画面をタッチすると香りが出て、「何のにおいか」を四つの選択肢から答える。2024年、Marcio Nakanishiらは、このような専用タブレットを使う20問のにおい識別検査「MultiScent-20」を評価しました。
目的は、香りを出す装置をつくるだけでなく、検査として何をどれくらい正確に測れるかを調べることです。1,832人の結果をもとに、問題ごとの難しさや、識別能力の違いを測る力を分析し、得点を解釈するための暫定的な基準も検討しています。
端末がにおいを測るのではなく、人が答える
MultiScent-20は、7インチの画面と、香りを出す仕組みを一体化した端末です。もとは香粧品分野で香りを提示するための装置で、20種類の香りを入れたカートリッジを装着できます。
参加者が画面のボタンを押すと、空気がカートリッジを通り、端末の開口部から香りが5秒間出ます。コーヒー、バニラ、バラ、ニンニクなどのにおいについて、四つの名前から最も合うものを選び、回答を端末へ入力します。採点と記録も自動です。
ここで測るのは、においを名前と結びつける識別能力です。どこまで薄いにおいを感じられるかという検知の限界や、香りの好みを測ったものではありません。また、端末のセンサーが人の身体を直接測定する仕組みでもありません。
1,832人の解析と、1,299人の基準づくり
参加者は18歳以上のポルトガル語母語話者で、病院の職員や学生、事務職員、ガラス工場の従業員などから集められました。無作為に人口全体から抽出した集団ではなく、主に工場で働く人を含む便宜的なサンプルです。
検査が幅広い能力を測れるかを調べる解析では、最近かぜをひいた人や、においの低下を自覚する人も、一律には除外しませんでした。能力の違いがある人の回答を含めることで、問題がどの範囲の違いを捉えるかを調べられるためです。
一方、基準となる得点分布をつくるときには、最近の感染症、嗅覚低下の申告、頭部外傷などの条件に当てはまる人を除きました。こちらに用いたのは1,299人で、20点満点の平均は17.5点、中央値は18点でした。
この平均点は、すべての年齢や文化に共通する正常値ではありません。著者ら自身も、より多様な人のデータが加われば更新する、暫定的な基準と位置づけています。
正答数だけでなく、問題の性質を調べる
研究の中心となる解析は、「項目反応理論」と呼ばれる方法です。同じ20問でも、誰にとっても簡単な問題と、能力の違いによって正答率が大きく変わる問題では、検査への貢献が違います。
この方法では、参加者の回答全体から推定した識別能力と、各問題を正解する確率との関係を調べます。今回、問題ごとに「難しさ」と「能力差をどれくらい見分けられるか」の二つを変えられるモデルが、比較したモデルの中で最も適していました。
例えば、コーヒーは比較的正解しやすく、バラは難しい問題でした。また、バニラの問題は、能力の違いによる正答率の変化が大きく、バラはその違いを捉える力が小さくなっていました。
これは、コーヒーの香りが誰にとっても強い、あるいはバラを嗅げない人は嗅覚が悪いという意味ではありません。今回の香りの提示条件、選択肢、参加者の経験などを含めた、問題としての性質です。
低い能力の範囲で、情報が多かった
検査全体をみると、平均より低い識別能力の範囲で、測定の精度が高くなるという結果でした。ここでいう「情報が多い」とは、その範囲にいる人同士の能力差を、回答から比較的細かく推定しやすいという意味です。
平均的な能力では多くの問題に正解できるため、得点が17~18点ほどに集まりやすくなります。高い能力同士の小さな差を測ることより、識別能力が低下した範囲を調べる用途に向く可能性があると、著者らは考えています。
一方、ココナツ、タイヤ、イチゴなど、一部の問題ではモデルへの当てはまりに課題がありました。香りの濃度や問題の設計を調整する余地があることも示されています。
教育歴との関連も見られた
初等教育の群は、中等教育や高等教育の群より、平均得点が約1点低くなっていました。年齢群や性別も含めて調べた解析でも、教育歴との関連が残りました。
においの識別には、鼻が刺激を捉える働きだけでなく、名前を知っていること、経験したこと、選択肢を理解することも関わります。この関連から、教育そのものが嗅覚を変えたと因果関係を断定することはできません。
この解析では、年齢群や性別との関連は統計的に明確ではありませんでした。ただし、年齢や性別が嗅覚全般に関係しないという結論にはなりません。参加者の構成が限られ、これらの要因で説明できた得点のばらつきも小さい結果でした。
患者群や、既存の検査とも比較
検査としての妥当性を調べるため、においの訴えがない健康な55人と、慢性副鼻腔炎に伴う嗅覚低下などがある13人を比べました。平均得点はそれぞれ17.8点と7.0点で、大きな差がありました。ただし、この二群は平均年齢も異なるため、得点差のすべてを病気だけの影響とみなすことはできません。
別の比較では、パーキンソン病の患者9人と、年齢・教育歴をそろえた対照8人を調べ、患者群の得点が低い結果でした。この17人では、既存の16問のにおい識別検査「Sniffin’ Sticks」との得点の相関も高く、相関係数は0.88でした。
これらは、識別能力の違いを捉える検査であることを支える結果です。ただし、端末の得点だけで、副鼻腔炎やパーキンソン病を診断できることを示したものではありません。既存の検査との相関も、全1,832人で確かめた結果ではなく、17人での比較です。
約1か月後に同じ人を再検査した評価では、初回と再検査の得点の相関係数が0.94で、測定の一致をみる別の指標も高い値でした。一定期間をおいて測るときの安定性を支える一方、長期間の変化や治療効果をどこまで正確に追えるかは、さらに検証が必要です。
自動化の意義と、文化をまたぐ課題
香りを出す時間を制御し、回答を自動で記録できれば、検査者が一問ずつ提示・採点する負担を減らせます。著者らは、多人数の調査や、同じ人を繰り返し測る研究に役立つ可能性を挙げています。
また、問題ごとの難しさや測定に役立つ能力範囲が分かれば、回答に応じて次の問題を選ぶ「適応型」の検査にもつながります。簡単な問題に答えられたら少し難しい問題へ進むなど、必要な情報を効率よく集める構想です。今回、完成した適応型検査の効果を実証したわけではありません。
香りは広く知られたものを選ぶ方針でしたが、今回はポルトガル語話者が中心です。ある文化で身近なにおいや名前が、別の文化でも同じくらい分かりやすいとは限りません。多文化での検証と、基準集団の拡大が必要です。
研究は装置の製造元Noarの資金提供を受けました。著者のNakanishiは同社の医療顧問として関わり講演料を受領し、Galvãoは同社のCEO兼株主であることを申告しています。
まとめ
20種類の香りを出す専用タブレットは、におい識別検査としての初期的な妥当性と、繰り返し測ったときの安定性を示しました。問題ごとの性質を調べることで、とくに識別能力が低い範囲で、検査が詳しい情報を得やすいことも分かりました。
重要なのは、香りをデジタル端末から出せることだけではありません。提示と記録をそろえ、どの問題が誰の能力を測るのに役立つかを把握することです。その基盤を、多様な集団での検証や適応型検査へ育てることで、嗅覚をより効率よく評価する道が開けると著者らは考えています。
参考文献
Nakanishi, M., Brandão, P. R. de P., Freire, G. S. M., et al.(2024). Development and validation of the MultiScent-20 digital odour identification test using item response theory. Scientific Reports, 14, 15059. DOI: 10.1038/s41598-024-65915-3. 原著全文。© The Author(s) 2024. 原著はCC BY 4.0で公開されています。


