香水でおなじみのパチョリは、葉を摘んだ瞬間から、精油と同じ香りなのでしょうか。葉を乾燥させ、さらに蒸留する工程には、単に成分を取り出す以上の役割があるかもしれません。
Toshio Hasegawaらが2017年に発表した研究は、生葉と乾燥葉の抽出物、乾燥葉から得た精油を比べました。加工に伴って香りの印象が変わる理由を、含まれる成分の有無や割合の違いから探ることが目的です。
生葉、二週間の陰干し、そして精油
使ったのは、インドネシアで得られたパチョリの葉です。乾燥葉は、生葉を室温で二週間、日光に当てずに乾かして用意しました。
生葉と乾燥葉は、それぞれヘキサンという溶媒で成分を抽出しました。別に、乾燥葉を水蒸気蒸留して精油を得ています。つまり、比べたのは、生葉の抽出物、乾燥葉の抽出物、乾燥葉由来の精油という三種類です。葉から自然に空気中へ放出される成分を、そのまま比較したわけではありません。
著者らは、それぞれの抽出物のにおいが元の葉に似ており、生葉と乾燥葉、さらに乾燥葉と精油の間には、香りの違いがあると報告しました。嗅覚評価は日本とインドネシアの二つの研究室で、専門訓練を受けていない参加者が行っています。
主成分が多いだけでは、違いを説明しにくい
分析でまず目立ったのは、パチョリアルコールでした。パチョリを代表する成分の一つで、試料中の大きな割合を占めます。しかし、全体の分析だけでは、感じられる香りの違いに対応する、細かな成分の違いを十分に見つけられませんでした。
そこで研究者らは、抽出物を少量ずつ減圧下で蒸留し、異なる温度帯で出てくる部分に分けました。こうして分けた部分を「画分」といいます。混合物をいくつかに分けることで、大量にある成分に隠れがちな少量の成分を、比較しやすくしたのです。
生葉の香りに似た一つの画分と、乾燥葉の香りに似た二つの画分を選び、詳しく比べました。似た香りを担う部分を絞ってから、成分の違いを探す方法です。
鼻で確かめながら、成分の差と比を見る
研究では、ガスクロマトグラフィーで成分を分け、その出口で人がにおいを嗅ぐGC-Oを使っています。さらに、分子を特徴付ける質量スペクトルと、装置内を出てくる位置の情報を使うGC-MSで、成分の名前を調べました。
候補を選ぶ際には、ある試料だけに現れる成分に加えて、共通する成分の割合がどれくらい変わったかに注目しました。ここでいう割合は、分析装置の全ピーク面積に占める各ピークの比率です。香りへの寄与率や、人が感じる強さの割合ではありません。
研究者らは、割合の「差」と「比」の両方を見ました。もともと多い成分なら、割合の差が大きくても倍率は小さいことがあります。逆に、ごく少量の成分は、割合の差が小さくても何倍にも変わることがあります。両方を見ることで、主成分と微量成分の変化を拾おうとしたのです。
乾燥葉らしい香りに関わる14の候補
生葉と乾燥葉の画分を比べると、乾燥葉の香りに重要そうな14成分が候補に挙がりました。そのうち、構造を同定できたのは7成分です。残りは、化学構造まで分かったわけではありません。
同定された中には、パチョリアルコールだけでなく、α-パチョレン、セイシェレン、α-ブルネセン、フムレン、イソアロマデンドレンエポキシド、カリオフィレンオキシドがありました。代表的な主成分一つに、乾燥葉の香りの違いをすべて任せられるわけではない、という手がかりです。
例えば、抽出物全体でのパチョリアルコールの相対ピーク面積は、生葉で約46%、乾燥葉で約38%でした。一方、α-ブルネセンは約6%から約21%へ変わっていました。これらは混合物内の相対的な配分であり、葉一枚に含まれる絶対量がそのまま増減したことを意味しません。
精油になると、候補の顔ぶれも変わる
乾燥葉の抽出物と、そこから蒸留した精油を比べると、精油の香りに重要そうな12成分が候補になりました。このうち9成分を同定しています。乾燥葉の14候補と精油の12候補は、二つの比較で得られた集合で、一律に足して数えるものではありません。
両方に共通していたのは、パチョリアルコール、α-パチョレン、セイシェレン、α-ブルネセン、イソアロマデンドレンエポキシドの5成分でした。精油側では、これらに加えてcis-ツヨプセンやコリンボロンなどが挙がっています。
精油のパチョリアルコールの相対ピーク面積は約60%で、乾燥葉の抽出物の約38%とは違っていました。共通の成分があっても、その割合と、ほかの成分との組み合わせが違うことが、香りの違いにつながると著者らは考えています。
熱だけで変わるのか、植物の中で変わるのか
研究者らは、抽出物を100℃で一日加熱する試験も行いました。その条件では、香りの成分に明確な変化は見られませんでした。
この結果から著者らは、単に抽出物へ熱をかけることだけでは説明できず、葉の組織の中で起きる変化が重要ではないかと考察しています。乾燥時には植物の酵素が、蒸留時には酵素や熱水との組み合わせが関わるかもしれない、という提案です。
ただし、どの酵素がどの成分を作ったかを測ったり、酵素を止めて変化がなくなるかを確かめたりした実験ではありません。今回分かった加工前後の違いと、その違いを生む反応の仕組みは、別の段階の知見です。
候補成分は、再現して確かめる余地がある
今回の方法は、香りの似た画分と成分の変化を比べ、関係しそうな成分を絞り込むものです。候補を混ぜ直して元の香りを再現できるか、特定成分だけを抜くと特徴が失われるかは、検証していません。したがって、挙がった成分すべてが香りに不可欠だと確定したわけではありません。
官能評価の参加人数や、評価を統計的に比べた詳しい結果も本文には記されていません。未同定の候補も残っており、乾燥条件、産地、蒸留の方法が違う場合への一般化には限界があります。
まとめ
パチョリでは、生葉を乾かすことと、乾燥葉から精油を得ることのそれぞれで、香りの印象と成分の配分が変わっていました。研究は、その違いに関わりそうな成分を、乾燥葉について14、精油について12の候補へ絞りました。
その意義は、パチョリの個性を主成分一つだけで説明せず、少量の成分と製造工程を含めて捉えたことです。植物の種類が同じでも、どのように乾燥し、抽出し、蒸留したかが、私たちの手元に届く香りを形づくります。残る候補や反応の仕組みを確かめることが、その工程と香りの関係をより具体的にする次の課題です。
参考文献
Hasegawa, T., Yoshitome, K., Fujihara, T., Santoso, M., & Aziz, M. A.(2017). Characteristic Changes in the Aroma Profile of Patchouli Depending on Manufacturing Process. Journal of Oleo Science, 66(8), 863–869. DOI: 10.5650/jos.ess17002。原著全文(J-STAGE、PDF)。© 2017 Japan Oil Chemists’ Society.


