieri, M. C., Maggioni, D., Di Maio, L., Fiorito, D., Brenna, E., Parmeggiani, F., & Gatti, F. G.(2024). Biocatalytic approaches for a more sustainable synthesis of sandalwood fragrances. Green Chemistry, 26, 6150–6159. DOI: 10.1039/d4gc00746h。原著全文。
原著はCC BY-NC 3.0で公開されています。誌面の権利表記:© The Royal Society of Chemistry 2024。


